Chapter.11 - Action

「どういうこと!?」

 再び更生施設。

「顔いったからな……恨んでるとは思ったけど、まさかここまでとは」

 どうやらゼインは意地でもフォードを殺すつもりだ。

「さすがにここまで大きな事件……警察がきっとゼインを捕まえるわ」

 フォードは考え込んでいた。

「どうかな。捕まえるより俺を差し出した方が早い」

 そう言い、腕を組んでしまった。行くの? と訊いたら、食い気味にまさかと返された。

「ただ、時間の問題だろうな。捕まえるのが難しいことは確かだ。今まで捕まらなかったから、スラムの主になれてるんだし」

 それを聞いてふと、メルは思った。

 どうしてスラムが生まれるんだろう? パリドル駅周辺はどちらかと言うと栄えている方で、そのすぐ裏なんて、警察が目を光らせていそうなものだけど。

「必要なんですよ。社会に適応できない人が逃げ込む場所が。警察は捕まえられないんじゃなく、あえて、捕まえないんすよ」

 そのまま口に出た問いに答えたのは、ナージュだった。


 過去にない人口増加の影響を受けて、教育者が足りない。生きるための知識や知恵が行き渡らない。そして脱落し、スラムに逃げ込む者が現れる。彼らは子を産み、当然その子も教育を受けずに育つ。

 保護しようにも、施設が足りない。下手にスラムに突入すれば、善悪の判断のつかない――以前のフォードのような――子供たちが逃げ、街に放たれることになる。だから街とスラムの境界で、灰汁を掬うように一人ずつ保護していくしかないのだ。

 

「根本的にどうにかできるのは、政治家だけっすね」

 メルのいるモルテンブルク家は商人に幅を利かせているが、政治家に対してのコネクションは皆無であった。仮にあったとしても、当主に会えないのでは頼れない。

 行き詰まって、静まり返る。

「政治家に、お願いしてみる」

 メルはぼそっと呟いた。直談判など意味がないことは自分でもわかっている。それは声量に、顕著に現れていた。

「まあ、何もしないよりはいいんじゃないですか?」

 ナージュがため息混じりに答える。

 ひとまず、向かうべき場所は決まった。




 議事堂は厳重な警備で守られていた。テロに警戒しているピリピリとした緊張感が、遠目でも感じられた。

 議事堂全体はもちろん、政治家個人でも警備を雇っているようで、話しかけるだけでも一苦労。なんとか声をかけても無視されることがほとんどで、やっと話ができた議員も「今回は主犯がテロを続けると言っている以上、急ぎ解決しなきゃならない。スラム全体の話は、そのあとだ」と、議会に持っていってはくれないようだった。

 秘書ならばと対象を変えてみるも進展は無し。さらにその翌日はせめて手紙だけでもとアプローチ。……それでも、結果は同じだった。

 

「万策つきましたね」

「……」

 階段の端に座り込むメル。

「一市民がどうこうできることじゃあないっす」

 決してフォードが死んでもいいという意味ではないが、その言葉にメルは非常に不愉快な表情を浮かべた。

「ハリー議員に」

 先日、唯一まともに話ができた議員。議会に持っていく素振りは無かったが……。

「せめて、フォードを返して終わりにはしないでって、頼まなきゃ」

「メル様」

「わかってる。これで……これで最後にするから」

「………………わかりました。もう一度ハリー議員と話したら、諦めてくださいね」

 メルは答えなかった。

「メル様」

 少し強く。メルはしぶしぶ、といった様子で「わかった」と頷いた。


 しかしその日、議事堂前でハリー議員を見かけることはなかった。議会新聞によれば、今回のテロ対策を急ぐため、ハリー議員含め対策班の議員は軒並み泊まり込みで会議をしているらしいのだ。

「やっぱり忙しいんすね。フォードくんを返して終わらせないで……って伝える前に、議決が出ちゃいそう」

 それは困る。なんとかして伝えなければ。

 そんなとき、ひとりの男性議員が議事堂入り口で女性から何か受け取っているのが見えた。警備はまるで無反応なので、彼女は信頼に足る人物なのだろう。

 メルはその女性に話を聞いた。どうやら議員の妻で、お弁当を渡したらしい。

「親族伝いなら届くかも」

 ハリー議員の家が、次の目的地となった。


 ハリー議員の家は自宅兼事務所であったので、議会新聞の議員名簿から難なくたどり着くことができた。

 ……もちろん、情報を集めたのはナージュだが。

 議員の家は豪邸と言って差し支えないほどに大きかった。――モルテンブルク家の、三分の二くらい。

 こういった大きな邸宅では、客は普通メイドが応対し、主人につなぐ。モルテンブルク家がそうであるように、ここも例外ではなかった。

 ナージュがノックした扉から、メイドが出てくる。


「――え?」


 メル、ナージュ、そのメイド。三人は驚きを露にした。そして「どうしてここに?」と、声が重なる。

 それぞれ驚きを咀嚼するなか、わなわなと震え、まるで思考から溢れるかのように、メルの口からその名が呼ばれた。




「マクリッサ」

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