第31話 師走

m(_ _)m



 エ、今日もおはこび、ありがとうございます。



 ご飯食べてる時にね?

 大好物が皿に乗ってたら、最初に食べますか? 最後まで取っておきますか?



 一番お腹が空いてる最初に食べて満足したいってのも人情。

 最後まで我慢して、幸せな気分で食べ終わりたいってのも、また人情。



 ま、ワンパクな兄弟がいる時は、いつ盗み取られるかわからないから、サッサと食べちまった方がいい気がします。真打ちが最後に登場……出来なくなるわけですからねぇ。



 さて、リアリティレベル92.195パーセントの、仮想の「過去の地球」。

 つまりは第2408アースから、至たちは戻って来たわけだが……。



「バッカもーーーん!!」

 まるでサザ(うにゅうにゅ)さんに出てくる、お父さんみたいな怒り方をしてるのは、瀬田所長だね。背が曲がってるのに、この腹式呼吸とは。いやはや恐れ入る。



「藪先生んとこのアラを、探しに行ったんじゃなかったのか? ヌルい仕事しおってからに!」

 熱いお湯がニガテで、銭湯の湯船を水でうすめすぎ、ちょくちょく怒られる所長にしちゃァ、ヌルいのがお嫌いのようで。



「まぁまぁ、所長。じゃ、俺もこの件に混ざるからさ」

 まさに真打ち登場! この事務所のパートナーにしてエースの、雪車夜そりやのおいちゃんが、日本酒のコップをとんと置いた。



「宗谷先生! やっていただけますか! それなら安心です。いつもありがとうございます」

 とまぁ、瀬田所長はペコペコしだした。どっちが所長なんだかわかりゃしねぇ。



 現に、雪車夜のおいちゃんの方が、瀬田所長のにあたるみたいでヨ? 資格試験の合格こそ、瀬田所長のが先だったが。



「はいよー。ただ、先生呼びはやめてもらえる?」

「わかりました。よろしく頼みます、宗谷さん」

 ってんで所長は一転、上機嫌で風呂へと出かけていった。



 ……。



 この所長、一体、いつ仕事してんのかねぇ?



「おいちゃん! おいちゃん! 最強戦士来たー!」



「いやいや、違うよ未来ちゃん。この世界には、もっと凄い人が、数え切れない程居るからね?」



「助かります! 宗谷せん……さん」

「先輩ともども、ご指導よろしくお願いします」



「はいはい。所長がいつもどおり、怒る仕事をしてったけど……ま、肩の力抜いて行こうか。ははっ。存在センセ。未来ちゃんと若気くん。ちょっと状況を教えてもらえるかな?」



 ってんで、雪車夜のおいちゃんは、3人から概略を聞いたんだな。



「……なるほど、そういう製法なら……アウターアートが混入しそうな所は、どのへんだとアタリがつくかな? 存在センセ」



「はい。おそらく……2箇所考えられます」

 って、存在センセは、パソコンのキーボードをカチャカチャやって、文章にまとめたんだな。



 ……ア、入口でお配りした資料の、シールで隠れてるトコを、剥がしてちょうだいな。




【アウターアート混入の疑いのある箇所】

1.奥田酵素の製造時

 野菜を混ぜ合わせて発酵する、とのことだが、地球外の野菜や添加物は用いられていないか?

 発酵過程その他、企業秘密とされている製法の、各工程はどうか?


2.奥田酵素と岩石を混ぜ合わせて処理し、熟成させる過程

 どのような混合方法であっても良いのか? 混ぜ合わせる為のシェイカーに外星の技術(例えばシェイカー内部に超重力を発生させる、等)が使われていないか?

 また、混合の際に、特殊な条件は付加されていないか? (地球人に知覚出来ない条件、等)



「だいたい、このようなところかと。宗谷先せ……さん」



「存在センセ、ありがとー。この『第2408アース』のリアリティレベルはいくつだったの?」

「はい。92.195パーセントです」



「リアリティ90%以上か……、じゃあ、その世界に存在する物質、現象なんかが、当時の地球の範囲内にあると、わけだね」

「はい。規定ではなくて」



「みなす? 推定?」

「そっか。至くん初学者だもんね」

「じゃあ未来ちゃん、ついでに教えてあげてー?」

「あいよおいちゃん! みなすは覆らない。推定は覆る」



「はい?」



「ははは。それじゃわからないよ。存在センセにバトンターッチ!」

「承知しました。若気君? というのは、反証があれば、ひっくり返る余地があるということ。だと、そもそもひっくり返る余地が無く、そう扱われるってこと。法上の扱いが違うんです」

「そ、そうなんですね……ちょっとした言葉尻で……」

「全然、効果が違って来るわけですね」



「さて、至くんも話に着いてきたとこで。

 現状、奥田発酵さんのスケスケ通り抜け物質『奥田スーパー』は、地球技術だと『推定』されてるわけ。反証があればひっくり返るけど、うちらが反証出せなきゃこのまま地球技術扱いで、瀬田所長のカミナリが落ちる。もう1回、仮想世界に潜って調べるってのもいいけど……企業秘密って言ってたんだよね? 工場長さん」



「はい。オープンクローズ戦略で言うと、クローズで攻めたいみたいでして……」



「オープンクローズ戦略?」

「あ、はいはい。そんな至くんには、今度は俺が説明するよ。技術内容を公開するっていう犠牲を払って特許権を狙うのが『オープン戦略』。逆に、特許はいらないから、秘密を守り通すのが『クローズ戦略』。モノによって使い分けましょ? って話ね」



「な、るほど……奥田発酵さんは、秘密を守るクローズ戦略なんですね」



「ま、ヨジゲンさんと同じでさ? オープンにしろ、クロースにしろ、肝の部分はしゃべりたくないだろうなぁ……。話のついでに製法とかを聞き出せればベストだったんだけど、これから改めて聞きに行くと、奥田さんは感づくかもしれないね。アウターアートで奥田酵素の、純地球産性ピュアリティを否定したいんだって」



「そうなんですよね……誠に申し訳ありません……」



「あっはっはっ。存在センセ。そんなに縮こまんなくていいよ。起こっちまったもんはしょうがない。別の手を考えようね。……ん? 別……別……。別の|仮想アースで再チャレンジ……って手も論理的にはあるけど、後で奥田発酵さんにダイブ履歴をチェックされると、『なんでお前らは別の世界パラレルワールドに潜り直しに行った?』とか言われそうだしなぁ……」



「そうですよね……」



「うーん」

 と、おいちゃんは、ちょっと考えたねェ。目線が右上に行ってるから、頭の中でなにか、空想してるみたいだ。



 ちょうどその視線の先にサ? 事務所の奥の、本棚があった。瀬田所長が、ビキニ姿の女性の写真を、ハサミでチョキチョキ切り抜いて、スクラップにして隠してた、金庫の辺りだな?


 

 一休さんよろしく、ポクポクチーンとひらめいたかのように、おいちゃんの目線が真っ直ぐに戻ってサ? こう言い出した。

「わかったわかった。じゃあ、今回はさ? 情報提供だけにしとこうよ」



「情報提供?」

 ってなぐあいでナ? 若気の至がまたも、「その単語知りませーん」と言い出した。いや、読んで字のごとしだヨ?



「審査官さんに情報を提供するってだけのことよ。至くん」



「まぁ、審査官さんが情報提供の内容を検討する義務はないんだけどね。『ヒントは渡した! 後は審査官さんに任せます!』ってことだよ。よっぽど裏付けが取れてるなら、審査官面接に持ち込むって筋もあるけどさ。無いでしょ? 裏付け」



「「「は、はい……」」」



 まぁ、仕事における、おいちゃんの発言力って凄くてサ? 客を捕まえてくる主力なもんだから。



 特に目立った反対意見も出ずに、情報提供をするって方向に、あっさり方針が決まったね。



「じゃあ、情報提供の中身はさ。『このへんとこのへんにアウターアートの混入の可能性が残っているから、そこを検討してから判断してね』的なのでいいかな?」



「おいちゃん。アバウトすぎない?」

「先輩の言うとおりですよ。そんなに簡単なのでいいんですか?」



「いやいや、『鑑定士』って立場上、審査官さんに対して出来ることも限られてるんだよね」



「そんな事を言ったら、真実が明らかにならないんじゃないですか!?」

 若気の至りは相変わらずだねェ。



「うちらは『理想家』じゃなくて『実務家』なんだよ、至くん。の真実を、で探すまでが、関の山。ダメにんげんだもの」

 おいちゃんは、そう言って笑った。やや、自嘲気味に見えるのは、気のせいかねぇ?



「さて。方針は、こんなことでいいかな? 後は作業で一本道だから、3人に任せるよ。俺は酒でも飲んで、その後、宇宙ゴルフにでも行ってくる」

 そう言い残してフラーっと、おいちゃんは事務所を出て行った。



「えっ? おいちゃん?」

 怪訝そうな未来先輩。


「……珍しいですね」

 至も気づいたね。



 雪車夜のおいちゃんが、珍しく、酒に誰かを誘わずに出かけていったことに。




 ……そしてサ?




 雪の降りしきる年の瀬。

 師匠が走ると書いて『師走』にさ。



 査定が、ヨジゲンさんのとこに届いた。



 の雪車夜師匠が、出かけたまんまの事務所にナ?



m(_ _)m

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