4こんぶ:蘇りし〈花嫁〉

活動停止から4日後、やっと部活が始まった。集合のメッセージがまたも登校中に届き、久し振りの部活にわくわくしながら一日を過ごす。


「良し、今日も全員出席……と」


部長が出欠を取り終えると今日の予定を発表した。1年生は第2王子、2年生は第7王子、3年生は第5王子に会うとのこと。第2王子はあまり表舞台に出て来ないのでどんな人なのか分からない。楽しみだ。


恒例の渦巻きを抜けて2度目の異世界。前回同様街中に出たが、1つだけ違う点があった。5台の馬車が待機していたのだ。天蓋と内装、御者台が深い緑色で揃えられている。ドアには優雅に舞う羽根の生えた――妖精? 精霊? ともかくファンタジックな女性が描かれていた。一目で「高そう!」と分かる代物だ。流石王家の馬車。


「これなら街並みも見て貰いつつ、安全も確保出来るでしょ」部長が誇らしげにみんなに言う。「はい、じゃあ好きなのに乗って。街を観光しながら城に行くよ」


この後機会があるか分からないので、今だとばかりに部長に急いで近付く。


「部長、あの、この間仰っていた本です」

「ありが――どうしてカバーが掛かってるの?」

「汚れないように配慮しました」

「……ふうん? まあいいや。ブルク、これお願い。一足先に行って今日の準備しておいて」


部長はその場で中身を確かめることなく、本2冊をブルクさんに渡す。もうこの人、アルヴィン部長の従僕長さんで確定してもいいだろうか。


「かしこまりました。すぐに戻ります、殿下。どうかお気を付けて」

「僕1人でも平気だよ。街中だし、あいつらも無茶は出来ない」

「王蛇教ですから……」

「そこは否定しないけど。あの大神官だって脳筋じゃないんだ。王家に喧嘩を吹っ掛ければただじゃ済まないってことぐらい分かってるさ」


ブルクさんはそれ以上何も言わず一礼すると、足の先だけが黒く全体は茶色い馬を駆って去った。部長はというと白い馬に跨がった。白馬の王子様だ、文字通り。様になっている。


「白馬の王子様って思った?」

「ベタじゃないですか」思ってしまったのは内緒だ。

「君って想像力なさそうだからベタな発想しか出来なさそう」

「失礼ですよ」

「惚れてもいいよ」

「聞いて下さいよ、話を」

「僕は君のこと、今のところ好きじゃないけど」

「あんまりじゃないですか」

「ふふっ。そういうところ、別に嫌いじゃないよ、ゆりあ」


そう言って微笑むと馬の腹を蹴って先頭の馬車に行き、御者に声を掛けた。御者達が馬車の扉を開ける。

周囲の生徒からジト目で見られていることに気付き、そそくさと馬車に乗った。


「小一時間といったところだからね。みんなリラックスして楽しんで!」


全員が乗り込み、部長の号令で馬車は動き出したが、そこからが試練の始まりだった。同乗の生徒から、


「いつの間に部長と仲良くなったんですか?」

「どうしてファーストネーム呼び捨てなの?」


と訊かれて口ごもる。逃げ道を探して視線を窓の外に転じた。綺麗に晴れ渡った空に注目を向けさせようとしたものの、そんな使い古しの手に勿論引っ掛かる筈もない。いたたまれない空気をどうしようかと思案していると、突然真っ青な空が真っ黒になった。何が起きたのかと外に目を凝らす。後ろの馬車から悲鳴が聞こえ、窓を開けて頭を突き出した。覆面の男数人が、2つ後ろの馬車の扉に手を掛けていた。


部長が叫んでそちらに馬を向ける。覆面男の1人が手を突き出すと真っ赤な閃光が走った。部長は自身に飛んで来たそれを蒼の閃光を出して相殺するも、その隙に近付いていた男に剣の柄で殴られ、落馬してしまう。


「部長!」


思わず叫ぶと剣を持った男がこちらを見た。仲間に指示を出す。他の男達が馬車に走り寄って来た。

咄嗟に襲撃者がいるのとは逆側の扉を開け、同乗の生徒に声を掛けた。


「早く! 早く降りて!」

「あ、で、でも……」

「この馬鹿! 死にたくなかったらさっさと降りなさい!!」


一喝するとどうにか身体を動かし始めてくれた。2人が降りようとしているのとは反対側の扉が乱暴に開かれ、覆面の男が手を伸ばす。


「レディの乗ってる馬車を襲うなんてごんごどうだん……あれ、げんごどうだん? ともかくエッチ! セクハラ野郎!」


喚きながら覆面男の顔面目掛けて蹴りまくるが、遂に足首を掴まれてしまう。


「ちょ、やだ! 放して! 放しなさいよ変態!!」


抵抗虚しく馬車から引きずり下ろされた。剣を持った男が近付いて来る。


「良く喚く小娘だ。全く、本当にこの猿がそうなのか?」


見つめられた途端、身体が動かせなくなった。


「神が所望されている。我らと共に来るがいい」

「や、やだ……」

「決めるのは貴様ではない。神だ」


視界を手で覆われる。頭を殴られたかのような衝撃が走り、意識を失った。




「起きろ」


目が覚める。先程までの街並みが消え失せていた。大広間だ。すぐ目の前には剣の男、その後ろには祭壇のようなものがある。怪我はなさそうだが身体が相変わらず動かせない。縛られているわけでもないのに。


「ここ、は……?」


声だけは出せるので、先程日本語で話し掛けてきた男に問う。男は立ったまま、床に転がされた私を見下ろしているだけだ。再度問うと漸く答えた。


「神殿だ」


(神殿……もしかして邪スラッグの?)


「その呼び名、第6王子の入れ知恵か」

「え?」

「スラッグ神を下賤の者がそう呼ぶのを聞いたことがある」


(うそ、え、どういうこと? まさか心が読めるの……?)


「本来ならば不敬罪として公開処刑を行うが、小娘、喜べ。神の求める器でないと判明したその瞬間、わたし自らその穢れた首を切り落としてやろう。我が手に掛かる幸運に酔い痴れて死ぬがいい」


(嬉しいわけないだろ! 人を猿呼ばわりする奴なんか大嫌い!!)


「……猿と言ったのが理解出来たのか?」


(人の顔を見ながら堂々と、嫌味ったらしくわざわざ日本語で言ってたじゃん)


「……あちらの世界ではスラデミア言語を学べるところなど学園しかないと聞く。学び舎に入って数日で習得出来る程、貴様が優れた猿とも思えないが」


(何様だよ)


話し掛けたくないので先程から声を出さないでいるけれど、男はこちらが何を考えているか、やはり全部分かってしまうらしい。ちゃんと会話になっている。


「小娘」


男の声音が変わった。見上げれば、視線で射殺そうとでもいうのか恐ろしい形相で睨んでいる。


「その力、どこで手に入れた? 誰から奪った?」

「な、何言ってーー」

「異界の民風情が容易く我らの言語を習得出来るわけがない


男が祭壇を振り返った。そのまま硬直して数秒、男は目深に被っていたフードをずらした。露わになった緋色の髪にはサークレットが嵌められていた。男は膝を突き、私を抱き起こす。サークレットが淡く光った。


(久しいですね、花嫁殿)


頭に響くこれは目の前にいる男の声だ。さっきから何度か聞いているから間違いない。けれど本能で分かった。話しているのは目の前の男じゃない。


(偽りの器に潜もうとも魂まで覆い隠せるものではありません。いずれ必ず引きずり出しましょう。それまではそちらの世界を存分に楽しみなさい)


頬を撫でられ、全身が粟立つ。この柔らかい声がとても怖い。この優しい微笑みが恐ろしい。蛇のような黄色の瞳がじっとりと私を眺め回している。

今、目の前にいるのは、誰なの。


(……シルヴァン、邪魔が入りました。後は頼みましたよ)


サークレットの光が消えると同時に男の瞳が緋色になった。どっと汗が噴き出す。


「……貴様が誠の〈花嫁〉とは。王家が血相を変えて飛び込んで来るわけだ」


男は私から離れると下げていた剣を構えた。同時に大広間の扉が派手に吹き飛ぶ。セシル王子とラッセル先生が入ってきた。2人とも武器を手に息を切らしている。



「シルヴァン大神官殿、大分無茶をなさいましたね」第一王子が険しい表情で言う。

「これはこれは、よもや世継ぎの君御自ら乗り込まれるとは。異世界からのこの客人が余程大事とみえる」

「客人ですからね」


第1王子と剣の男が睨み合っている傍で、ラッセル先生が屈み込んでこちらに視線を向けた。


「おーい、泊、息してるか?」

「う、ふぐっ、ラッセルせんせぇ!」

「すげーな、お前。邪スラッグ相手に良く発狂しなかったな――って汚ぇ! 鼻水垂らしてんじゃねぇよ!」

「だって身体が動かないんだもん!」


やれやれと苦笑いするラッセル先生に、セシル王子が言った。


「ラッセル、彼女は任せた」

「相手は大神官だぞ、兄貴」

「殺さなければいいだけのことだ」


セシル王子がレイピアを、ラッセル先生が槍を構えると剣の男――シルヴァンは肩を竦めた。


「心配せずとも小娘は返そう。既に神は邂逅を終え、これを〈花嫁〉と見定められた。今宵はもう充分だ」


〈花嫁〉と聞いた瞬間、2人の顔色が変わった。しかしそれもすぐに息苦しさで滲む涙で見えなくなる。


「ぐえっ! ちょっと、乱暴にしないでよ!」


襟を掴んで持ち上げられたので抗議するが、緋色の瞳は冷たくこちらを見下ろすばかり。


「調子に乗るなよ、小娘。神が認めたとはいえわたしまで懐柔出来たと思わぬことだ。その時が来たなら小汚いこの器、貴様の血で染め上げてくれる」


思い切り放り投げられる。心構えもしない中でのダイブに声も出せなかった。


「……っとと!」


ラッセル先生がどうにか抱き留めてくれた。命の恩人だ。


「大神官殿、このお礼はいずれまた改めて」

「心待ちにしよう、第1王子」


周囲が光に包まれ、眩しくて目を閉じる。光が収まると、以前訪れたこともある玉座の間にいた。助かったのだ。そう実感した途端涙が溢れてきた。


「う、ふぇ、せんせぇ……!」

「気持ちは分かるぞ、泊。良く分かる。凄く分かるが頼む、抱き着かないでくれ。服が汚れる」

「せんぜぇぇえ……!!」

「やめろって、おい……! あーくそ、こうなりゃ俺も男だ。ほら、泣け! 誰も見てないから気が済むまで泣け!」


わあわあ泣いていたからこの時わたしは聞き逃していた。セシル王子の言葉を。


「ラッセル、準備を進めろ」

「……本気なのか」

「国を滅ぼすわけにはいかない。1人の命で救われるのなら易いものだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ひがわりこんぶ みやぶち @edft-68yi_2d

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ