第32話 結果にアクセプトする
m(_ _)m
エ、今日もおはこび、ありがとうございます。
街で、クリスマスの曲がかかるとサ? なんだか寂しい気持ちになっちまう現象。あれ、なんなんだろうねぇ?
いや、アタシにはカカアがいますヨ? 単身赴任もせずに、こっちに連れてきててさ。でも、それでも、なんだか寂しくなるんだよ。雪と、ベルの音と、夜のイルミネーションと、あの雰囲気がさ。「つがいで居るのが当たり前」みたいな、無言のプレッシャーをかけてくる、あの感じな。
単に、自分の中で、イメージを具現化してるだけなのかもしれんがな。
どうにも未だに、独り身の根性が染み付いたままでいけねぇ。
そんな
さて……瀬田OA鑑定事務所の
幸い、一緒に試験を戦ってくれそうな後輩、
ただな? 隣に誰か居りゃそれで全部解決……とも、限らないみたいでサ?
いや、
今日はナ?
おいちゃんの噺だ。
雪車夜おいちゃんは、鑑定士に合格するまで14年かかった。
1人で挑んだわけじゃない。途中で伴侶も出来た。甲斐甲斐しくサポートしてくれる、おっとりした嫁な。
それに報いなきゃいかんと、おいちゃんは、仕事も資格試験も一生懸命やった。
昔は後輩だった瀬田君が、先代から事務所を継いだ。実務じゃ抜きん出てるおいちゃんが、その下についた。例の仮想の地球に潜りっぱなしの時もあったねぇ。大きな仕事を、大企業から受注したりもした。
ただ、資格試験は不思議でよ。初めて4、5年の『絶妙のタイミング』を逃して以降、頑張れば頑張るほどに空回りの、裏目、裏目。
坂道を登っていたかと思ったら、実は、下りエスカレーターを駆け上がってたんだな。長く居るほど下に持ってかれるし、止まれば即座に、スタート地点へ逆戻り。小梅太夫なら、毎日チクショー! チクショー! って言ってるとこだ。
毎年のように、頻繁にある法改正。改正「前」の知識もあるもんだから、その知識がジャマして、一次のマークシートは引っ掛けにやられる。二次の論文も、人と違う事を書いちまう。
そうこうしてる間にな?
自分より勉強が進んでいない連中が、ぽぽんと受かって先生に成って行く。
っても、そういうモンに、自分で挑んだんだから、しょうがねぇやな。
試験前は、集中するためにホテルを予約して、カンヅメになって追い込みだ。
家庭持ちが時間の捻出をしようと思ったら、そこまでやらんとうまく回らねぇ時もある。
今年は行けそうだ、調子が良い! って思ってた年に限って、仕事が立て込んだり、試験前日に嫁が熱を出したりな。
「あなた、ごめんね……」
「しょうがないよ」
と、一日看病。
結果、一次試験のボーダーラインに、1点足りずに不合格。
「ごめんなさい……」
「しょうがないよ。俺の力が足りなかっただけだし、試験は毎年受けられるからね。次のチャンスを待つさ」
まぁ当然と言やぁ当然だが、『能率アップ錠』はドーピングとみなされる。試験じゃご法度。そもそも、『早死にする』って副作用が、まことしやかに言われててな?
時間を先取りすると、そのぶん命が縮むってワケで、とてもじゃないが飲んでられない。
だってヨ? ただでさえ、男の方が平均寿命が短けぇんだ。嫁を一人、地球に
置き去りにすんのかい? ってことになる。おいちゃんも、そのへんは自制したわけだ。
――そんなこんなで14年。
「ついに、ついにやったぞ依子!」
これからは、山手線みたいにグルグル回ったままの、堂々巡りはオサラバだ。バリバリ稼いで、幸せにしてやるぞ。子供もまだ間に合うはずだ!
……って意気込んでサ? 勝利の美酒を買い込んで、タクシー乗って自宅へ戻った。少しでも早く戻りたかったんだな。
携帯で連絡は入れてある。家のテーブルには、料理がズラッと並んでたね。
「あなた、おめでとう」
酒を開けてな? グラスに注いで2杯飲んだ。なんだか浮かない表情の依子さんと一緒にな?
ふっと、会話の途切れたタイミングで。
「ごめんなさい。お話があるの……」
と、離縁の申し出。
おいちゃんは耳を疑った。
なんで?
今までは、たしかに迷惑をかけた。
でも、これから沢山、孝行できんのに。
「あたし、好きな人が出来て……」
と、依子はお腹をさする。
……なんでもさ?
ずっと、寂しくて寂しくて、しょうがなかったんだと。
一緒の時間が無くてサ?
優しくしてくれる人がいりゃ、そりゃあふらーっと、そっちに行っちまうかもしれない。倫理的にも法律的にも、ダメなのは、重々分かった上でな?
人って、そういうもんだよ。
そしてやっぱり、世間は狭い。
嫁のお相手は、雪車夜の、かつての初級ゼミの同期だったね。こいつも年下だったが、頭の切れる奴で、2年目でサクッと受かってた。もうとっくに独立して、開業してる。秋葉原で、
嫁は今まで、雪車夜を一人にするのは可哀想だと、合格するまではと、待ってたんだと。
……優しさなんだかエゴなんだか、まったく良くわからない、嫁のそんな言い訳もサ?
試験に挑んで結果が遅れた、自業自得。
結果にゃ文句は言えない。
嫁の依子は、雪車夜の合格と共に、別の男のとこへ出てった。
一人で居る家は広いやな?
ちょうどテレビで、クリスマス特集をやっててさ。アナウンサーが、真っ赤なサンタの衣装着て、首元にゃ、白いあったかそうなモワモワつけて。どこぞの夜景スポットなんぞを紹介してる。
時間無い中でも、隙間を縫って、依子と一緒に行ったとこだね。
当然、BGMもクリスマス仕様でさ。サンタクロースが街にやってくるそうな。サンタがやってきたから、量子トンネルみたいに、嫁の依子が押し出されて、どっか行っちまったのかねぇ?
勝利の祝杯だった一升瓶。最初の2杯は、美酒だった。
残り全部は、涙と一緒だ。
現実は上手くいくとは限らない。
「
最後の1杯を、旅立つ、かつての嫁に。
「乾杯」
と飲み干した。
その後の雪車夜は、とにかく、酒を飲んだ。
今までを取り戻すかのように、遊んだね。必死になって遊んだ。どんだけ必死になっても、費やした14年と嫁は、戻っては来ないけどナ。
兄貴んのとこの「
出来の良い親族ばかりでサ? 出来損ないは、俺くらいのもんだ。
用事がなくても、地球の外に出でった。
ある意味、逃避だったのかも知れねぇな。
だってよ? 嫁がいた時代に、仕事でタイムスリップするんだヨ?
工事で無くなったはずの家は復活し。
コンビニは、昔ながらの個人商店に逆戻り。
かつて一緒に暮らした頃の町並みがサ?
手を変え品を変え、曲を変え、時代を変えてやってくる。
いちいち過去に潜ってらんねぇわな。
自分の居る世界を、変えないとな?
自分も、変わらないとな?
認識が変われば世界が変わって見える。世界が変われば認識が変わる。そんな、「ニワトリとタマゴ、どっちが先か」みたいな話。
どっちが先でも良いよ。結果として美味しけりゃ。
新しいものを取り入れて、大きくなりゃあ良い。
これまでの全てを、笑い話に出来る位にな?
まるで、正月太りみたいにサ?
m(_ _)m
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