第08話 テラアート(地球技術)

 m(_ _)m



 エ、今日もおはこび、ありがとうございます。



 アタシこないだ、パソコンの、メモリを増設しまして。

 今日び珍しい、デスクトップパソコンでございます。



 探した時にビックリしたんですが、日本メーカーのデスクトップの販売、なんだか減ったようなんですな。海外製のばかり増えた。



 ネットショップも検索したが、ノートパソコンは沢山ひっかかるのに、デスクトップは弾数たまかずが無い。もう、スペック的に、デスクトップじゃなくて、ノートで十分なのかもしれませんわな。



 ウー、もっと言うと、スマートフォンやタブレットね。そもそもパソコンなんぞ持たなくても、たいていの事は出来ちまう。今の若い人はスマホだけで生活できちゃうって聞いたことありますが、アレ、本当ですかね?



 かくいうアタシも、普段使いはタブレットだ。

 ブルートゥースの外付けキーボードを使えば、キー入力もできるし、なにしろ、パッテリーの持ちが良い。



 マ、動画処理だとか、ゲーム開発だとか、オンラインゲームだとか。そういう、重かったり、速かったりな処理をするには、パソコンが良いわけで。惑星特許庁に書類を出すのにもパソコン使いますし。



 そんなわけで、なかなか需要はすたれないわけです。



 買ったメモリを増設すると、うちのデスクトップの「デス子」ちゃん、途端に軽やかに動いた。他は構成変えてないのに。



 なんでも、ハードディスクとメモリとじゃ、データの転送速度が1000倍ぐらい違うらしいそうですな。高速で処理できる机の上で、考え事が収まるなら、こりゃ速い。基本情報処理技術者とかなら、みんな知ってる話だそうで。



 ン、ンー。その、速い机をはみ出しちまうほどに、タスクやら情報やらがワンサカ来ちまうと、パソコンもカリカリと来ちまうわけだな。まるで人間と同じだ。



 エ、まぁ、そんな感じで、脳のメモリをはみ出した、新しい情報のアレコレ。

 3、4分はカリカリやって、その処理がどうやら終わってようでして。至がトイレから戻ってくるってーと、机には、コーヒーメーカーがどんと置いてあった。



「なんです? これ」

 いぶかしげな顔をして、至が椅子に腰を下ろすと、先輩の宗谷未来が話しかけた。彼女は律儀に、座って待ってたね。首から下げた小さな金のアクセを、キラリと光させながら。

「これさ。亜光速スライダー焙煎コーヒーを作る、コーヒーメーカーでさ。おいちゃんの机の上から、ちょっと失敬しちゃった。てへぺろ」



「……てへぺろなお年頃ではないのでは? 先輩」



「うっさい。これさ。コーヒー豆を入れると亜光速で、野球の変化球の『スライダー』みたいなジャイロスピンで豆を飛ばして、ヒーター近くを何度もくぐらせて、均一にこんがりローストするっていう、逸品なんだけど」



「マグナス力発生しないやつですよね」

 ……とまぁ、またしても。異星人っぽい暗号がでたねこりゃ。



 マグナス力ってぇのは、回転してる野球ボールがカーブしたりする、あの力だ。まわりの空気の流れの速い遅いで、クイッと曲がるわけだな。飛行機の翼を持ち上げる、揚力ようりょくなんかと同じ。気流っておもしろいもんだねぇ。至もそのへんの物理は知っていたようで、未来先輩も満足げだ。



「そそ。ジャイロスピンの軸と進行方向とが一致してるときには減速しずらい……って、野球の話はどうでもいいよ。そもそもさ? コーヒー豆を崩壊させずに、亜光速でジャイロスピンかけて放出、なんて、地球の技術で出来ると思う?」



 それを受けてぶんぶんと、まるで扇風機の頭みたいに、至は首を横にふる。



「でしょ? あからさまに、地球外の技術、アウターアートが使われているわけ。ここまではいい?」



「あ、はい。宇宙の超技術が混じった、凄まじい製品がオフィスに出回っている、ってことですよね? 便利な世の中になったもんだなぁ」



「じゃあさ、至くん。そんなアウターアートが混じった製品に、特許権、つまり独占排他権を与えていいと思う? ゼミでまだ、やってないとこだと思うけど」



「うーんと……」

 至はちょっと考えモードだ。律儀にロダンの「考える人」みたいなポーズでな。



 エ、えーっと……ランチの時に、至はそこんとこに気づいてたと思ったんだが、まだ、魂にストーンと落ちてないようだねえ。「考える人」は、石じゃなくてブロンズ だけどねぇ。



「そこで詰まるのは、初学者としてもまずいよ? 志村ー! 法目的! 法目的! てなもんよ」

 未来先輩は、呆れたように両手を「おーまいごっど」よろしく天に上げ、恥ずかしそうに下ろしてから、話を続けた。ははーん。ランチの時の失態で、これはマズいと思ったかな? あわてて復習したんだろうなぁ。



「至くん? ゼミでもやったと思うけど、特許は、要は馬ニンジンなんだよ」

「ウマニンジン?」

「馬の前にニンジンぶら下げると、馬は走るでしょ? それと同じ。新規で進歩した技術を開発して、みんなに公開する代償として、権利をあげる。権利が欲しくてみんな開発を頑張る。その結果、産業が発達するって寸法だね」



「あー! 初級ゼミの江口先生が、そんなこと言ってました! 29条の話の時に。等価交換の錬金術みたいだなぁって思ってましたよ」



「ははは。手をパン! って合わせても、発明は金には錬成されないよ? ただね? 汎銀河のさ。地球よりうーんと優れた技術を単に組み込んだだけで、地球で独占権が貰えるとしたら?」



「あっ……」

 至は何かに気づいたようだった。



「そう。誰も技術開発なんてしなくなる。地球テラアートが死滅するわけだよ。それはさすがにまずいでしょ?」



「たしかに……そうですね……先輩」



「ふふっ。だから、どんなに新しく、進歩した発明を出願しても、そこに地球外の技術が混入してたら、惑星特許を取得できない。そう定めてあるのが、惑星特許法の第29条第2i項なわけだ」



「なるほど……。iって、誤字じゃなかったんですね」



「お。もう条文は読んでたんだね。そうそう。iは、虚数のiだもん」

 言って、未来先輩は粗茶をひとすすり。コーヒーメーカーのスイッチをポチッと入れた。するってーと、しゅんしゅんしゅんと音がして、コーヒー豆の「リアルタイム亜光速焙煎」が始まった。



 至の方はってーと、生状態の、緑の豆を口に食らったかのように、苦々しい顔になった。

「虚数? 条文に……虚数?」



「あはは……そのうちゼミで習うよ? 昔は、29条の2とか、184条の20とか、枝番で事足りたんだけど、宇宙人とのファーストコンタクトがあって、地球が銀河連邦に加盟してからは、実数だけじゃ法律が足りなくなっちゃってさ……」

「そうなんですか……」

 


「というわけでさ。背景が分かれば、至くんが今やるべきことが一体何なのか、ピンとくるんじゃないかな?」

 そう言って未来先輩は、拒絶理由通知書を指差した。あの、けったいな日本語文章な? その目が「はい、至くん、ここを読んで?」と言っている。



 通知書には、こう書かれていた――。

 あ、みなさん。入口でお配りした資料の出番ですよ?



(理由1)

 請求項1には、「無酸素雰囲気下において所定の時間が経過した後に物質透過性を失う材料によって4次元球を構築し、前記所定の時間が経過する前に該4次元球を膨張させた事を特徴とする、マイクロダイソン球。」と記載されている。

 しかしながら、「無酸素雰囲気下において所定の時間が経過した後に物質透過性を失う材料」なる物質が、本願の出願時において、当該惑星に存在していたとは認められない。


 ――


 ――



「そういう……ことですか」

 至は静かにうなずいた。


「理解できた?」

「はい。家庭用マイクロダイソン球の材料になっている、物質透過性なんちゃらっていう謎物質が、地球で得られた物なのか、それとも地球外技術アウターアートなのか。そこを見極めれば良いって、ことですね?」



「ご明察」

 首をコクンと横にかしげるようにして、微笑む、宗谷未来みく先輩。



 その先輩の笑顔に、またも元カノ、佐々木量子ささき・りょうこさんの面影を重ねちまって、至の胸はキュッとなった。その感情をごまかすみたいに、出来上がった「ホット亜光速スライダー焙煎コーヒー」を一口、とやった。



「お味はいかが? 至くん」

「エグみがなくて、うまいです先輩。でも……」



「でも?」

アートの機能って、ついてないんですかね? このコーヒーメーカー」



「ええ。地球テラ技術アートでは無いですから」



m(_ _)m

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