第34話 Like a 沸騰ストーン

m(_ _)m



 エ、おはこび、ありがとうございます。



 肉……食いてぇなぁ。

 元気でるでしょ? 肉食うと……って、菜食主義の方には御免なさい。



 食うとな? 体の内側からこう、ポーッて火照ってくる感じがするんだな。力が湧き上がる感じって言うか、この寒い中サ?



 肉じゃなきゃ、かけそばでもいい。

 夜鳴きそばね。落語っぽくていいやね。

 鰹節の香りがこう、湯気と一緒にほわんと上がる。醤油の香りだ。

 ズズーッとヌードルハラスメント的に吸い上げるってーと、熱さとつゆの風味とが一緒になって口に広がって。そのまま胃に落ちていく。



 ア、なんだいなんだい。茹ですぎて、ふにゃふにゃだね、このそばは。……マ、あったかいから良いや。



 ナ? 胃袋あっためると、心も前向きになるってもんで。



 風呂みたいな火照りも良いが、この、体の内側から湧き上がるように感じる熱な。まるで、創作物に宿った、クリエイターの魂みたいにサ?



 うん。ソレがチョット足りてねぇんだよ。おいちゃんの居ない瀬田OA鑑定事務所にはナ?



 瀬田OA鑑定事務所の面々が、ヨジゲンさんとこの案件の、「特許査定」を知ったのは、定期的にウォッチしてたから。

 事務所全体に、動揺と衝撃が走ったねぇ。こう、爆弾が静かに爆発したみたいに。



「ま……負けた? おいちゃんが音頭取ったのに?」



 って具合でな?

 存在センセを中心にして、作って出した情報提供も、あいにく効かず。



 どうして?

 なんで?

 おかしくない?



 そんな言霊ことだまが、あたふたと動き回る事務所の面々の内側から、こう、噴き上がるようでサ?



 進歩性だとか、経時的要素で物を定義したプロダクトバイプロセス請求項クレームで明確性が無いだとかサ?



 特許にするなら、まだまだ沢山、論点が残ってたはずなのになぁ。

 ビックリするほどアッサリと、特許査定が出た。



「僕らが、足を引っ張ってしまったんですかね……」

「若気君。情報提供はそもそも、審査官さんが検討するもしないも自由なんですよ。だから、無視されたという可能性もあります」

「えっ!? 疑義があったら調査するのが筋ってものなのでは? 先生」

「審査官さんは、件数をこなさなければなりませんし」



「おいちゃん……」

 未来さんは、ただただ動揺してた。


 

 その一方で、瀬田所長はサ? 応接室のガラクタの山からタブレットを引っ張り出して、チューバーの『オフロフロフェチー』の動画を観てる。



『アウターアートの製品をお風呂に投げ込んでみた』っていう動画だな。



「無回転ドリル」っていう工具がサ? パッと見、動いてねえのに、湯船に入れたら渦巻きが出来てサ? 



 裸のオフロフロフェチーが渦巻きの中からあらわになって、「イヤーン」って恥ずかしがってんだヨ。胸とかにモザイクかかった状態でナ? なにやってんだよ? ……ってか、『女子?』



 ……しかし瀬田所長、どんだけ風呂に逃避したいんだか。なァ?



 みんなが集まった会議室はサ?

 そんな所長が長年溜めたガラクタで、まだまだ散らかってた。年の瀬だってぇのに、かたづく気配は全く無い。



「審査官が、今年中に処理終わらせたくて、おざなりに査定出したんじゃないの?」

 と未来が言い出した。



 マ、そうだとすれば、それも人情だわな。



 ノートパソコン持ち出して、審査履歴をネットで確認してみると、誰も面接に行ったりもしてない。



 藪さんとこなり、ヨジゲンさんなりが審査官さんに直接会って、「特許を通せ」とねじ込んだって筋は、これで消えた。

 でも、雪車夜のおいちゃんも、面接には行ってなかった。行って「まだ査定出しちゃダメですよ? 論点が残ってます」って言う筋もあったかもしれねぇけどな?



 これ以上探ってもキリがないので、じゃあ次はどう動くか? って話になった途端にナ? それまでオフロフロフェチーの動画にかぶりついてた瀬田所長が、こう……ガバッ! って振り返ってナ? ガバッ! って。



「訴訟だ訴訟だ! たいへんだ!」

 って、俄然張り切ってサ?

 所長、お前さん火消しかよ! って言いたくなる程に。



「訴訟は、特許無効審判で審決出てからですよ。まだできません」

 って、存在先生に、冷静にツッコまれてる。



「んあ! じゃあ、特許無効審判だ!」

「鑑定事務所が、審判起こすんですか?」



「利害関係人なら審判請求できんだろ!  実際、やぶ先生に鑑定で負けるって損害を被ってんだ!」

「いや、法的な利害関係人ですかね? 私達は。……というか、主体要件の話ではなくですね。常識とか体面的に……中立の立場のはずの鑑定士がやることでは……」



「はあ? なら、ダミーの人間を雇って、異議申立てだ!」

「瀬田所長……あのですね? ここまでの審査経過を他人に閲覧されると、ウチの息がかかったダミーの人材が異議申立てしたって、バレますよ? うちも鑑定書を特許庁に提出してるんですから……」



「なんだよさっきから! 何としても、藪先生寄りの特許査定を潰せYO!」

 って、所長は目を血走らせてな。



 これには存在先生も閉口した。

 その顔が、「お前は一体、何と戦ってるんだ」って顔をしてるね。


 

 ……藪先生と、だけどネ?



 アウターアートの検出ランキング第1位の、藪先生。

 つまり、舞い込んだトンデモ技術を、ことごとく、地球の技術で再現しちまう、藪先生。

 


 あの、ンート、アレだねぇ……。流行りのメシ屋に潜入して、味を盗んで帰ってきて、後から見事に再現しちまう、「味泥棒」みたいな感じだねェ。



 その仲間にゃきっと、次元の他に、ルパンと五右衛門と、不二子ちゃんと不二雄ちゃんがいてサ? 「奴は大変なものを盗んで行きました。あなたの技術アートです」って感じのな。……産業スパイじゃねぇか!



 って、次元さんは違った。

 藪事務所じゃなくて、ヨジゲン株式会社の社長だったねェ。次元社長は。



 あとサ? フハハ! 藤子不二雄センセが混じってるねェ。



 未来さんは、隣の至にだけ聞こえる声で。

「経営者なんだから、一件一件の成否にこだわってても、しょうがないのにね?」

 ってつぶやいた。至も至で、

「そうですね……。鑑定の本分からも、物凄くズレてますし……」



 結局、瀬田事務所の面々は、所長の癇癪かんしゃくをなだめすかせて、ヘタな手続に行かないようにするのに、もう、必死だった。



 マ、血の気が多い先生が多いってのも、ありがちなのかもしれんわな。



 存在センセがこっそりハイヤーを呼んで、わめく所長を箱根の温泉へと連行してってサ? ようやく事務所に、静けさが戻った。未来と至も二人して

「「ふうぅーーー」」

 って安堵のため息を漏らした。




 そして、その年の暮れの事だ。




 明日から待望の、年末の休み。年末ライブやら冬コミケやら、テレビの年末特番やら、もう完全に年越しの雰囲気が、中野の街を彩っててな? 人の出入りもひっきりなしだ。



 事務所の面々は、大掃除に精を出してた。



 ……ア、所長は当然、温泉旅行に出かけたままだよ? もう、名前をサ? 「オフロイチジルシクスキスギー」に改名した方がいいね、どうも。



 そんな所長のガラクタ。

 結局片付けきれずで、至はまたも、ため息一つ。



 もうサ? スマホオークションアプリの『メルオク』で、まとめて売っ払っちまった方が良いんじゃねぇか?  カリスマチューバーが買いとって、動画で紹介してくれるかも、しれないんだから。



 そしたらサ?



「ごめんください」

 って入口の扉から、見たことのある丸顔が、ニョキッと出てきたね。斜めにサ。



 マ、なにぶん丸いもんだから、斜めになっても丸いんだけどナ?



「あれ!?」

「ヨジゲン株式会社の、次元社長? ですか?」



「ドモドモ。年の瀬におジャマしますわ」



 師走に来たよ。とにかく熱は異常に持ってる、爆弾みたいな、社長がサ?



 水風呂に漬けたら、沸きそうだ。



m(_ _)m

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