Chapter.14 - To Climax

 その手紙に対して、さらにマクリッサが返した二通目の手紙は、職を見つけたことの報告。ミスター・モルテンブルクからは人手不足で悩んでいることの吐露が返ってきたようだ。

「手紙が書けるなら、誕生日くらい祝ってほしかったな」

 メルはため息をついた。

「半年以上かかって二往復。それだけ忙しいということです。この開拓団という人達に、かなりの期待を抱いているのでしょう。……ときに、ナージュ。家は大丈夫ですか? 料理洗濯は滞りなく、掃除は隅まで行き届いてますか?」

「ああと、えっと、ぼちぼち、ですかね。へへ……し、心配しないでください!」

 マクリッサはため息こそつかなかったが、あきれた様子は見てとれた。


「久しぶりにリックにも会いたいですね」

 マクリッサが自らの思いを口にすることはとても珍しい。メルとナージュは、なんとなく彼女との距離が近くなったように感じた。「私もフォードに会わせたい」とメル。

「会う、とは違いますが、これだけ騒ぎになっていれば引き渡しの様子は各所で報じられて、姿くらいは確認できそうですね」

 引き渡しという言葉にメルは身を乗り出して反応する。

「マクリッサからハリー議員に、フォードを渡さないでって伝えてほしいの」

 マクリッサは「メイドの頼みで意見を変える人じゃありませんよ」と返したが、メルはしつこく頼み込んだ。


 ――思えば、お嬢様がこんなに能動的だったことがあるだろうか。ただの反抗ではなく自らの意思で、強く目的に向かって努力したことが……


「わかりました。でも、期待はしないでくださいね」

 結果から言うと、マクリッサからハリー議員への交渉でフォードの引き渡しを中止にこそできなかったものの、引き渡し日を一日延ばすことができた。それはフォードに与えられた『別れの時間』であった。もちろんメルはその機会を棒に振るつもりなど無く、寝る間も惜しんで彼を逃がす――あるいは連れ出して隠す――手段を練るのであった。



 

 「フォード君だね?」

 更正施設の自室近くでフォードは見知らぬ男に声をかけられた。身なりの整った真面目そうな男だ。靴か何かが入る大きさの箱を持っている。

 フォードは返事をせず、睨むように男の様子を見ていた。「怪しいものじゃないよ」と男は言い、小さな紙を渡してきた。

 フォードは文字の書かれたそれを一瞥すると、男に返した。「名刺はもらっていいんだよ」と男は言ったが、「要らない」と首を振った。

 男はハリーと名乗った。同時に自らの肩書きを明かしたようだが、それがどのような職業であるかということは今のフォードにはわからない。

 警戒しながら接していたが、男の口から「ゼイン」という単語が飛び出した時点で、自分の命運を左右する人物であると確信した。いつかメルに言った『時間の問題』、その時が来たのだ。


 彼によれば、引き渡しのスケジュールに余裕はないそうだ。こちらで何か仕込むなら時間が欲しいが、それはゼインも分かっている――あまり待たせれば怒りを買うだろう。

「おそらくゼインが引き渡しの場に直接顔を出すことはない。フォード君に恨みがあるとはいえリスクが高すぎるからね。下っ端や取り巻きが引き取り、連れていき……それから、じっくり恨みを晴らすんだろう。――そこで、だ」

 ハリーは箱を開け、中から黒い靴を取り出した。ブーツのように紐が多いが、形はスニーカーに近い。底の部分は金属製で、まるで機械の一部――ひどく歩きにくそうだ。

「ゼインは我々の前には出ずとも、君の前には現れる。必ず。だから我々としては君を追跡することがゼインへの道だと思っている。この靴でしっかりと足跡を残してほしい」

 なるほど、原始的だが有効かもしれない。しかし……

「俺は予定通り引き渡される」

 目を伏せたフォードにハリーは「出来る限りゼインと話して時間を稼いでもらえれば、君を救出できる可能性も上がる」と付け加えたが、それが建前であることはフォードにも分かった。


 ――生きたい。

 その思いはスラムに居た頃より遥かに大きくなっていた。まだ知らない広い世界が見たい。施設の外を。隣の町を。高い山々を。海の向こうを。

 常識という足を手に入れやっと立ち上がったフォードに、その靴は重かった。


 この日は作戦の伝達のみ。明日は対峙したゼインをその場にとどめるための会話術の指導があるらしい。次の日は屈強な男が引率につくが自由に街へ出られるとのこと。その後訓練を二日挟み、本番。すなわち――


 ――フォード引き渡しまで、あと五日。

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