第24話 カウンター
m(_ _)m
エ、おはこび、ありがとうございます。
今日はチョット、気が滅入ってまして。
昔好きだった声優さんが、お亡くなりになったんですな。まだ若いのに。
主演なさったキャラの中でナ? ボディコン除霊師の話があってサ? 金欲の塊みたいなやつな? ミイラ取りがミイラに、じゃねぇけどよ。自身が幽霊になっちまうって話があって。
いや、とにかく。
ご冥福をお祈り致します。本当に。
あの世でも楽しくやってください。現世利益だけじゃなくてサ?
今日のアタシの酒は、送り酒だ。
さて。
今まさに鼻息荒く、現世利益を追及してる最中の、ヨジゲンさんとこから、怒りの電話が入った。瀬田所長も怒って風呂に行っちまった。
その事件のあらましは、まぁ、まとめるとこうなる。
至が未来と草案作って、特許庁に送った鑑定書がある。存在センセの名義でナ?
それをベースに、特許庁の審査官が書類を作って、出願人のヨジゲンさんに送ったんだな。「拒絶理由通知書」って名前の書類で、「こういう理由であなたの特許出願を拒絶します」っていう通知だ。
ヨジゲンの社長は、封筒開けるなり激怒した。
「なんで特許にならねえんだ!」ってな具合で。
ツバを飛ばして、テーブルをぶっ叩いたかもしれん。
そして、ウチの出願が拒絶されたのは、瀬田達が書いた鑑定書が原因って、そう思っちまったみてえだな。そして、文句の電話をかけてきたと。まぁそういうわけ。
存在センセが、カチンと来てる未来先輩をなだめようとしてるね。
「確かに、うちの事務所は後ろ暗いことはしてないし、集めた情報から、妥当な鑑定書を作ったけです。ただ、所長がおっしゃるように、ヨジゲンの社長さんに会ってなけれゃ、クレームの電話まではしてこなかったかもしれないし……」
「存在先生! じゃあ、所長が正しいってこと!?」
「どうどう。どうどう。まぁ……所長はオーナーだし。案件毎の手数を減らして件数増やした方が、儲かるからね。効率優先で、一見さんとか素人さんの依頼を断る事務所だってある」
存在センセのこの話には、若気至が食いついた。
「薄井先生、待って下さい。鑑定って、そんな適当にやって、いいものなんですか?」
「理想を言えば、全部の案件を、しっかりと処理するのが筋だよ? でも所長からすれば、儲けの方が大事なんですよ」
「おかしいですよそんなの!」
「いや、うちだって、民間の営利団体だから。手を抜けそうな所は手を抜く。優先順位をつける。それはまた、仕事の基本でもある。若気君も経験を積めば、手の抜き所がわかってくると思いますよ」
「でも、薄井先生は、僕らが特許庁データベースで調べ直しをする事、オッケーしてくれたじゃないですか!」
「そりゃあそうです。君らには、早い段階で、色々と経験を積んでもらわなきゃいけないもの」
「……」
「
「だから?」
「所長の話は、スルーしとくのが吉だよ。どうせお風呂に入れば、スッキリするんだから」
そんでさ?
何か心にダメージを食うと、酒を飲みたくのが人の習性ってもんだ。今のアタシと同じでサ?
至は、初級ゼミのメンツを何人か誘って、飲みにでた。
もちろん、仕事の後に、ゼミを受講してからだぞ?
時間も遅いもんだから、サクッと飲める立ち飲み屋。狭くて細長い空間の真ん中に、長い木のカウンターが1つだけ。部屋の半分が厨房で、のこり半分が客のスペースっていう、そんな感じのな?
軽く乾杯して、「今日のゼミは進みが早かった」だとか、「実質同一ってなんだよ!」だとか、そんな話をした。特許法39条の「先願主義」ってやつだな。
センガンったって、顔を洗う話じゃあない。偶然同じ発明をした人が別に居た時に、先に出願した方が特許を貰える、早い者勝ちの制度のことでサ。
あー、有名な逸話もあってサ?
地球で電話を発明したのは、アメリカのグラハム・ベルだってのが常識になってる。
ただな? 同じ電話の発明をエリシャ・グレイが考えてたんだそうだ。つっても、まんだらけにいるグレイじゃねぇがな?
ベルとグレイの特許出願は同日だった。ただ、ベルの方が2時間早かったってんで、ベルに特許が与えられたらしい。
マ、ここを潜ってくと、実はいろいろあるから、今日は深くは突っ込まないよ?
要は、出すのが遅れりゃ、別の奴に権利を取られちまう。
「だからほれほれ。早く発明を公開してヨ?」って、国に急かされてるわけだな。
馬ニンジンを目の前に、ドーン! って置かれてる。
誰が注文したのか、ニンジンとキュウリとダイコンの野菜スティックをかじりながら、至たちの酒は2杯目、3杯目と進んだ。話題も変わって、今やってる仕事の話だねぇ。
「あたしは商標やってますけど、音商標、匂い商標ときて、ついに触覚商標の案件が来ましたよ!」
「なんです!? それ」
「このゴワゴワ感は、ははーん。あの会社ダナ? って感じの」
「なんだそりゃ!」
「情報を直接食べる宇宙人さんとかだと、識別できないのでは? 舌がないから……」
「需要者をどう考えるか、ってことになりそうですよね……」
「僕は意匠なんだけど、『ゲームの仮想空間にあるオブジェクトの形状で、意匠権って取れますか?』って、お客さんに聞かれましたね。こないだ」
「マジで!」
「それって……マインクラフトみたいに、ブロックでその形を作ったら、意匠権侵害になるんですか?」
「いやいや。『業として』の要件があるから」
「業として?」
「仕事としてやってなきゃセーフ、みたいな。意匠法第23条」
「もう意匠やってんの!? 勉強進んでんな!」
「まぁ、僕は実務で使いますからねぇ……」
「そうですか……今日び、一般人だって、3Dプリンターとかで具現化もしますけどねぇ……」
「いいかげん、『業として』ってのは限界に来てるよね、若気くん」
「あとね。ゲーム内のデータだと有体動産じゃないから、意匠はちょっと……」
「有体動産?」
「物品の美的外観が意匠法の保護範囲なんですよ。『ゲーム内のデータって、物品って言えるの?』みたいな」
「ほぇぇ……」
「線引き難しいですねぇほんと。あたしついていけません……」
「俺んとこはさ! 著作なんだけど、変な質問が来てさ?」
「変な質問?」
「『ハメハメ波っていう必殺技を考えたんだけど、これ、ハメ技なんだけど、かめはめ波の著作権侵害にはなりませんか?』だってよ」
「えっ?」
「必殺技が単体で、著作権が発生するか、っていう話で」
「ビミョー」
「ビミョー」
「ビミョー」
「よっぽど変わったポーズする技とか……ですか?」
「いや、ポーズは完璧にかめはめ波。もしくは波動拳」
「ブルマを脱がす仕草とかじゃないんですね」
「ガハハハ! なんだそりゃ!」
「どんな技なんだろ……」
「若気君は、どんなことやってるの? あたし興味あるなぁ?」
「若気君に? それとも、若気君の仕事に?」
「そこ! うっさい!」
「ガハハハハ」
「えっと、詳しくは話せませんが、29iの案件、扱いましたよ? 草稿を書きました」
「おっ、もう実務やってんの?」
「ええ」
「いいですねー!」
「あれ? そういや佐藤さんも、29iの案件来たって言ってなかったっけ?」
「あ、はい。今日、突然上から指示が来て、急ぎでやれって」
「奇遇ですねー」
「どんな案件なの? こっそりこっそり」
「アウターアートかぁ……どんなのだろ? あたしも気になります」
「あはは、若気くんと同様、守秘義務があるから、詳しくは言えませんよ?」
とまぁ、今日も今日とて、法律にからめた怪しい話に、花が咲くねぇ。
オタクみたいなもんだな。みんなだ楽しくしゃべって、酒飲んで、スッキリしたわけだ。
ア、エー。ところがだ。
それから少し経ったある日。
事務所で未来先輩が、ドタドタと足音鳴らして、至のデスクにやって来た。パーティションの上からお団子ヘアーが、ピョコピョコ見え隠れしてからな?
「至、くん。あのさ?」
「はい?」
「特許庁から、鑑定書の副本が届いたよ……ヨジゲンさんの、家庭用マイクロダイソン球の件で」
「はい? 僕らが作ったやつが、戻ってきたんですか?」
「違うの。うちの鑑定書とはまったく逆の結論が、書いてあるやつでさ……」
ってんで、未来さんが差し出した、その、「別の」鑑定書を至は読んだ。
『当該物質は、
って、書いてあるねぇ。
「……なんですと!?」
至はポカンと口を開けた。マイクロダイソンの卵が、ポコッと入りそうな感じでな?
「驚くのは、まだこれからだよ?」
未来先輩の、しなやかな指が、とある箇所にスーッ! と伸びる。
鑑定書のサ? 作成者の欄にサ?
『地球外鑑定士 竹下敦哉 藪鑑定事務所』
って、書いてある。
「ここって……」
こないだ至が一緒に飲んだ、初級ゼミの同期の、佐藤さんとこの事務所だね。
「そうなの! 瀬田所長のライバルの、
「な、なんだってー!」
こりゃ、びっくりして、極楽に逝っちまいそうだねぇ。
m(_ _)m
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