4-4 想定外の提案

 結局、手当てを受けたリアンはそのまま一晩泊まることになった。あまりにも痛がって帰ろうとしなかったためだ。もっとも、その痛がり方はかなりわざとらしかったのだが。


 リアンを客室へと案内した金牙きんがは、そのまま客室に留まっていた。リアンの渡した紙は金牙の右手にしっかりと握られている。対するリアンはと言うと、ベッドに横になって患部を氷で冷やしていた。金牙の濃い青色の瞳が、ベッド脇からリアンの顔を瞬きもせずに眺めている。


「お前の報告、読んだよ。アルの父親のことと刀術のこと。わざわざ書いてくれてありがとう。さっきは本当にすまなかった」

「金牙が銀牙ぎんが以外ほとんど信用しないのは昔からじゃん。ほんっとに変わってないじゃん。優しい癖に人に心を許さないところとか、な」


 金牙が疑って攻撃を仕掛けたというのに、リアンの表情は穏やかなまま。まるで、金牙が自分を疑うことをわかっていたような言動をする。昔からの知り合いなのだろう。


 金牙がリアンに手刀を振る舞ってから三時間程が経過。訓練所にてリアンから手渡されたアリシエに関する報告書を、金牙はすでに読破していた。さらにその報告から考えられる仮説まで立てている。


「それにしても、リアンがアルの攻撃を見失うとはな。アルは強かっただろう?」

「ああ、強かったじゃん。さすがの瞬発力。白人俺らには出来ねぇじゃん、あの速さは。しかもあの目、『神の眼』だろ? まさか本当に実在するなんて驚きじゃん」


 リアンはあくまでアリシエの身体能力を褒める。技の方は、攻撃の気配を消すことが出来なかったことがマイナス評価のため、褒めるわけにはいかない。正直、リアンには「神の眼」なんてどうでもよかった。驚きはしたが、武芸にはあまり関係ない。目が良くても動けなければ意味が無いと考えているからである。


「逆だ。あの目のおかげで、見つけられた。きっとここに書いてあるアルの父親は――」

「皇帝様のおっしゃってた伝説の武人の一人ってか?」

「ああ。『神の眼』を保持していたらしいし、ほぼ間違いないだろう。陛下の元護衛の『シャーマン』だ。生死不明なのは変わらないがな」


 シャーマン・アール。それはアリシエの父親の名であり、アリシエに武芸を教えた者の名前。かつてハベルトで現皇帝の護衛として働いていたのだと言う。その話はハベルトに逸話として残っている。


 ハベルトで初の黒人の護衛。銀色の目を持ち、黒人特有の身体能力を活かした妙な武芸を扱っていたのだという。その逸話が故に、ハベルトでは「黒人は野蛮で危険な人種」という認識が生まれた。実際の黒人は持久力に難があり長期戦は不利だというのに、逸話の影響で「黒人は持久力もあって恐ろしい」と誤解をしている国民も多い。


 奇妙なのは、アリシエがシャーマンの生死を知らないことだ。島国シャニマでは一緒に行動していたらしいのに、いつの間にか消えている。そんな妙な話が有り得るはずがなく。アリシエがシャーマンの記憶を封印している、と金牙はすでに仮説を立てていた。


「で、僕の依頼は覚えているのか?」

「奴隷業者に関わりのある元戦闘貴族の始末、だろ? 当主会談までに片付けるじゃん。だから金牙は安心しろ。信じろとは言わない。とりあえず肩の力を抜くじゃん。いつか倒れんぞ、お前」

「敵陣に直接踏み込む馬鹿に言われたくないな」

「いや、それが本来の戦闘貴族じゃん!」


 本題に話を戻し、笑いあう金牙とリアン。だが二人の明るい表情に反してその内容は重い。戦闘貴族は一言で言えば「戦う貴族」である。必要とあらば人を始末するために、危険な敵の本拠地へと乗り込むし命を捨てる。それが戦闘貴族の本来の職務であり義務だった。


 ハベルトでは戦闘貴族や元戦闘貴族など、一定の戦績を上げた氏族は大抵屋敷を持っている。その中には部下として他の氏族の戦闘員を雇う者もいる。逆に他の氏族に仕えることで氏族の名を上げようとする者もいる。


 金牙がリアンに依頼した「元戦闘貴族の始末」。それは敵の住んでいる屋敷に乗り込み、武芸者を一人残らず捕らえることを示す。当然、判断や戦い方を一つ誤れば死に至る。戦場は敵の本陣であるために地の利は無く、リアン側に不利な戦いになるのはまず間違いない。


「お前の所、そんなに戦力ないっしょ? なら、俺が一肌脱ぐしかないじゃん」

「残念ながらそうだな。戦力が一番高いのはアウテリート家だ。そのぶん謀反むほんの可能性も高いが」


 リアンの言葉に答える金牙の表情は少し悲しそうに見える。戦闘貴族における戦力の差、付きまとうリスクの違い。何より、リアンの置かれた状況を理解してるが故だ。


 戦闘貴族の中でもアウテリート家は、他の氏族から多くの戦闘員を雇っている。戦闘員の数が多いために「一番戦力がある」と称されている。だが部下が裏切らない保証はなく、信頼出来る部下の数の確保が課題でもある。


「アルを、連れていくか?」


 迷いに迷った金牙が呟いたのは、リアンの予想すらしていなかった提案だった。





 突然の金牙の発言を聞いたリアンが慌てて身体を起こす。急に動いたせいか、左肩に当てていた氷の入った布袋がドサリと音を立てて落ちる。だが氷の冷たさも傷の痛みも忘れるほどに驚いている。


 言葉がすぐに出てこなかった。声が口から出てこない。その代わり、口が音を出さずにパクパクと動く。赤い三白眼が見開かれる。氷が布袋の中からベッドの上に零れ、掛け布団とシーツを濡らした。


 そんなリアンの態度が余程可笑しかったのだろう。金牙が思わず口元を隠して笑う。必死に表情を隠そうとしているのだが隠しきれていない。無理やり押し殺したような、苦しそうな笑い声を発してしまう。


「お前、正気か? こっちには黒人嫌う奴、何人もいるぞ? そりゃ戦力は欲しいけど、金牙の所ほど有色人種カラードに寛容じゃないじゃん! 黄色人種すら軽蔑けいべつしてる奴がいるってのに」


 差別をする国民はまだ結構いる。それは戦闘員であっても同じだ。どんなに給金を払うことで雇っていても、戦闘員の中に有色人種がいればののしる。そんな状況なのに黒人であるアリシエを放り込む金牙の神経が、リアンにはわからない。


「半分はあいつの力試しだ。まだ一週間くらいしか経ってないが――あいつ、まだ底を見せてないんだよ。見てみたいだろ? もう半分は、あいつが現実を知るのにいい機会だと思ってな。

 お前も損はしないはずだ。そう簡単に死にはしないだろう。あいつはあの銀牙を負かしたんだからな。最悪、お前が差別から守ればいい。部下の統率はお前の仕事だ。で、書類は読んだか?」


 なぜアリシエを連れていくことを提案したのか。その理由を語る金牙はどこか楽しそうで。半分はアリシエの限界を知りたいという好奇心だが、もう半分はリアンのことを思った戦力補完のため。アリシエの限界を知りたいと語る金牙は、まるで悪戯を仕掛けた子供のようだった。


「うわっ、相変わらずことを考えてるじゃん。しかもほぼ強制じゃん? 書類なら読んだ。あの元戦闘貴族、戦力は並じゃん。アウテリート家には劣るけどな」

「ああ。ここで僕から一つの提案がある。……お前は部下に当主以外の始末をさせろ。で、お前はアルと共に当主の所へ行け」

「その意図は?」


 アリシエ、アルウィスの限界を知りたい。それこそが金牙の提案の本質だ。しかしただ提案しているだけではない。相応の意図があった。意図があることを察しているリアンは呆れ顔で金牙を見ている。


「まず部下で体力消耗をしないため。どうせ部下なんて大した情報を持っていないからな。殺しても平気だろう。理想はこっちに寝返ってもらうことだが、そこまでは要求しないでおいてやる。

 今回のキーパーソンは当主とその側近だ。アルなら一人でとっとと移動出来るだろうし。お前もその方が当主達の生け捕りがしやすいだろう? 何ならもう一人黒人の助っ人を出すか?」


 リアンは金牙の言葉にキョトンとした顔を見せる。助っ人の心当たりがないから、金牙の言葉に現実味がなくて。何かの冗談のように思える。黒人でも黄色人種でも、有色人種の戦闘員は有力が故にだから。


 黒人は瞬発力に、黄色人種は持久力にそれぞれ優れている。逆に白人は瞬発力も持久力も、黒人と黄色人種の中間。これは人種別の生まれ持った身体能力の差によるものである。この理由からハベルトでは有色人種が疎まれ、戦闘員として高く売り買いされていた。


 有色人種の戦闘員は、ハベルトではそこそこの高給取りである戦闘貴族でも、中々手が出せない程の価格で取引されている。金牙もリアンも、戦闘貴族の中ではあまり裕福ではないため、有色人種の戦闘員という助っ人は非常にありがたいものだった。


「実は、フィールがアルに興味を持っていてな。僕の頼みなら聞いてくれるだろうし、アルを見るためにお気に入りの黒人とやらを貸してくれると思うんだ」

「いや、ちょっと待て。あのに貸しを作るのか?」


 フィールとは戦闘貴族クライアス家の当主のこと。先日、皇帝の護衛として天井裏に潜んでいた一人だ。返した言葉からわかるように、リアンはフィールに良い印象を抱いていない。それどころか「キチガイ」とまで言っている。


 一戦闘貴族の当主ともあればそう軽々と人の悪口を言えない。それでも言うということは、それほどフィールという人物がなのであろう。金牙も「キチガイ」という発言を否定しない。そのことからもフィールなる人物の異常さがうかがえる。


「そうなるな。あいつの口ぶりからするに、アルと同じくらい優秀だと思う。あいつが僕を裏切るはずがないし、戦力が増えるのはいいことだろう?」

「でも――」

「ついでに、色々知れるからな。側近が多いとしたら二人より三人の方がいい。アルは自由過ぎるからな」

「わかった。わかったよ。どうせ俺が納得するまで正論で押し通すんだろ? いいじゃん。アルもフィールのお気に入りの奴も一緒に連れてってやるじゃん」


 リアンは考えた末に金牙の言葉を途中で遮り、助っ人を受け入れることを宣言した。正論を言われては叶わないと判断したのだ。金牙は頭が回る方だ。正論で責められては返す言葉が浮かばない。丸め込まれるのも時間の問題だった。


 無論、部外者二人を入れるとなると時間も手間もかかる。しかもアリシエは差別階級である黒人。アリシエと同じくらい優秀だという、フィールのお気に入りの子も黒人。当日、部下をいかに抑えて従わせるかはリアンの力量次第と言える。


「それに、金牙の意見は正しいことが多いじゃん。なら従っとくべきだろ?」


 そう金牙に笑いかけるリアンは楽しい遊びを見つけた少年のようで。死ぬかもしれない戦いを頼まれているのに、少しも怯えていない。金牙にはその姿がキラキラと輝いて見えた。

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