第04話 宗谷未来
m(_ _)m
エ、今日もおはこび、ありがとうございます。
未練ってのは、「諦めきれないこと」の意味だそうで。まぁ、面倒なもんですな。
人にゃそもそも、欲がある。
「空を自由に飛びたいな」って欲は、ライト兄弟が叶えてくれた。
そんなね? 叶うもんなら万々歳だが、うまく行かないもんもある。
「生身の体で空を自由に飛びたいな」
ってのは、それこそ転生でもしないと、叶わんわけです。ラノベの小説家が物語の中で、擬似的に叶えてくれるかもしらんが。結局、生身の体に羽根は生えない。えっ? タケコプター? あんなの首がもげるだろ?
あのコプター、首がもげずに飛べるのって、不思議でしょうがないね。羽根の回転力で飛んでるわけじゃないんだろうなぁ。体の重心んトコにつけなくても、飛べるみたいだしよ。
話が大分それやした。
欲の内容がちょっと変われば、叶ったり叶わなかったりする。そして、たいていの人は、欲の「定義」を変えられないから、こりゃ難儀なもんで。
じゃあ、かなわぬ欲に、どう対処するのか。そこに、人の個性が出ますわな。
スパッと諦めることができりゃ、こりゃスッキリだが、なかなかそうは行かんもんで。どうしても、未練として残っちまう。
いつか叶うと信じて、耐えるとか、
ただただ酒に溺れるだとか、
別なものに逃避するだとか、
いろいろあるわけです。
さて……。
瀬田OA鑑定事務所の新人、
「お疲れ様。粗茶だけど」
と置かれたペットボトルは、本当に「粗茶」と銘柄が書かれたお茶でさ。よくこの商標で行けたもんだねえ。商標の識別力的に、どうなんかねぇ。野良弁理士が頑張ったのかと思ったら、文字のデザインがしっかりしてた。はあ、こりゃ、その絵で通ったのかね。
粗茶を勧めてニコッとするのは、
至の先輩で、才媛と評判だ。銀行員みたいなスーツに、黒タイツが、程よい知的な色気を醸してる。
彼女のおじさんである
「宗谷先生、ありがとうございます」
「やだ。まだ私、先生じゃないよ? 二次試験の発表がまだだし」
二次試験ってのは、「地球外技術鑑定士」って国家資格の、論文試験のことでね。一次試験がマーク式。二次試験で論文を書き、最終の三次で口述を。三回、ふるいにかけれられるわけだ。二次が一番の難関だって言われてる。
「未来先輩なら受かりますよ、今年はきっと」
「そう簡単じゃないんだけどね。あはは」
苦笑っぽい未来の笑い方に、至は少しだけ寂しそうな表情をした。至が大学時代につきあっていた同級生、佐々木さんと、よく似た笑い方だったから。
いや、困ったもんだねえ。職場の上司が、過去の傷をサ? チクチクと思い出させるわけだよ。これじゃなかなか、未練も断ち切れるもんじゃない。
(いまだに引きずってんのかな、俺)
と思いながらも、至は一瞬、未来の胸元に視線を飛ばしてしまう。マ、これも欲ってやつだね。
すぐにバツの悪い表情を浮かべて、至が視線をずらすってぇと、机には、ホントに「粗茶」と書かれたペットボトルの他に、資料がトンとおかれてた。目つきの悪いニャンコが描かれたクリアファイルに、綺麗に入れてあったから、こりゃ明らかに、瀬田所長のゴミじゃないな。
「これは?」
「拒絶理由通知が来たんだよ。存在先生が『若気君のOJTにどうかな』って」
どこだって、下積みは同じでサ?
野球の球拾い、料理屋の皿洗いみたいなもんで。タケコプターなら羽根磨きかね? いや、コプターは商売じゃねえな。アウターアート鑑定においての最初は、「拒絶理由通知への対応」と、相場が決まってた。
「残り期限も十分にあるし、至くんの担当ってことで。で、あたしが指導係を仰せつかったのでー。わかんないことあったら、あたしに聞いてね?」
至は、複雑な表情だった。
この事務所に入って以来、基本は雑用ばかり。封筒に宛名ラベルをノリ付けするだとか、名刺のデータを管理表に入力するだとか、パソコンサポートだとか。
それが初めて、技術に絡んだ仕事が出来る。
至にゃ、とても嬉しい事だったはずだ。一刻も早く一人前になり、別れた彼女を見返してやりたいって、事務所にやって来たんだからなぁ。
ただ、よりによって、
未来はうなずき返すと、壁の時計をちらっと見た。置いたばかりのペットボトルをひょいと再び掴んで、至に言った。
「もうお昼だし、お弁当買いに行きましょ?」
宗谷先生未満の彼女は、目を輝かせた。食欲は、一番楽しい欲ですよと、その目が言っているみたいだった。
ま、ゴミかたづけに、未練なんて無いわなぁ。
m(_ _)m
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