第03話 瀬田事務所
m(_ _)m
エ、今日もおはこび、誠にありがとうございます。ゆっくりしてってください。
お役所の近くに事務所を構えるのはァ、おサムライさんにとっちゃ、嬉しいことらしいですな。見栄と名誉欲で生きてる所があるから。
びっくりするほど頭の良い奴らが、こぞって「俺は賢い」と競争してる。でないと生きられねぇから必死だ。刀ァ使って「俺は強い」と競争してた戦国時代と、なんら変わりはしねぇ。剣がペンに変わっただけのことだ。
中野駅から北に出て、中野通りから西に外れた、早稲田通りの南あたりに、瀬田
……もう、中なんだか、東西南北なんだか、わからない。
駅出て、左行って特許庁通り過ぎて、てくてく歩くと事務所って、まあ、それだけだ。
5階に上がってな? ドアを開けると、大きな
ただ、今日の応接室は……お世辞にも、綺麗とは言えない惨状だねぇ、どうも。
その部屋ん中でサ?
「つろうございます……」
「つろうございます……」
と、ブツブツ言いながら、山と積まれた書類や
細身の体が日本刀みたいだが、反りが逆。日本刀なら、ピーンと背筋を張っててもらわんといかんのに、瀬田の背ぇは丸まってる。
「くそ。また
死語を使って物騒な事を言いながら、10枚程度の紙資料を、ぎゅぎゅうとひねった。雑巾絞りのようだが、案外、首に見立ててるのかもしれんわな。
その時。キイッ、と事務所の扉が開いて、スーツ姿の若い男が入ってきた。新入りの、
「おはようございます」と挨拶しながら、若気の至はタイムカードを押しに行く。衝立の右側、つまり応接室とは反対へと、てってっと、歩を進めた。
そんな若気の背後から、どすどすと小さな地響きがしたかと思うと、「オイ」
と高い声。至が振り返ると、瀬田所長だねえ。大分苛ついてるみたいだ。
「あっ、所長。いらしてたんですね。おはようございます」
「若木、今日の期限もの、持ってないよな?」
「えっ? ありませんが……」
「じゃあ、応接室の『いらない』って領域に置かれた物、まとめて全部処分して」
とまあ、新人に処分を押し付けて。
所長はそそくさと、朝湯に出かけた。自由なもんだねワンマン所長は。どうも。
この瀬田所長、金持ちの家に生まれて、広い部屋で育ったもんだから、「片付けられない病」を患ってた。とにかく物をため込む。物欲が強いってんじゃなくて、単に面倒くさがりなんだな。事務所は散らかり放題で、衝立で隠してる。
そのくせ突然、一念発起して、こうやって一気に捨てようとしたりするんだな。挙げ句、途中で飽きて人任せ。いい
押し付けられる所員はたまったもんじゃあない。案の定、新入りの至の前に置かれたゴミの山、そりゃあ尋常じゃない量で、応接室が埋め尽くされて足の踏み場もない。
「こんなに沢山、一体どこから出てきたんだよ?」
はぁっと溜息ついて、至は仕方なそうに、片付けを始めた。
するってーと、ゴミ山の1番上にゃ、紙がぎゅぎゅっと握りつぶされてる。そいつを開いて、あ、そういうことかと合点が行った。
「アウターアート」の逆検出ランキングだったんだな。
霞ヶ関から移転して、特許庁が置かれるかも知れねえと、かつて騒がれた秋葉原。そこに構えた立派な事務所、
そいでもって、秋葉の藪先生は、瀬田所長の大学時代の同期とくる。
所長はまた、劣等感にやられているのか、その矛先が、突然の片付けに向いたのかと、そう察した若気の至は、黙ってゴミを捨てる。こう、山の中から掘り崩し、燃えるゴミと、そうでないゴミと……てな感じで、より分けながらなァ。
ア、そうそう忘れてた。
「アウターアート」ってのは、地球の外の、優れた技術のことでね? 宇宙人と出くわして以来、この地球にも、かなりの数のアウターアートが入り込んでた。
瀬田所長が溜めこんだ、ゴミの山にも、アウターアートは使わていた。 だってよ? いくらなんでも、応接室をみっちり埋め尽くすこのゴミ、「元々どこに置かれていたんだ?」ってな話なわけよ。
ま……アウターアートで圧縮されてたんだな。
ちょいと難しい言葉で申し訳ないんだけど、分子間距離を縮めつつ、物質状態を安定させる宇宙の圧縮技術。「分子ギチギチひっ詰め法」ってので、小さく収納されていたんだな。まるで布団圧縮袋みたいなイメージだわな。
発明者は、地球人の田代秀明。惑星特許の出願人は、株式会社イナバスペースだ。
イナバスペースは、瀬田事務所のお客でサ? そこに勤める田代従業員の発明だったんだが、惑星特許が取れなかった。分子間距離のコントロール技術が、あからさまにアウターアートで、そんなのを権利で独占されちゃあかなわんと、特許庁から拒絶をくらった。
訴訟まであがいた挙げ句の負け判決。田代従業員は今、辺境の星で、下積みからやり直しをしているそうな。そんな泣ける物語は、まあ別の話。
ともあれ、特許にならないってこたぁ、裏を返せば「自由技術」。誰でも真似して良いってことだわな。
そりゃあ
「分子ギチギチひっ詰め法」を組み込んだ、乱造された圧縮機。当然、価格は下がるわなぁ。東京中野のショッピングモール、『中野ミルキーウェイ』で安く買い叩いた瀬田所長は、それまで事務所に積まれたガラクタを、とにかく圧縮して溜め込んだ。
それが一気に解凍されたのが、若気の至の目の前の、このゴミの山ってわけだ。
これは目算になるけれど、圧縮されたゴミ達を、全部解凍しちまうと、優に東京ドーム2杯分にはなりそうだ。
……しかしまぁ、こんだけ集めても、衝立の後ろはまだゴチャゴチャとしてるってんだから、所長の奔放にゃ恐れ入る。
「これ、捨て終わるの、1年位かかるんじゃないか……」
背広を脱いで椅子に置き、ワイシャツ姿になった若気の至が、またもため息をついた時。ちょっと気付いた。
(そういや、ランキング表、所長は俺に見せてもよかったのか?)
見栄が大事なサムライ業。瀬田所長は、こういうのが他に知れるのを避けたがる所があってな? まあ、小学生が、出来の悪い答案を机に隠したがるのと、同じメンタリティだわな。
しかし所長にゃ珍しく、ポイっと置いたまま、朝風呂に出かけていった。至はなんでか考えて、おそらくこうだとあたりをつけて、こう言った。
「あ
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