第五章 反乱者への狼煙を上げろ

5-1 もう一人の黒人武芸者

 時は流れ、リアンが来てから数日後のこと。今日はリアンがとある貴族を始末する日。アリシエはアルウィスと人格を交代した状態でリアンの近くにいた。アルウィスと同じようにリアンの近くにいるが一人。


 アルウィスとは違って小柄で見た目は十歳前後と言ったところ。黒髪は天然パーマのせいかアフロヘアと呼ばれる独特の髪型になっている。その金色の目はつり目がちの切れ長。腰には刀を装備していた。


「初めまして、かな。僕は神威かむい。クライアス家当主、フィール様の従者だよ。君は?」

「俺はアリシエだ」

「違う! 本体じゃなくて今の人格の名前を聞いてるの。金牙きんが様とフィール様から話は聞いてるんだから」

「……アルウィス。アルって呼べ。それ以上の説明はめんどくせー」


 アルウィスではないもう一人の黒人の正体はフィールの従者だった。先日金牙がリアンに言っていたもう一人の助っ人だ。黒人には身体能力の高い者が多く、その戦力には大いに期待できる。金牙が頼んだために参加することになった、アリシエの他では唯一の「奴隷どれい階級」である。


 神威の見た目は幼い黒人男子にしか見えない。だがアルウィスがその黒人男子、神威に抱いた印象は少し違った。本能が無意識に警鐘を鳴らすのだ。この神威なる者は只者ではない、と。


(見た目も声も口調もガキそのものだが……ありゃただのガキじゃねーな。なんかあるぞ。じゃなきゃ、ここに呼ばれるはずがねー)


 アルウィスの推測の通りだ。アルウィスと一緒に呼ばれた時点で、助っ人として呼ばれた実力者であることは明らか。おそらく手下は無視して幹部陣と戦うように指示されているはずだ。そしてその指示は、今日参加する黒人とリアンにのみ与えられた、金牙からの特別な指示である。


「なんで黒人がいるんだよ」

「俺、黒人なんかと一緒に戦いたくねーよ。こっちがけがれるじゃねーか」

「黒人なんて見たくもない。黄色人おうしょくじんですらごめんだってのに」

「大将はどういうつもりなんだ?」


 アルウィスと神威が挨拶を交わした頃のこと。ヒソヒソとした声が周りの人々から聞こえた。それは黒人が「奴隷階級」として広く認知されているが故の反応。皮肉にも黒人の身体能力は評価している。その上で彼らは黒人を見下し、陰口を叩く。こういった個人間での人種差別は、ハベルトではさほど珍しいものではない。


「おいおい、大将は皇帝派なんだ。有色人種カラードをいれてもおかしくないだろ」

「そういやそうだった。でもあれ、部外者だろ? 任務に部外者入れるてどういうことだ?」

あかつき家の指示らしいぜ」

「そりゃ逆らえねぇな。しかもあの当主、地味に頭が回るからなぁ」


 黒人であるだけでなく見たことのない武芸者二人。しかも一人は明らかに子供のような外見をしている。暁家からの指示とは言え部外者が今回の任務に参加することにいい顔をする者はほとんどいない。


野蛮人やばんじんがいるのは不快だ。そりゃ積極的に差別するタイプじゃないぜ、俺だって。でも、やっぱりなんかなぁ」

「怖いんだよな、あいつらって。色も汚らしいしよぉ」

「見た目怖いし、見慣れてないし」

「気持ち悪い見た目してんだよ」

「俺たち、襲われないよな? あんな共相手にまともに戦えないんだが」


 ここは始末すべき元戦闘貴族の屋敷の近く。そこに集められるは五十人は優に超えるであろう武芸者達。皆、リアンの配下、アウテリート家に属する者達である。だが武芸者の大半は白人。ちらほらと黄色人種もいるが、黒人の姿はない。


 白人の戦闘員は手に入れやすい。黄色人種は黒人戦闘員一人の値段で複数人雇うことが出来る。黒人は奴隷階級ではあるが、戦闘員として非常に価値が高い。そのため黒人を買うのに必要な金のない氏族は、黒人より安い金で買える黄色人種の戦闘員を雇うことが多い。アウテリート家の部下に黒人がいないのはそういった背景が理由である。


「お前ら、並べ!」


 リアンのよく通る声が指示を出せば、あれほどヒソヒソと話していた武芸者達が静かになった。かと思えばたった三十秒で五人一列に綺麗に並ぶ。よく統制されてる証だ。


 リアンは並んだ武芸者達の前に立つ。その背には自身の背丈ほどの大剣を身につけ、赤髪は戦いやすいよう一つに束ねられている。アルウィスと神威は慌ててリアンの近くに並んだ。





 本日は金牙の命により、リアン率いるアウテリート家が奴隷密売業者を取り締まる日。後に語られる「カラードの乱」の制圧の始まりでもある。この当時はまだ「乱」にすらなっていない小さな火種。これが後に国に名を知らしめる「カラードの乱」の始まりであるとは、まだ誰も知らない。


 奴隷密売業者の取り締まりには、アウテリート家当主であるリアン自らも参加する。大剣を背負った巨体は部下を威圧するのに充分。束ねられた赤髪が風に吹かれて揺れる。


「お前ら。事前に内容は伝えたと思うけど、今日の任務はこの元戦闘貴族の始末じゃん。各自指示したことは覚えてるな? 裏切ってもいい。ただし……裏切った瞬間に俺や他の者達が裏切り者とその家族を始末するじゃん。わかってるよな?」


 リアンの言葉に武芸者達が「ハッ!」と返事をする。しかしアルウィスが驚いたのは周りの反応ではなく、裏切りに触れたリアンのこと。戦闘員が多いからこそ、なのだろう。警告に素直に従う様子から、実際に裏切り者を始末したことがあると察することが出来る。何より、これだけの人数を束ねるリアンに驚いた。


 わざわざ裏切り者について示唆する当主は珍しい。普通は裏切らないものとみなし、裏切った際の処置については暗黙の了解とする。言及する必要がないのだ。さらに驚くべきは、アルウィスと神威を見て嫌そうな態度を取った武芸者をすんなりと従わせていること。武芸者達はリアンの前で堂々と黒人を差別することが出来ないらしい。


 先程聞こえたヒソヒソ声でわかるように、武芸者達の大半はアルウィスと神威に良い印象を抱いてはいない。それは二人が黒人であるからで、アウテリート家に所属していない武芸者だから。にも関わらず、リアンが前に立った途端にそれが止んだ。それは武芸者達がリアンのことを恐れ、慕っていることを示している。


「じゃあ、予め決めておいた侵入経路から各自侵入! アル、神威は俺についてくるじゃん」


 リアンの指示に武芸者達が素早く動き出す。入口の門を乱暴にこじ開けると、敷地内に五人一組で散らばり、屋敷内部への侵入を試みる。窓の割れる音がした。バタバタと足音がする。扉を勢いよく開く音がした。扉からは、屋敷の中で響く悲鳴や人の声が聞こえる。だがリアンはすぐには屋敷の中に向かわない。


 その屋敷は建物の周りをグルリと壁が囲み、門があった。最もその門はすでにこじ開けられているのだが。リアンは門から敷地内に入ると、玄関ではなく、壁に沿って回り込んで屋敷の奥へと近付いていく。


 その時だ。屋敷の二階の窓から太いロープの一端がリアン達の近くに落ちてきた。見上げてみると、そのロープは二階の窓から下ろされている。リアンはロープを軽く引っ張る。きちんと張られていることを確認すると、アルウィスと神威の方を見た。


「このロープで二階に行くじゃん。そしたらバラバラになってでも五階まで行け。五階で合流するまでは、誰にも手を出すなよ?」


 そう言うとリアンはロープと屋敷の壁を使って壁を登っていく。やがてリアンが二階の窓から屋敷内に入ると、アルウィスと神威もそれに続いた。





 元戦闘貴族の屋敷というのは今いる屋敷とそう変わらない。アルウィスはそんな印象を抱いた。違うのは血の匂いがするかしないか、人の数が多いか少ないか。ただそれだけだ。もっとも、血の匂いは屋敷内で起きている戦闘によるものだろうが。


 二階の窓から侵入したその部屋は、暁家の屋敷にあるのとよく似た部屋だった。必要最低限の家具が用意された、戦闘員用の部屋と同じ。すでにリアンの部下に制圧されたのか敵の姿は見えない。部屋の扉は僅かに開いていた。


 開いた扉から見えるのは逃げ惑う人、武器を手に戦う人、血を流し床に倒れる人。武器のぶつかる音や人の悲鳴も聞こえてくる。これらは全て、アウテリート家の者が侵入したために起きた争いによるもの。


 惨劇を見てもアルウィスの心は一ミリたりとも揺らがない。初めて入る屋敷の五階でリアン、神威と合流。それしか考えていなかった。関係ないただの戦闘員はなるべく無視。屋敷内を歩く彼に襲いかかる戦闘員はリアンの仲間が食い止める。そういう手筈になっていた。


 アルウィスは神威と共に侵入した部屋から出ると、惨状の中に身を投じた。五階まで移動するための階段を探す必要がある。だが屋敷の中では多くの人がうごめいていて、そう上手く移動も出来ない。


「邪魔だ!」


 屋敷内には非戦闘員、戦闘員、味方の武芸者、死体。それらが入り乱れている。少し歩くだけで人にぶつかったり死体につまずいたりしてしまうのだ。アルウィスだけではない。神威とリアンも苦戦しているのが見える。それと同時に、気になるものが視界に入った。


 それは奇妙な人影だった。アルウィスがいるのは屋敷の二階。いくつもの部屋と廊下しかないはずの階。なのに、その人影は部屋ではない所から現れた。人影が壁の中から出てきたところが偶然、アルウィスの視界に入り込む。


 気がつけばアルウィスはその人影を追いかけていた。屋敷の中は歩きにくいがそんなこと言ってられない。すぐに床を力強く蹴って高く跳躍してみせた。空中から人影を見下ろし、場所を確認する。その刹那、敵か味方かもわからない人の頭を跳馬代わりにしてさらに高く跳ぶ。踏み台にした人の事は気にしようとすらしない。


(人影が頭上を――ってアルじゃん? おっと、足元に何かが――って今度は神威じゃん? 何だよ、これ。ただの超人の集まりじゃん!)


 人と人の隙間をう様に移動していたリアンは頭上を跳んでいくアルウィスの姿を捉えた。かと思えば、人の足の間をくぐり抜ける小柄な神威の姿も捉える。アルウィスも神威も常人の動きを逸脱している。アルウィスの動きはそれなりの筋力と踏み台を見つける目が必要だ。神威の動きは精密な身のこなしが無ければ出来ない。


 もちろん二人の武芸者としての技量の問題ではあるだろう。だがその常人を逸脱した動きは、黒人が故の卓越した身体能力が無ければ不可能だ。四肢の筋肉の発達が違う、瞬発力が違う。その瞬発力と身体能力の高さが二人の異常とも言える移動を可能にしているのだ。もっとも、それ故に彼ら黒人は恐れられ、差別されるのだが。


 二人に負けてられない。そう思ったリアンも移動する足を速める。だがリアンは背が高く肉付きもいい。それに加え、武器である背丈とそう変わらない大きさの大剣が移動を妨害する。リアンは移動しながらも、こういう時に不便な自身の巨体を憎むしかなかった。

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