「宇宙」「嘘」「ツーカー」(2017年09月25日)

矢口晃

第1話

「宇宙」「嘘」「ツーカー」


 まあ、私がこれからお話しするのは全てが嘘なわけでして。だから、どうか信用しないで下さい、私の話は。そして信用しないで、どうか最後までお付き合い下さい。

 あれは、去年の暮れのことでした。いいえ、正確には、四年前の年の暮を半年後に控えた暑さの厳しいころのことだったと思いますが、正確には覚えていません。私はそのころ大学生、……に憧れる高校生、……だったころを懐かしんでいたような頃でして、年齢で言えばちょうど三十四五六歳から八九歳だったでしょう、その頃私は、宇宙についてとても興味を持っていました。

 宇宙の広さはどれくらいなんだろう、宇宙の起源は何なのだろう、宇宙に外側はあるのだろうか。

 私は、書店に行って宇宙に関するあらゆる書籍を買い集める……程のお金もありませんでしたから、家にこもってパソコンの前でコツコツインターネットで検索……できればよかったのですが、その当時はまだインターネットなんてものがない時代でしたから、ちょうどその時、大学の頃から付き合っていたトオルとかいう名前のアユムという仲のよい仲間がいましたから、――ツーカーの仲、とでもいうのでしょうか、とにかくその後藤という同い年の一個上の先輩と、週末に図書館に行ったりして、宇宙についていろいろと調べるふりをしながらいびきをかいて居眠りをするわけでもなく、まあ、手あたり次第文献に当たっていたわけなんです。

 ここまでのお話を、一回整理しますか? いいですか。ああそうですか。

 そしてその後藤が発見したのです。なんと、私たちが宇宙について研究を始めるはるか以前に、アメリカという中南米の国が「アポロ計画」とかいうお粗末な計画を立てて、月面に人間が着陸したという絵日記を公開しているという記事を。

 私は驚いて斎藤の――あ、いえ、後藤というのは大学時代に仲の良かった先輩で、その当時図書館に一緒に行っていたのは斎藤だったのですが、とにかくその後藤のような斎藤の顔をまじまじと見つめて、こう叫んだのです。

「これは、まずいぞ」

と。

 そうです、その斎藤とは、中学の頃から「即席めん研究会」というのを、もう一人田村という、これは私の友人の中で唯一の女性だったわけですけれども、そのアユムという女性と一緒に「即席めん研究会」というのをやっていまして、スーパーの棚に新商品の即席めんが並ぶと、すかさず買ってきて、いつも斎藤の家で三人で食べていたんですね。で、ある日、

「これはまずいぞ」

と叫んだわけです。私か、アユムがです。

 とにかくその新商品は、小分けの袋の多さの割には、出汁が効いていないんですね。麺も腰がありませんし。だから、「まずい」と評価したのは至極まっとうなことだったわけなんです。

 ところがですよ、普段はおとなしく自分の意見など主張したこともない斎藤が、その時ばかりは顔を真っ赤にしにして、こう言うんです。

「これの、どこがまずいんですか!」

 私は驚いて、再び文献に目を戻しました。

 ――話の整理は、大丈夫ですか? なら、先を続けます。

 後藤が指さすその資料には、確かに人が月面に到達したように見える写真が載っていました。だから私は、こう言ったんです。

「まだ間に合うかもしれない。人類は、まだ月にしか到達していない」

ってね。

 そうしたら、そこにいたアユムが――えっ? アユムは、最初からそこにいましたよ。私の話を、ちゃんと聞いていましたか?

 そのアユムが、言うんです。

「俺たちの夢は、まだ終わっていない」

って。――だから、アユムは男性ですって! なぜそんなことまで言わなくてはわからないのですか?

 田村はズルズルズルっと麺をすすりながら、

「この麺は、画期的だよ。今までの即席めんの中では!」

と、瞳を潤ませています。

 そして私は感極まって、後藤と肩を組みながら、

「アメリカとかいう、最先端のヨーロッパの国でも、まだ月までにしか到達していない。チャンスは、僕たちにもまだある!」

と気炎を上げたのです。

 そしてその場で、

「僕たちが五十歳を迎えるまでに、僕たちの乗り込んだ宇宙船を火星に飛ばそう」

と約束をしたのです。

 さあ、そんな約束をしてしまったものだから、そのあとが大変です。私たちはとにかく、宇宙船を飛ばすための資金を集めなくてはならなくなりました。

 どうやって宇宙船を飛ばすか、どこから飛ばすか、何日で火星に着くのか。そんなことは二の次です。とにかく、宇宙船を飛ばすお金を集めなくてはなりません。

 アユムは、大好きだった即席めんを買うのをやめて、その日から毎日こつこつと貯金を始めました。

 田村だって、後藤だってそうです。もともと彼らにだって、趣味がありました。田村は、何かが好きでしたし、後藤だって、――そう、何かが好きでした。とにかくその好きなことをやめて、毎日十円を豚さん貯金箱に入れていったのです。

 私だって例外ではありません。毎日の苦しい家計の中から、少しずつお金を貯めました。いつか、アメリカとかいうアフリカ大陸にある国より先に火星とかいう木星に到達できる日を夢見て、毎日六円ほど貯金しました。

 その間の私の生活の苦しかったことと言ったらありませんでした。職場へは電車で行くと嘘をついて、毎日歩いて通っていました。電車でも一時間かかる距離ですから、歩くとその二倍くらいはかかります。それを毎日、タクシーを使ったり歩いたりしながら通ったわけです。

 そんなみんなの努力の甲斐あって、私の同級生がみんな五十歳を迎える、ちょうど私が四十五歳の年になるまでに、八十二万円もの資金を貯めることに成功したのです。

「やった!」

「よかったね。よかったね」

 私たちは、互いに抱き合いながら、瞳に涙を浮かべて喜びました。

「これで、宇宙に行けるね」

「アフリカとかいう、アメリカを超えることができるね」

と。

 そしていよいよ、ロケットを飛ばすために、どうすればいいかわからなかったから、近所の焼き鳥屋さんに相談して、とりあえず地元の中古車販売店に相談に行こうと思っていた、三日前から四日後のことです。

 私が、みんなから預かっていたお金を確かめようと、内ポケットのないジャケットに合わせると結構似合いますよ、と店員さんに勧められて買ったタイトなジーンズのお尻のポケットに入れて置いたはずのお金の入った封筒の入った封筒を取り出そうとした時です。

「あっ! しまった!」

 思わず声を張り上げました。

 いくら探しても、お金の入った封筒の入った封筒が、見当たらないのです。

 店員さんがびっくりして、

「どうか、なさいましたか?」

と尋ねるので、私はとっさに、

「いいえ!」

と答えてしまいした。

 でも、その目が血走っていたせいでしょうか、店員さんが、

「どうか、なさいましたよね?」

と、また聞き返してくれるではありませんか。

 私はこの時、「ああ、神様はいるのだ」と、そんなことを心に思いましたが、そんなことは口にしませんでした。

 そして、やっとの思いで、極力平静を保ちながら、店員さんにこう言ったのです。

「宇宙船を買う予定だったのですが、今回は、要らなくなりました」

 その時、その場にもし斎藤がいてくれなかったら、私はどうなっていたでしょう。

 すぐさま、トオルがこう言ってくれたのです。

「今日はお金を忘れました。でも、お金は必ず持ってきます。たったの七十万ですよ? それくらい、いつだって用意できるのです」

 そしてそのあと田村が続けました。

「そうです。後藤の言う通りです。とにかく、宇宙船を買わせて下さい。お金は、明日から千年以内に必ず持ってきます」

「そうです!」

 これは、もはや誰が言ったのか、わかりません。

 私たちが、こうまで真剣になって懇願するからには、店員さんも、了承せざるを得なかったようです。

「わかりました。とにかく、お支払い頂ける、ということですね?」

「はい!」

 その場に居合わせた私は、他の仲間たちの思いまで込めて、返事をしました。

 というわけで、私には今、お金が必要です。

 いくらでもいいです。百円でも、百万円でも。

 今から私の言う、安藤という、ミノルさんの口座に、あなたのお好きな額を、振り込んで下さい。


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「宇宙」「嘘」「ツーカー」(2017年09月25日) 矢口晃 @yaguti

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