Chapter.13 - a Letter

 マクリッサ。君が謝ることはない。長く帰っていない私のせいだ。

 真面目で優秀な君のことだから、この手紙をやり取りしている間にも次の職を見つけていることだろう。もし求職が長引くようなら、私から紹介してもいい。そのときはまた連絡してくれ。

 

 ところで、ナージュのことが気になってるようだね。彼女は正直に言ってモルテンブルク家には似合わない。

 だからこそ、必要なんだ。

 メルの外出を禁じていたのはあくまで私が帰るまでの一時的なものだった。――すぐに帰るつもりだった。自慢するわけではないが、ここまで事業が大きくなるとは思ってもみなかったのだ。

 メルの世界はあのカーキ色の壁の中だけ。外出禁止令を解こうにも、外の歩き方をまだ教えていない。マクリッサが引率するという選択肢もあったが、親が教えるべきことを押しつけるようで、二の足を踏んでいた。

 そして思い至ったのだ。外の人間を、壁の中へ招こう。出来る限り遠い者を、しかし信用できる者を。――それが、ナージュだ。




 彼女と私は、三年前にレーベット県で出会った。

 あの日ふと脂の多い夕食を食べたくなり、ぼろぼろの小屋のような店に入った。もちろん普段ならそんな店には入らない。しかしそのときは、なぜか、ふらりと足が向いたのだ。まるで導かれるように。

 

 そこでは無精髭の痩せた男性が店主をしており、その娘であろう少女が働いていた。――ナージュだ。

 店主は客を相手にしているとは思えぬほど無愛想だった。常にイライラしているようにも見えた。対照的にナージュは、手際はさほど良くなかったが笑顔で接客をしていて、私の心には「可哀想」「この店にはもったいない」という思いがあった。

 既に新しいメイドを探していた私は声をかけた。ナージュは「ありがたい話です。……でも父の手伝いもしなきゃいけませんし、お店の借金もまだ……」と、躊躇う様子を見せた。そのとき店主は「いらんこと言わんでいい!」と客の前にも関わらず恫喝…………やはり対照的に、店主に対しては軽蔑の念が強くなっていった。

 口論に発展させたとしても最後は家庭の問題。気にはしつつも、その日は黙って店をあとにした。

 

 一晩経ってもやはり心配で、またあの店に足を運んだ。

 なにやら、様子がおかしい。

 飲食店ならば開店していなければならないであろうという時刻だったが暖簾は無く、店内の灯りも消えている。外で掃除をしていたナージュに聞いたら、暗い顔でこう言った。

「父は消えました。……蒸発ってやつですかね? いわゆる、その、夜逃げです」

 もはや軽蔑を通り越して呆れてしまった。

 しかしながら、これでナージュを心置きなく迎えられるようにもなった。彼女は快諾してくれた。数日ののち、私の帰宅に併せてメルのもとへ――――。

 

 

 

 君の求める答えになったかな。

 ナージュを引き取るとき借金の取り立て業者とひと悶着あったのだが、商人同士のやりとりだから、話せば長くなるだろう。詳しいことは今度帰ったときにでも。


 ……今度は、いつ帰れるだろうか。


 私は最近、毎日のようにとある造船所に足を運んでいる。

 『開拓団』という団体のスポンサーになるかどうか、造船所の動き具合やメンバーの人柄などを審査しているところだ。彼らは誰も知らない海の向こうを目指している。風の動き、海流、天文学などから、どうやら海の先に大陸が存在するかもしれないらしい。大きな船を造り、文字通り開拓の旅に出るのだ。

 無謀とも言える旅だが、もしも……ほんの一握りの、「大陸に一番乗り」の夢を手にすることができたなら、我が社の地位はもはや比類なきものとなるだろう。そうなれば、安心して次の世代に社長の椅子を渡せる。引退すれば、ずっとメルと一緒に居られる。


 この契約がどう転ぼうとも、話がついたら一度帰ろう。それは来月か、半年後か、数年後か…………いつになるかはわからないが、いつか、きちんと謝らせてくれ。

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