Chapter.8 - Dead or Alive
ジークに引かれて走ると、遠くにダンゴムシ――パリドル駅の屋根が見えた。
「ねえ! ジーク! どうして戦うの? どうして逃げないの?」
走りながらジークに問う。先ほどフォードに訊き損ねたことだ。
ジークは立ち止まった。爆弾を投げ込むためであったが、それはメルには分からない。
爆弾の導火線を引き出し、先端をガジガジと噛む。導火線の繊維をむき出しにして着火させやすくするためである。
「外には、もっとやばい奴がいる。たくさん」
やばい奴。――血が流れるスラムの住人よりも? たくさん?
メルにはその見当がつかなかった。
「ここじゃなきゃ俺らは生きられない……っ! 走るぞ!」
導火線に火がつき、ジークの渾身の投擲によって建物の屋根を越えた爆弾は、地面が揺れるほどの轟音と威力でスラムの住人を吹き飛ばした。メル達は土煙に飛び込み、一気に戦闘の中枢へと躍り出た!
「ジィイイイイイイク!」
全身に刺青の施された大きな体の男が叫んだ。怒りの込もったその声の主こそ件のゼインだと、メルは悟った。ゼインは右手にナイフ……と表すには大きすぎる刃物を握りしめていた。屠殺用のサーベルだ。オールバックに固めた髪は白く、黒っぽい肌と対照的。眼光には刺さるような殺意が込もっていた。
ジークはメルから手を放し、いつの間にか拾っていた金属片を投げつける。薙ぎ払うゼイン。その隙に飛び込むフォード。しかしフォードのナイフが届くより早く、ゼインの左手がフォードの手を掴んで止めた。自らの得物を片手で器用に反転させ、真っ直ぐフォードの顔へ突き立てるように振るう。
「ぐっ!」
咄嗟に体を捻ったフォードの頬を刃が掠める。体重を一気にゼインの方へ傾け、刃物を逆手に持つゼインの右手を抱え込むように掴んだ。
……一瞬の激しい攻防から一転、組み合って動きが止まった二人。
「アル!」
フォードの叫びに応えるように、金槌を持ったアルが交戦中の住人をタックルではね飛ばし、ゼインに一撃を与えんと走り込む。
「お前なんかに止められるかよぉ!」
ゼインは叫び、組み付くフォードを思い切り蹴飛ばす。体重・体格・筋力、全てで劣るフォードは一撃を耐えるが、続く二擊目で飛ばされる。ゼインは真横で金槌を振りかぶるアルの懐へ飛び込み、腹に肘をめり込ませた。よろめきながらもなんとか攻撃しようとするアルだったが――……
「死ねやぁ!」
一切の躊躇いも慈悲もないゼインの刃に裂かれた。脇腹から斜めに、胸、顎。
「アル!」
叫び、路地からニーヨが飛び出す。
「馬鹿、ニーヨ、来るな!」
小柄なニーヨはフォードの叫びもむなしく、すぐに黒服の男――ゼインの部下――に捕まり、頭を殴られ、組み伏せられた。ジークも別の部下に対して、捕まってこそいないが同じく一方的で苦しい戦いを強いられていた。
「フォードォ!」
ゼインが野獣のように叫ぶ。フォードを睨みつけ、「ニーヨを助けに背を向けようものなら後ろから首を落とす」と目で語る。
計画通りならば、不意打ちの段階でゼインを倒せなければならなかった。しかしその段階はフォードとゼインが一対一で対峙したまさにこの時、終わった。
『ゼインに殺されるか、自由を掴んで生きるかだ、フォード!』
フォードはナイフを両手で握りしめ、真っ直ぐ突き立てるように突進した!
キー…………ン。
響いた高い金属音。メルの足元に、フォードのナイフ――ただし、刃の部分のみ――が刺さる。
あまりにも速く……そしてあまりにも強い力でナイフが折られたことを理解するのに、フォードは僅かに時間をとられた。その僅かな隙さえ、目の前の悪意は見逃さない。
岩石のような拳が降る。頭からの衝撃に反射的に歯を食いしばろうがお構いなしに地面に叩きつけられ、バウンドした体は続く蹴りによって撥ね飛ばされた。
「弱ェなあ、フォード! ちゃんとメシ食ってんのか? あ?」
ゼインは笑った。悪意と狂気のみで構成された笑顔だった。
「首謀者は誰だァ?」
フーッ、フーッ、と荒い呼吸を繰り返すフォードに問う。フォードは答えない。
「――俺だ!」
ジークが叫ぶ。冷や汗が身体中を伝う。
「そうかよ」
冷たい視線をジークに送りながらゼインはサーベルを振り、ニーヨを押さえつけていた部下に合図を送った。
ニーヨの首と背中から、鮮血が噴き出した。
「…………!」
「なに驚いてんだよ。首謀者以外は殺す。首謀者は苦しめて殺す。当たり前だろうが」
ジークと交戦していた部下にも同様に合図し、自身はフォードに向かってサーベルを振りかざした。
その真横に、爆弾が滑り込む。アルが最後の力を振り絞って着火したのだ。
「! くそっ……!」
咄嗟に蹴飛ばされた爆弾はジークの前方あたりに着地し、爆発した。ジークと交戦中の部下が吹き飛ぶも、ジークも足に破片が刺さり、痛みに顔を歪める。
「うぐぅううっ!」
悲痛な叫びはジーク。
…………そして、ゼイン。
ゼインの左足の太腿から胸、顔へ、まっすぐ上に一本の線が浮かぶ。
フォードの手には元々自身が持っていたナイフ――メルを助けたあのナイフが握られていた。分厚い筋肉に対して不完全な姿勢からの斬擊で傷は浅いものの、流れを変える一撃となった!
「走れぇええええええええええええええええええええ!」
今までで最も大きな声でフォードが叫ぶ。フォード、ジーク、メルは、がむしゃらにパリドル駅の方向へ逃走した!
「っざけんじゃねえぞ! フォードォ!」
ゼインは傷口を押さえながらサーベルを思い切り投げた! その凶刃は――
――――ジークの、背中へ。
深々と沈む刃…………そして意識。
「行、け…………」
最後にそう言って、ジークは力なく地面に落ちていった。
ゼインの怒りの叫びを背に、フォードとメルは走り続けた。
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