Chapter.21 - SID

「よお、フォード。勝った側なのにえれえ怪我してんな。全治何ヵ月だよそれ」

 抗争から四日。暴徒が仮収容された留置場の面会室に、フォード、メル、ナージュ、ハリー議員、そしてフォードの右手を砕いたあの男が集まっていた。

 ガラスを隔てた先の男はシドと名乗った。それが本名なのか、スラムの通り名なのかは定かではない。スラム生まれで本名というものが存在しない可能性もあるため、名前に関する追求は無意味だった。

 ゼインが命を落としてしまった今、どのように考えて抗争に至ったのかは、右腕であった彼のみぞ知る。

『話すならフォードにも聞かせてやらねえとな。とにかくフォードを連れてこい。でなきゃ話さねえ』

 そうシドが言い張ったため、ほぼ全身を包帯に巻かれたフォードが連れてこられたのだ。メルはそこに同席できるよう求めた。メルがいなければ勝利という結果はなかったために、ハリー議員は断ることができなかったようだ。


「引き渡しのフリして奇襲してくるってのは、最初から分かってた。ああ、最初ってのは、パリドル駅で一発ぶっぱなす前な。んで、声明出すのと同時にスラムの住人の動きをチェックしたり、いつも以上にプレッシャーかけてた気がするから、直接抗争って選択肢はその時点からあったんじゃねえかなあ」

 口を割るために試行錯誤していたハリー議員は、フォードを見るや饒舌になったシドに対しため息を漏らした。それを嘲るように、話は続く。

「引き渡しの日時が決まって、散らばってた部下たちはかき集められた。おのおの武器持ってこいってな。フォードが高確率でスラムに逃げ込んでくるから各所で見張っとけって指示も出してた。見張ってた結果、お前は来た。武器持ってたのは意外だったけどな」

 一歩後ろにいたナージュの緊張した面持ちがさらに固くなる。

「お前のことだから監視は振りきってくるもんだと思ってたよ。半年もぶちこまれてちゃ体も鈍ったか?

 お前が武器持ってたこと、それとあの筋肉の塊みてえな男が思いの外強かったせいで、情けねえが撤退。それをゼインに言ったら、すぐ傭兵を雇うことを決めたよ。それまで傭兵のよの字も無かったのに、えれえ機転だ、ほんと――でも、それがまさかなあ! 傭兵団が大商人とつながってて、大商人の娘がお前と繋がってるなんて誰が予想すんだよ。ゼインはなんでも持ってたけど、運だけは無かったみてえだな」

 シドは足を組み、横目でメルを見た。メルは黙って見つめ返す。面会室に残るのは、職員が記録をとる音だけ。


「運じゃないと思いますよ」とナージュ。

「旦那様……ミスター・モルテンブルクは、とても寛容であたたかい心を持った方です。私にとっても、恩人です。関わった人たちは、きっとみんな、尊敬したり、感謝したり、憧れたりしてると思います」

 ミスター・モルテンブルクを慕う人が増えれば、無作為に声をかけた人がミスター・モルテンブルクを慕っている確率は上がる。傭兵のような、お金と密接に関わる者ならばなおさら。

「ゼインを打ち倒したのは、旦那様の優しさです」

 シドは鼻で笑った。「そりゃ、皮肉なもんだね」

 ここでハリー議員はメルに、どうして傭兵団が抗争に来ることを知っていたかと聞いた。素直に知らなかったと答えたメルに、シドは「は?」と反応した。「じゃあなんで来たんだ? 勝算があったからじゃないのか?」と続ける彼に、フォードが小さく「そういう子だから」と答えた。

「はは、あっはっはっは! そういう子か! はっはっは! げほっ、げほっ、うっ、いててて」

 シドは大笑いし、怪我に響いたのか脇腹をおさえた。

「結果で言えばその性格の勝利だったんだな。嬢ちゃんがいなきゃ傭兵が裏切ることも無かった。……あーあ、これが奇跡ってやつか? ったく、帰れ帰れ! フォードも、怪我してんのに歩いてんじゃねえよ、ボケ」

 シドは気だるそうに背伸びをすると、「寂しかったら、また相手してやるよ」と残し、奥の扉から出ていった。


 面会が終わると、ついでとばかりにメルたちの聴取が行われ、しばらく留置場の建物から出してもらえなかった。抗争の前日に設置されたという傭兵団のキャンプに寄る予定はパス。


 外は暗くなっていた。

 星が綺麗な、透き通った空。

「お疲れ様です」迎えたのはマクリッサ。フォードとは初対面であるため挨拶を交わす。

「これから、どうするんですか? 怪我を治した、その後は」

 聞かれたフォードはメルに視線を送った。

「俺は……メルに助けられた。もしこれからの生き方を俺が選べるなら――選んでもいいなら、メルのために生きたい」

 微笑むメル。「メイドは間に合ってるっすよ」とナージュが割り込む。その表情もまた優しかった。

「メル、あなたは?」

 一転して呆けた顔。「……何も考えてなかった。これから、どうしようか」


「よろしければ、私から提案が」

 マクリッサは屈み、小さな手をとった。

「会いに行きましょう。ミスター・モルテンブルクに」

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