第27話 シミュレータの使い方
m(_ _)m
エ、今日もおはこび、ありがとうございます。
ふとした時に、昔を思い出す、なんてことがございます。
分かりやすくは、曲ね。
クリスマスなんかで、昔聴いた曲が街で流れてると、若い頃を思い出したり。ああ、あの時は楽しかったなぁ、ってなったり、逆に、「なんであんなことしたんだろ」って身悶えたり。
「思い出し喜怒哀楽」がたくさんあるわけです。
そんなことが出来るのも、こうして考え事なんて悠長にやってられる、平和な時代だからこそでして。それこそ戦争だったり、タスクに忙殺されてたりすると、それどころじゃない。忙しいに「心が亡くなる」とは、うまい漢字をあてたもんだねぇ。
ま、心が亡い方が楽な時も、あるもんだけどね。
人は、人と人とが支え合っているっていうなら、「大」は、人と人とが支えあってる所を、レーザー光線で撃ち抜かれた、みたいな状況なんですかね。
そんなのは良いですな。尺が伸びるだけになっちまう。
さて、存在センセと未来と至は無事、仮想の「過去の地球」に入り込んだわけですが……。
「凄い……のかなぁこれ。いつもの中野と、全く変わらないように思うんですが」
「本当にそう思うかい?」
至と存在センセがゆっくり歩いてると。
遠くから、呼ぶ声が近づいてくるね。
「ねぇねぇ! 至くん至くん! 早く早く!」
未来先輩がやってきて、至の服の袖を引っ張る。つられて至も小走りで。
するってーと、どうだい。
日替わり弁当が売られてる。
この辺じゃ有名『だった』、酔芯の日替わり弁当だ。
煮魚に、里芋、佃煮、卵に、ほうれん草のおひたしに、ダイコンの漬物と、揚げ豆腐。全体的にやさしい味つけになってそう。そして白ご飯に小さな梅干し。米粒が照ってる。やっぱり、見るだけで唾液が出そうだねぇ。
こないだ本館に移転したはずの、酔芯だ。
「そうか……ヨジゲンさんの出願時点の地球に、タイムスリップした感じなのか……」
至はそううなずいた。
「厳密に言うと、違いますけどね。ここが仮想空間である点と、現実の地球との
生真面目に教えてくれる、存在センセ。
「でも、酔芯のお弁当、また食べられるなんて! あはは! すごいすごい!」
食欲で理性ふっとばしてはしゃぐ、未来先輩ね。
その声なんだよな。至にとって、過去を思い出させてしまうのは。
実際、至はつい、辺りをキョロキョロとしてしまう。
この時点の地球においては彼女だった、佐々木
……こんなとこにいるはずもないのに。
って、山崎まさよしみたいなこと言っててもしょうがないねぇ。
「あれ? 店員さんが、いつものおばちゃんじゃないよ?」
未来さんのその言葉で、至はハッとする。
ここが、似て非なる世界だってことにな?
タイムトラベルと、パラレルワールドとは、実は同じなのかもしれんわな。
「さて、宗谷さん、若気君」
なんだかんだで酔芯の弁当を食べながら、存在センセが色々と教えてくれた。しかも弁当は、存在センセのおごりでサ? ちゃあんと事務所名義で「バーチャル」領収書を貰った先生は、「あとで現実世界に具現化します」とか言ってて、しっかり者だねぇ。
「はぁい」
「はい」
「では、若気君に質問です。特許出願の審査において、新規性や進歩性って、いつ基準で判断されるんでしたっけ?」
「あっ! それ、あたし答えていいですか? 来年こそは、口述試験まで行きたいので! その予行演習で!」
「ははは。宗谷さんでもいいですよ?」
「はい、ありがとうございます先生! 新規性や進歩性は、特許出願時の地球の技術水準を基準に判断されます」
「そうですね。もう少し詳しく言うと、どんな感じですか?」
「うぐっ……、え、え、ええと……」
「先輩、先輩。深呼吸」
「すー……はー……。すー……はー……。ええとですね。新規性は、出願時の地球で新しければ要件クリア。進歩性は、当業者が容易にその発明を思いつかなければ要件クリア、です」
「はい。ちょっと表現が雑ですけど、まぁいいでしょう。補足すると、新規性は、客観的に新しい事が必要で、進歩性は、出願時の地球の技術水準に基づいて、出願時の当業者が容易に想到することができないことが必要、でしたね?」
「は、はいぃ……」
真面目な存在センセの癖が出たね。重箱の隅をつっつきたくなる、鑑定士の多くが持ってる癖だ。ほれみろ。実際、存在センセの弁当箱にゃぁ米粒もこびりついてない。綺麗に食べてってるなァ。
そんな感じで、弁当食いながら、存在センセの特許講義が続いたんだが、次は一転、実務的な事を言い出した。
「じゃあね? 宗谷さん。特許庁審査官は、出願時の技術水準まで、記憶を戻すことはできますか?」
「……無理です!」
「若気君はどう思いますか?」
「できないんじゃないですか?」
存在センセは破顔したね。
「その通り。審査官さんは、出願後も、新しい技術にどんどん触れてしまいます。出願審査請求は出願から3年以内ですから、審査着手が3、4年後になることもあります。では、いざ審査をしようっていう時に、入ってしまった3、4年分の知識を、意識的に忘れようってのは……まぁ出来ないですよね? 副作用のある健忘薬でも飲まないかぎり」
その言葉に、未来先輩がギクリとした。
こないだ偶然、能率アップ錠をガチャガチャで引き当てて、ついつい飲もうとしちまったからだろうねぇ。
「私は昔、審査官に面接でお会いした時に、その審査官さんはこう言ってました」
って、存在センセが声真似だ。
『出願後の話を、作用効果と称して、鑑定書に書いてこないでくださいね? それ見ちゃうとつい流されちゃいますし、僕らも頭からその記憶を消せないですから、ハハハ』
そんな声真似に、激高したのは、青い青い、若気の至でさ?
「薄井先生。それ、おかしくないですか? 出願時の当業者基準で判断しなきゃいけないって、条文に書いてあるんですよね? なのに、後から入った知識を排除できないって、審査官さんが笑って認めるなんて。法の規定に反してる! 後知恵入り放題じゃないですか!」
「まぁまぁ、どうどう」
存在センセが抑えに入る。「今度のじゃじゃ馬は若気君か」とでも言いたそうな渋面でナ?
「しょうがないんですよ。法の記載ぶりはともかく、人は記憶を自由自在には消せない。これは人間の能力的に、そうなんですから。審査官さんも、要は無理難題を押し付けられてるわけですよ」
「だからって! ずるくないですか!? 僕らには『出願後の話はするな!』 でも審査官さん自身は『出願後の話をしてもいい』って! そんなのフェアじゃない!」
「まぁまぁ。建前としては、審査官さんも、我々鑑定士も、ダメなんですよ。出願後の話を混ぜては。あとは本音の所で、力関係ってのもあるんです。それが現実」
「ぐぬぬ……」
至くんは、オトナの理屈を突きつけられて、納得いかない体だね。そんな時……。
「あっ!」
未来さんが突然、素っ頓狂な大声を上げた。
「あたし、わかった! だからこの世界が、地球シュミレータがあるんですね? 存在先生!」
「ご名答」
満足げな存在センセが、さらに語を継いだ。
「ここは、『出願時点』を作り出す実験場なんだよ。地球を、出願時点へと、仮想的に巻き戻すことによって……」
シュミレータを、シミュレータへと訂正するのは、存在センセは省略したみたいだ。
ただ、疑問を持ったのは、至だったね。
「先生……でもそれだと、審査官さんの後知恵問題が解消しないんじゃないですか?」
「ほう!」
「どういうこと? 至くん」
「だって、技術水準が出願時までタイムスリップしても、それを使う審査官の脳は、タイムスリップしないんですよね? 将来の知識を持ったままで、判断するんですよね?」
「あっ……!」
「うん。若気くんは良い所に気づいたね。その通り。だから、審査の実態は、今や人間ではなく人工知能が担っているのさ。出願時点までの技術のみを機械学習させた、人工知能がね?」
「「なんだってー!!!」」
未来と至は、MMRのキバヤシみたいに驚いたね、どうも。マルヤマのお膝元のこの高座で、別書店の話をしゃべるのは、まぁ、どうかとアタシも思うがねぇ。
「ヨジゲンさんの案件のように、人工知能が発明者にヒアリングをして出願書類を作る。特許庁でも、人工知能が審査する。それが今の実態です。……責任を取る係として、人間が最後に絡こともありますけどね」
昔は出願書類を書いていたらしい存在先生は、ちょっびり寂しそうにそう言って、日替わり弁当の最後の一口を、ポンと口へと放り込む。
進んだ技術は元にはもどせない。
過去ばっかり懐かしんでもいられない。
ま、そういうことだよな。
一番良いのはサ?
人工知能がアタシらの仕事をぜーんぶ肩代わりしてくれて、アタシらはのんびり、心を取り戻して暮らす。
それが理想だねぇ。
それが出来る人間は、限られてるのかも知れないけれどサ?
未来さんが、二個目の弁当を食べ出した。
「すごいよねぇVRって! つけたのはゴーグルなのに、ホントに酔芯の味がするよ! 食い溜めしとくんだっ!」
うんうん。
そしてソレは……。
思い出し味わい。
m(_ _)m
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます