第07話 暗号が解ける時

 m(_ _)m



 エ、今日もおはこび、ありがとうございます。


 

 言葉っちゅうもんは面白いもんですな。



 相手に意味を伝える為にあるはずなのに、なぜだか伝わらない。

 日本語と英語、ロシア語みたいに、言語がそもそも違うならわかるが、同じ日本語でも、ようわからんものもあって。



 ヤサイニンニクアブラカラメマシマシが、ラーメン二郎の注文だってことを知らないと、「こいつ突然、呪文を唱えたのか?」ってなるわけだ。



 ギラの最強呪文がギラグレイドってんなら、ヤサイニンニクアブラカラメマシマシは、こりゃ相当強い呪文だな。ラスボスも一撃で倒せそうなほどの。……匂いでな。



 ……んー、これも一部の人にゃ伝わらないなぁ。二郎ラーメンとドラゴンクエストを知らなきゃ、このしゃべりの全てが、謎の呪文だ。特許の話で、例え直してみるかねぇ。



「クレームが甘いから、あの先生はヘボだ」

 って言われるとな?



「え? クリームは、甘いもんですよねそもそも」

 って返したくなる。もしくは。

「えっ? 文句が鋭かったら、単なるキモいクレーマーじゃん?」

 って、嫌な顔しちまうかもなぁ。



 特許用語で「クレーム」ってのは、欲しい権利の範囲を定義する、文言のことで。日本語だと「特許請求の範囲」って言うんだけどね?



 例えば権利範囲を「四輪車」って定義したら、三輪車や二輪車は権利に入らない。言葉の定義を間違うと、使えない権利になっちまうわけだ。



 ただ、そんな用語を知らない普通の人は、「クレーム」は「クリーム」に聞こえるし、「文句? いちゃもん?」と、まぁそんなイメージになっちまう。



 分かる人にしかわからない、暗号みたいなもんだな。



 となると、その暗号がわかる者同士で、蛸壺作ってそん中に入って、ぶしゅうぶしゅうと墨をかけあう。まぁ、狭い世の中、そんな感じになるわけだな。



 ……ンー、『拒絶理由通知』なる、けったいな日本語文書に出会った、若気の至も、それと同じだった。事務所に入ったばかしじゃ、まだこの暗号はわからん。案の定、



「意味不明な文章ばかりで……暗号ですかこれー!」

 ってな感じで、頭をかきむしった。これっぱかしは、頭の回転スピードの問題じゃない。暗号に、体を染み込ますのが必要。



 机の前で、何度かその、けったいな文書を読み直してみても、ウー、一向に頭に入ってこない。



「どう? 捗ってる?」

 と。頃合い見計らったかのように、教育係の未来先輩が、パーティションの「上」から顔を出した。海岸線の日の出だね、まるで。黒き太陽だね。



「この書類、全く意味が分かりません……」

 もしも人の顔がディスプレイモニタだとしたら、「絶望」って字が、そこにドットで表示されているみたいに、若気の至はうなだれた。



 おかしいねえ。至は、ランチの時には疑問を持ってたはずなのに。現実の書類には対応できないようで。ま、その辺が、知識と技能の違いってなもんかね。



 未来先輩は苦笑して、至の後ろに回り込み、パイプ椅子をどかっと置いて、「しょうがないなぁ、貸して?」と、通知の紙を取り上げた。ほのかに甘い香水が、若気至の鼻腔をくすぐる。どうして女性は、いっつもいい香りがするんだろうねえ? 仕様かねえ?



「まずはさ。背景から把握しよっか。中野サンプラザ中野の、あの特許庁。

背中から宇宙船を発射させる、あのー、あっちにある、あのビルね? 出願された発明が特許に値するかどうかを、あそこで審査する。ここまではいいかな?」



「……はい。まだ、ゼミでは習ってないですが」



「概略だけでいいの。特許のOK・NGは、審査官っていうが判断しているになってて。特許に値しないと判断したら、ダメ出ししてくるわけだよ。『これこれこういう理由で特許は駄目よ』ってね。それを紙にしたものが、この紙。拒絶理由通知」



 それを踏まえて至が通知を見ると、確かに、審査官の名前が書いてある。加藤利香子さんっていう人だ。ほんとにこの人が審査してるのか、人工知能が審査してるのかは、この書面だけじゃあわからんがね。へへっ。



「そう……ですか。でも、なんでうちらにダメ出しが来るんですか? 出願したの、うちらじゃないですよね?」



「そこだよ、そこ」

 未来先輩は、至の肩をぽんぽーんと叩いた。結構、ボディタッチの多い子だね。恋愛経験の乏しい男だったら、勘違いしちまうよ?



「もちろん最終的には出願人に行くの。でもそれはそれとして、ダメ出しが本当かどうか、確認して欲しい、ってことなのよ。この、理由1についてね?」



「えっ? 理由、3つ有るみたいですが……」



 2人が覗き込んだ拒絶理由通知書オフィスアクションには、こう書いてあった。ア、皆さんすまねえが、入口でお配りした紙をー、見てくださいな。


理由1(地球外技術の混入)

 この出願の下記の請求項に係る発明は、技術であって、地球外にて考案されたもの(地球外技術)が混入してなるものであるから、惑星特許法第29条第2i項の規定により、惑星特許を受けることが出来ない。

理由2(進歩性)

 (略)

理由3(明確性)

 (略)



 未来先輩は、落ち着いた感じで口を開いた。



「うん。現時点で、 加藤審査官は、3つのダメ出しをしているね。地球外技術が混入しているから駄目。進歩が足りてないから駄目。記載が不明確だから駄目、の三本です。さーて、来週のサザエさんは?」

「フグ田です」

「どのフグ田? 旦那さんと奥さんと息子さん、3人登場するけど?」

「フグ田です」

「一意に特定出来ないネタはもう良いよ。今回あたしらが対応するのは、理由1だけだよ。拒絶理由を見て?」



理由1(地球外技術の混入)

 この出願の下記の請求項に係る発明は、技術であって、地球外にて考案されたもの(地球外技術が混入してなるものであるから、惑星特許法第29条第2i項の規定により、惑星特許を受けることが出来ない。

理由2(進歩性)

 (略)

理由3(明確性)

 (略)


「進歩性と、明確性が、(略)になってますね……先輩」

「そうそう。理由2と3は、後回しになってるね。技術の進歩とか明確さとか以前に、発明に宇宙の技術が混じっちゃってる疑いがあるわけで。そもそも惑星特許の対象から外れてる。つまり、加藤審査官さんは、『まずは地球の技術だけで表現しろゴラァ! 話はそれからじゃゴラァ!』って言ってきてるわけ」



 ゴラァのあたりの発音も、濁ってて、別れた彼女に似てたようだな。至は憮然とした、いや、若いねぇ。口に出してはこう言った。

「だったら、そう直接言えばいいのに、審査官さん……」



「そんな雑な言葉遣い、審査官さんはしないよ? ともあれ、理由2、3の検討は、今はしなくていいの。理由1の検討に入りましょ?」



「……トイレいってきます」

 と、至は席を立った。



 一気に情報が入って来ちまったから、ウー、トイレに逃げ込んで、しばし考えようってんだな。



 思考を回すにゃ、一人の時間ってのも大事でサ? 案の定、事務所のメンツは、たまにふらーっと消えることもある。大抵は、公園あたりをうろうろと、散歩しながら考え事してる。



 せかせかと事務所から、外へと出ていく至の後ろ姿。それを見てー、ンー、未来先輩はふふっと笑った。だってそりゃ、かつて彼女自身も通った道だもの。化物レベルの頭を持たない一般人は、そうやって、知識を少しずつ染み込ませてくわけだな。



 未来先輩は、テーブルに置かれた「ホット粗茶」をズズッとすすって、の帰りを待った。



 茶菓子は、大福。



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