第18話  覆面座談会

m(_ _)m



 エ、今日もおはこび、ありがとうございます。今日は空いてますねぇ。



 落語ってのはそんなもんで、駄目な日もあるんです。

 もともと、駄目なモンも受け入れるのが落語ってもんだから。


 

 じゃ、今日は、客が大勢居ちゃ出来ない話でもやるかなぁ。



 ンー、あのさ。イニシャルトークだとか、覆面座談会って、おもしれぁやな。素性隠して、あぶねぇ話する雰囲気がさ。



 仮面舞踏会みたいに目ぇ隠した女王様が、ズラリと並んで……って、こりゃアタシの発想が貧困だ。今日の話にゃ、女王様は出てこない。



 瀬田OA鑑定事務所の中でね?



 結局、ナシキロン星の件については、触れない形で鑑定書が作られ、「地球外技術鑑定士 薄井存在」の名前で、特許庁へと提出されたんだな。未来と至は、有資格者の存在センセの下で、いわば手足として働いたことになるわけだ。



 正直、いまさらな感じもあるけどサ? 薄井存在うすい・そんざい先生は、とにかく存在感が薄い。ひ弱な感じの人で、なまっ白い、ひょろい体に長袖Yシャツ、メガネってな出で立ちは、むしろ経理畑が似合いそうだ。



「この鑑定書は、一旦は特許庁に行って、じきに出願人のヨジゲン株式会社も、それを閲覧できるようになるはずだよ」

 って、かぼそい声で言ったね。存在センセは、もっと息を吸ったほうがいいね。



 ってなわけで、仕事が一段落した若気至わかき・いたるは、初級ゼミの同期達と、飲みに出かけた。



 場所は池袋の、「鳥義賊とりぎぞく」っていう314円均一の店でサ。この業界じゃとかく有名なトコ。なんで有名かってーと、「島二郎しまじろう」っていう別の店と、不正競争防止法の争いがあったから。ま、条件非公開の和解で終わったんだけどな。


 

 業界人はみんな、その訴訟の顛末てんまつを知ってるもんだから、店を間違える奴はいなかった。



 ……若気の至を除いてな?



 至は、他の連中と同様、初学者なわけだが、条文ばっかりに潜って、判例チェックを後回しにしてた。そのツケがこうやって来てヨ? すぐ近くにあった「島二郎」の方に入っちまった。



 スマホのメッセージアプリのLIMEリーメってので幹事と連絡を取って、20分遅れでようやく、鳥義賊の方にたどり着いた。



  「遅れてすみません。違う店入っちゃいました」

島二郎しまじろう?」

  「はい。看板が凄く似てまして」

「リアルで間違えんなよー!」

  「ははは、ごめんなさい」

「実際に、誤認混同が生じてるってわけだね」

「不競法2条1項の1号2号ですね」

「仮面ライダーみたいだよな!」

  「ええっと……なんです?」

「ちょっとネタが古すぎた? ライダーには、1号とか2号とかがいたんだよ」

  「うーん、みなさん勉強が進んでるんですね……」

「ただの特撮知識な!」



 初学者が集まる初級ゼミって言っても、年齢層は様々でサ? 平均で言うと、30才近いおっちゃんが多い。至からすると、みんな人生の先輩ばっかりだ。まぁ、女性もチラホラいるぞ?



 飲みは先に始まってた。至は席について早々、ビールを1杯追加注文して、話に加わるんだが、やっばり、仕事と試験の話が多いねぇ。



「若気くんは、どこの事務所入ったんだっけ?」

  「瀬田先生のとこです」

「中野の?」

  「はい」

「じゃあ、うちの事務所のライバルだね」

「たしかに!」

  「ってことは、佐藤さんは……」

「うん。藪先生のとこ。秋葉原のね」

  「そうなんですか!」

「よろしくー」

  「お、お手柔らかにお願いします……」

「ははは、ライバル意識持ってるの、所長同士ってだけだから」

  「あ、そうなんですか?」

「そそ。うちらまで気にしててもしょうがないよ」



「あっ、そういえば、そろそろ二次の、論文試験の合格発表ですよね?」

  「そうなんです?」

「だよ! うちの先輩も、胃痛そうにしててさ! 悩んでも結果変わらんのに」

「あたしの知りあいも、毎日余裕がない感じですよ? 今年で2年目だから」

「なんで? 2年目って普通じゃん」

「大手の事務所に入りたいんですって」

  「ええと……?」

「大手だと、『2年以内に受からない無能はそもそも採用しない』って事務所があって」

  「えー! 厳しくないですか!?」

「色々なのよ」

  「平均、どのくらいで皆さん合格するんでしょうか……」

「3年から5年ってとこじゃない?」

「まぁ、3000時間は勉強しろって言われてますよね。1年で受かる人は優秀、それ以後に受かる人は、まぁまぁ優秀って感じで」

  「なんとまぁ……」



「僕みたいに、企業人だとそのへん、気楽でいいっすね」

「一言目がそれかよ! 上司からブレッシャーかけられたりしないの? 早く受かれ! みたいなやつ」

「あ、僕、別に仕事しなくても、親の資産で食っていけますから」

「あはは!」

「ずりぃー! 勉強する必要ねーじゃん!」

「うらやましいですね……」

  「す、すごい……」

「まぁ、それはそれとして、僕も真面目に勉強しますけどね」



「いいなぁ……。俺は胃がちょっと……」

「そっか! 佐藤さんも一次通ってたんだっけ!」

「一応」

「一発で突破ですかぁ」

  「凄いですね……」

「いや、何問か、当てずっぽうにマークしましたよ? 偶然それが当たってて、ボーダーラインギリギリで」

「ラッキーじゃん!」

「あれですか? いくつあるか問題?」

「ですね。解く時間足りなくて、残りを全部『2』ってマークしたら、結構当たって」

「マジで? 超ラッキーじゃん!」

「あたしは、1で全塗りしましたね……どハズレでした……」

「ハハハ。残念!」

  「3時間半でしたっけ? 一次の試験時間」

「そそ。長いよー! ……でさ。佐藤さんは、二次の出来はどうだったの?」

「いやもう、何がなんだか分かりませんでした。問題文が長すぎて……」

「へー。どの位の?」

「A4紙1枚使って、条件がビッシリ書いてあって」

  「うっぎゃあ!」

「事例問題か」

「法の趣旨を書くっていう一行問題は、ほとんど出なくなったって、あたし、うちの先生から聞きました」

「酷いんですよ。問題の登場人物。甲乙こうおつどころか、丙丁戊己へいていぼきまで出てきて、しかも、惑星特許だけじゃなくて、UIPOの汎銀河出願の話まで出てきましたから」

「6人も登場人物が!?」

  「ごめんなさい……ついていけません」

「そんなん死ぬわ!」

「初学者殺しの年だったんですね……今年は……」


  「あのう……話を戻してすみませんが、『いくつあるか問題』って、何です?」

「あっ、そうか。若気君は、来年から受験なんだよね?」

  「はい」

「あのね。『次の5つの文章のうち、正しいのはいくつあるか?』って聞いてくるの」

  「な、なんですそれー!」

「滅茶苦茶いやらしいんだよ! 5つの枝の正誤を、全部言い当てないと得点にならない」

「2つ判断ミスって、逆に得点になっちゃう事もあるんですよね」

「正直おかしいですよね? 勉強進んでない人の方が逆に正答しちゃうってことだから」

  「あっ、そうか……そういうことになるのか……」

「まぁ僕は、そもそも時間足らなくて、問題読まずに2をマークしたわけですがね」

「はっはっは! 結果的に合格ならいいんだよ!」



「若気君? あたし達は、まずは一次をパスできるように、来年一緒に頑張りましょうね!」

  「がんばります」

「そこ! なに男女でいい感じになってんの!」



 ってな感じでな?



 なんか微妙に、ゼミの女性にロックオンされたみたいな至だがよ。なんせ、メンツの中で一番若いもんだから。



 ……名前の通り、若気の至りにならなきゃいいけどねぇ。



m(_ _)m

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