後編 終末

帰って来たしおりは何も持っていなかった。全国規模のテロに驚いた人々が、食料を買い占めてしまったらしい。語彙の低下はもちろん“読み”にも影響するらしく、商品を新しく発注することもままならない。

 しおりが帰ってくるまでの間、姉や両親に連絡をしてみたけれど、繋がらなかった。もっと早い段階で連絡を取るべきだった。

「しおり、ありがとう。怖かったよね。お腹はいっぱいにはならないけど、パンが……2個だけあるから、食べよう。」

「うん……。」

 タイミングが悪すぎた。こんなにも食料が少ない時にテロが起きるなんて……。普段から料理をしていれば、こんなことにはならなかったんだろう。

 その後しおりはベッドに入って休み、僕はテレビやインターネットで情報を集めた。ウィルスは爆発的な拡散力で、日本全土を覆い尽くすほどの威力であること。ほぼ全ての企業や組織が機能を停止したこと。テロリストが変電所に放火をし、停電を起こしている地域が増えていること。語彙を制限されたテレビから情報を読み取るのは至難の技だったが、テロリストが日本を絶望に陥れていることがよくわかった。

 僕はぱったりと動きを止めた。自分の中にある不安が、どうしようもなく大きくなってしまった。家族とも連絡が取れないし、しおりは感染してしまった。このウィルスが僕らをどのように蝕んでいくのか分からないが、僕にはもう手に負えない、どうしようもないものに思えた。

 その後、僕はしおりと同じベッドで寝た。僕は、諦めたのかもしれない。




 あさ。なにかが、われるおとでおきた。みにいってみると、ボロボロのふくのひとが、はいってきてた。ぼくは、いった。

「なにをしてるんだ!?」

「……。」

 そのひとは、なかにはいってきて、いえのなかのものを、あれしようとした。

「たべるものはないのか?あるはずだろう。」

「もってくのか?ここは、にほんだぞ?そんなことしていいのか……。」

「うるさい!」

 おとこはぼくを、なにかでなぐった。きーんという、おとがきこえた。

「まーくん!?」

 ああ、しおりだ……。しおりのこえだ。だめだ、いまはこっちにきては……。

「ちょ、ちょっと、どうしてこんな……。あなた、どうしてこんなことをするの?」

「もともとたべものがないのに、もっと……その……あの……。」

 おとこはブツブツいいながら、いえを、あれする。

「あれれれ、なんだ、おまえたちは、なにも、もってないのか!」

 そういって、おとこは、こっちにきた。

「やめて!こんなときに、わたしたちが、あれしあうのは、へん!」

 しおりがいう。それをきいて、おとこは、すこしわらって、いった。

「おまえたちは、あれしないさ。たべものをあれしたいだけだからな。……はあ。あれとか、これとか、よくわかんねえな。ははは……。」

 おとこは、へんな、あれをしながら、でていった。

「まーくん……だいじょうぶ?」

「うん……だいじょうぶ。だいじょうぶだけど……だいじょうぶだけどさ、もう、おしまいだね。」

「まーくん……?」

「……ぼくらは、もう、いきていけない。たべものも、あかりも、ひも、みんななくなる。うばいあっても、いつか、なくなる。にほんは、おしまいだ。」

「もう……いいじゃない。おしまいでも、もう、おしまいだったとしても、ふたりで、いよう?それだけで……。」

「ぼくたちは、もう、うまく、はなせないじゃないか。たのしい、きもちも、かなしい、おもいも、つたえられない。かんたんな、あれじゃ……あれじゃ……ああ、もう!」

「まーくん……。」

 ぼくはもう、あきらめたのかもしれない。なんで、しおりにこんなことをいっているのかは、わからない。

「ねえ。」

「……。」

「わたし、すき、って、いえるよ。」

「……?」

「わたし、たのしい、って、いえる。」

「しおり……?」

「わたし、まーくんが、すきだから、すきって、いう。でも、もっとすきだから、すごく、すきって、いう。ふたりでいると、たのしいから、たのしいって、いう。もっと、たのしかったら、すごくたのしいって、いう。それだけで、つたわると、おもわない?」

「……。」

「なんでかっていったら、ほんとに、そう、おもってるからだと、おもうの。ほんとにそうおもってるし、ほんとにそう、つたえたいから、だとおもう。」

「……うん。」

「かんたんな、あれだけじゃ、つたわらないかなって。へんなかんじに、おもわれちゃうかなって。そうおもうかもしれないけど、だいじょうぶ。わたしたちのほんとうが、ほんとうなら、かんたんなあれで、いいの。」

 そうか……ぼくは、なにに、こまってたんだろう。こんなことになっても、まだ、つたえられることは、ある。

「しおり。」

「ん?」

「すごく、すきだから、ふたりでいよう。ずっと、ずっと。」

「うん。そうしよ。」

 ぼくらはしばらく、ぎゅっとしあっていた。



 20にちくらい、たった。たべるものは、なかったけど、とちゅうから、おおきないえのひとが、たべるものを、わけてくれるようになった。

「しおり、これ、すごくおいしいね。」

「ふふふ。そうだね。おいしいね。」

「……たのしいね。」

「そうだね。」

 ぼくらはもう、あきらめたのかもしれない。たべるものだって、そのうち、なくなる。にほんは、もう、ダメになってしまった。えらいひとも、みんな。みーんな、はたらくことが、うまくできなくなった。できることが、あったとしても、それだけでは元のようには戻らないだろう。国のような、複雑なものを正しく作り上げるには、語彙力は欠かせないものだから。


(おしまい)

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語彙力低下ウィルス カメラマン @Cameraman2525

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