第7話
食堂で、声をかけてきた女性と向かい合わせに座っている。
「君、随分と噂になってたよ。1回も来ない天才がいるって」
「なんで俺が天才なんだ?」
「だって、ここの理数科の受験をトップの成績で合格したんでしょ?他にも、暗記力世界大会で優勝したとか、海外の軍事研究所からスカウトされたとか」
「一部間違い。暗記力の大会で優勝したのは、俺じゃなくて妹」
「じゃあ、他は本当なの?」
「さぁね」
「ふぅん。私、君のこと結構好きだな」
(今のお兄ちゃん、私が好きなお兄ちゃんと違う)
「俺は、今の俺が嫌いだ」
「じゃあ、何が好きなの?」
「強いて言うなら、妹かな」
「妹さんのこと、大事?」
「まぁ、いつも付いてくるし」
「君といると、楽しいのかな?」
「え?」
「君、今楽しい?」
「それは」
楽しくない。マイコンピュータに向かっても、することが思いつかない。そういえば、あの猪と戦った時、楽しかったな。普段ろくなことにしか使わない頭を、初めて、ちゃんと使えた気がした。
「君が楽しまないと、妹さん離れちゃうよ」
「そうだな」
「よし、アドバイス料として週末に私とデートしなさい!」
「え⁉」
「拒否権は無し!」
「分かった」
「よろしい。じゃあ、約束。そうだ私、奈祖乃 比都(なぞの ひと)って名前だから。君は?」
「デートのときに教えるよ」
「あれ?意外とノリノリだったりして」
「だって、生きるのを楽しまないと、妹に好かれないからな」
「よろしい!」
その後、家に帰った俺は、マイコンピュータに向かって、何をするでもなく、ぼーっとしていた。すると、妹が帰って来た。
「ただいま」
「おかえり。学校、どうだった?」
「普通かな。お兄ちゃんは?」
「普通じゃない『ひと』に会った。」
「そうなんだ」
「ヒメ、なぜだろう。あっちの世界が恋しい」
「メアリールに惚れたんじゃないの?」
「案外そうかもな」
「本当⁉うそだよね?うそじゃないと許さないからね⁉」
「うそだよ」
「良かった」
うそ、だろう。だとしたら、なぜ恋しいのだろうか。俺は向こうの世界で何かしたわけではない。いや、何もできていないからこそ、戻りたいのかもしれない。
「あれ、お兄ちゃん、テレビ視て」
「なんだ?この時間にアニメは」
テレビで放送していたニュース。それは、公園に巨大な猪が出たというものだった。俺は、その公園と猪に見覚えがある。
「ヒメ、出掛けるぞ」
「うん」
あの小さな公園には、大勢の人がいた。しかし、それは遊びに来た子供でも、散歩をする人でもない。そこに突如として現れた、大型の猪を見に来たのだ。皆の目は猪に釘付けで、ブランコの前に無かったはずの門が現れていることに気づかない。ましてや、二人の人間がその門に近づいていることなど。
「お兄ちゃん、豚さんほっといていいの?」
「大きさと牙の短さから見て、あれは子供だ。あの様子から視て、変に刺激しない限り、危険はないだろう。それより、向こうで何があったのか知りたい。ここに門が現れたってことはメアリールの屋敷に繋がっているはずだ」
「やっぱりお兄ちゃん、メアリールのこと」
「何言ってんだ。俺が好きなのは今のところ妹だけだ。向こうに行きたいのは、面白そうだからだよ」
「さすが私の大好きなお兄ちゃん!」
「ようし、お兄ちゃん頑張っちゃうぞ~‼」
俺たちは、門をくぐった。再び、あの世界ヘ戻るために。
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