金魚救い

ペンを持つことを覚えたメロン

第1話 金魚すくい

 いつもは閑散としている神社の石畳の道が、今夜は人の群れで見えなくなっている。なぜなら今夜は町で一番のビッグイベント『秋穂祭り』が、この神社で開催されているからだ。


 今まで町のどこにこんなに人が隠れていたのだろう、と思える程に大勢の人で神社は賑わっていた。



 〜 〜 〜 〜 〜



 祭りの夜。何の気なしに、そうだ屋台の焼きそばでも食べるかな。といった軽い気持ちで、私は万年床から重たい腰を上げた。


 昨日から着替えていないジャージに、ボサボサな髪の毛。少しまずいかな?と思ったけど、生憎今の私を見て幻滅してくれるような友達なんていない。このままで行こう。


 数分で神社についた。まだ夕方の6時にもなっていないのに辺りは人で溢れかえっていた。人混みをかけ分け、なんとか焼きそばを買い付ける事に成功。


 人で賑わうのはいいんだけれど、まともに移動もできないってなると少し考えものだなぁ。なんてボソボソと考えながら焼きそばを食べていると。目の前をサッ、と赤い綺麗な着物が通った。


 過ぎ去ったそれを目で追いかけると、黒髪の綺麗な女性がただずんでいた。その女は屋台の方をじっと見つめている。どうやら金魚すくいをするかどうかで迷ってるらしい。


 しばらくして、女は着物の袖をたくして白く細い腕を出し「すみません」と、屋台の人に声をかけた。


「はい、1回?」


 女はコクリと首を縦に振り、銀貨を「いちにぃさん」と小声で数え直した後。それを渡して、代わりに小さなボウルとポイを一つ受け取ると「よぉし」と意気込んで金魚の水槽の前にしゃがんだ。


 別に、気にはならなかった。特に何の変哲もない金魚すくい。見慣れた光景がそこにはあり、誰も見向きもせずに去っていく。

 しかし自分は、見てしまった。その女がポイで金魚を追いかけ、金魚が逃げ、泳ぎの遅い者から順にすくわれるのを。


 可哀想に、無意識にそう思ってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る