第29話 似て非なる量子
m(_ _)m
エ、今日もおはこび、ありがとうございます。
世の中には、同じに見えるのに、実は違うってものがあるようで。
例えば、「ごはん」と「ごはん」ね。
……って、片や白い米を炊いた物。片や食事自体。
「適当」だと、「丁度いい具合」と「いい加減」。
「結構」だと、「だいぶ」と「いらない、遠慮します」
ア、「壁ドン」なんかもそうだわなァ?
マ、アタシらは、状況に応じてどっちなのかを判断するわけですが、その境目となる壁って、あるんですかね?
ごはんでいうと、白飯自体と、食事全般とを、まるで法律の条文のごとく切り分ける、壁みたいなものはサ? あるんだろうか?
もしも壁があったとしても、その壁はなんだかあいまいで、どっちにも行けそうって時もありますわなァ? エット、壁に、トンネルの穴が開いてるみたいにサ?
さて、『奥田発酵』って会社の工場が、仮装空間上にあってな?
アウターアートを使わなくても、家庭用マイクロダイソン球の原料になりそうな物質『奥田スーパー』ってのを、作っちまってた。物をスルーっと通り抜ける、不思議な物質な。
その原理は、どうやら、量子トンネルに近いらしい。
「あの、薄井先生。何なんですか? 量子トンネルって」
「あたしもわからないので、教えていただけると……」
「良いですよ?」
存在センセ。先達として、知を伝授するのは楽しいみたいだ。うんうん。真面目だし、先生向きの性格してるねぇ。
ちょっくら、存在センセの講義が始まった。
ま、一次会だわな。飲み会に例えるとサ?
込み入った説明もあるらしく、仮装の工場の中にある会議室を借りて、ホワイトボードを使ってやった。工場長も、快くオッケーしてくれてな? 冷たいジュースまで出してくれた。
起立! 礼! 乾杯! ってな感じでよ?
○ ■
「はい。いいですか? 左の
=○■
「ボールが壁を通り抜けようとしても、普通は壁にぶつかって、右へは行けません。ボールのエネルギーよりも、壁のエネルギーの方が大きいですし」
「ただし! ここまでは、古典的力学で解釈した場合」
「量子論ではそうじゃありません。量子論は、ざっくり言うと、確率の話ですからねぇ……」
=○■
「ボールのエネルギーが小さくとも、ある瞬間に、壁のエネルギーを凌駕する事が無いとは言えません。するとね?」
■=○
「ものすごーーーーーーーく! 凄まじーーーーーーーく! 小さな確率なんですが、ボールが壁を通り抜けるように見えることが、無いとは言えません。わかりましたか?」
「ぽかーん……」
「未来先輩。ぽかーんって、口で言うものじゃないですよ? 薄井先生。ように見えるというのは?」
「おっ。若気君、よくそこに気づきましたね? ボールは通り抜けたように見える。実際に通り抜けているワケではないんです」
「え?」
「はい?」
○(粒子+波)←コレ!
「ポイントはね? ○で表したボールは、粒子であり、波でもあるんですよ」
「ええと……」
「は、はぁ……」
「若気君……たしか、アパート暮らしでしたよね?」
「あ、はい」
「至くん、いつもブーブー文句言ってるよね。壁が薄くて、隣のギシアンが聞こえてしょうがない。壁ドンしてやろうか! ってさ?」
「そうなんですよ先輩! あいつら、朝昼かまわずおっぱじめるから! こっちは元カノと別れて独り身だってのに!」
「一人じゃ壁ドンできないよねぇ? くすくす。あたしがお家に行ってあげようか?」
「えっ?」
「えっ?」
「壁ドンって、壁をぶっ叩くことですよね? 『うるせぇぞ隣の住人!』って感じで……」
「えー? 違うよ至くん! イケメンが、可愛い女の子を壁際に追い詰めて、ドキドキさせちゃうことだよ!」
「えっ?」
「えっ?」
「あの……先輩。そういう恋愛沙汰はしばらく無しって……」
「……奥田スーパー喰らって、壁の向こうへ突き抜けやがれ」
ドン!!!
壁ドンっていうか、ホワイトボードドンだね……。
いいかい? 普段温厚な存在先生を怒らすと、ギャップが怖いんだヨ?
「……続けていいですか? お二人とも」
「「は、はいぃぃ」」
ここらで一度、お茶を一口。
存在センセもアタシも、喉が渇くと、しゃべりがかすれるからねぇ。
○(粒子+波)←コレ!
「ええと、続けますね? ○で表した量子は、粒子と波の性質を持っている。そして、波は、壁の向こうへ抜けることがあります。若気君は、身をもって知っていますよね?」
「あっ! そうか! 音も、波だから……」
「えっ?」
「若気君は気づきましたね? 隣の部屋から聞こえてくる、その……そういう感じの音。隣の部屋の物質が、若気君の部屋へと通り抜けたわけではない。あくまで、若気君の部屋の空気が振動して、音の波になっただけです。それと似て非なる感じで……」
=○■
「左から壁にぶつかってきたボール○と」
■=○
「壁から右に出ていったボール○とは」
○ ≠ ○
「同じ量子じゃないんです」
「ほ、ほぇぇーー」
「なる……ほど……」
「誤解を恐れずに言うと、左から来たボールに押し出されて、壁に元から埋まっていた別のボールが右へと飛び出した、というイメージが近いですね。あたかも、ボールが通り抜けたかのように」
「うわ……気持ち悪い」
未来さんが言い出した。
「だって、イケメンがあたしに壁ドンしたら、壁の向こうに、イケメンの手の形した別の手が、ニュウウと飛び出るってことでしょ?」
……。
……。
珍しく、存在センセと至の声がハモったね。
「「違う、そうじゃない」」
「あはは」
と笑う未来さんの声は、やっぱり至の元カノ、佐々木
まぁ……似て非なる、笑い声なんだがな?
m(_ _)m
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