第14話 飲み屋で出来たダンジョン

m(_ _)m



 エ、今日もおはこび、ありがとうございます。



 酒飲みってサ? なんだか不思議だよねぇ。

 酒と一緒に、時間を流しているようで。それでいて、仕事ができるんだよな。



 飲んでる間に人と話して、いろいろと、考えを揉んでんのかねぇ?

 俗世で溜まる、アレやコレやの業やら、怒りやら、哀しみやらも、一緒に流してんのかねぇ?



 アタシみたいに、飲んだらすーぐ眠くなっちまう体質だと、ほんとにただ時間を捨ててる感じがしちまってな? まぁ、アタシとしちゃ、そんな自堕落で、ぼーっと考えることが理想の生活だから、全くもって困らんわけですがね?



 さて……夕方。



 中野の地下では、ちっちゃな酒宴が繰り広げられていた。



 宇宙旅行から帰ってきた雪車夜おいちゃんが、有資格者の薄井存在うすい・そんざい先生と、姪っ子の未来ちゃんと、あと、姪っ子の「教え子」である若気至を誘って4人で、こじんまりとな。



 「和」が大好きなおいちゃんのチョイスだけあって、やっぱりここも、お座敷だった。男三人はあぐらで、未来さんが、膝を崩してな。



 メニュー表を見ると、なんとメニューが、単語じゃなかった。



「ビール」って書けばいい所をサ。「僕……もう疲れたよ……ルーベンスの絵も見れたし、もういいだろ? シュワシュワの麦酒を飲んでもさ……そうだろ? バドワイザー?」って書いてある。



 存在先生が「とりあえず、生4つで」と注文したら、店員から「ダメです。そんなセリフでは注文は受け付けられません。もっと気持ちを込めて、メニュー通りに演じてもらわないと」と、ダメ出しを食らってな?



 雪車夜のおいちゃんが「フヒヒヒヒ」と、イタズラっ子みたいに笑いだす。



「ほらほら、存在センセ。言葉には魂を込めないと。鑑定書とヒアリング案件が、5件ぐらい同時に来て、テンパった時でも思い出して、もう1回!」



「……僕……もう疲れたよ……ルーベンスの絵も見れたし、もういいだろ? シュワシュワの麦酒を飲んでもさ……そうだろ? バド」



「ダメです。棒読みすぎます」



 そんなこんなで、テイク3でようやく注文が通り、あとは酒の届き待ちをしてる。日本酒好きのおいちゃんも、最初はビールを付き合った。



「存在センセに、日本酒のセリフはまだ早いからさぁ」

 と、有資格者の存在先生をからかいつつ、な? ま、おいちゃんなりの優しさってやつなのかもなぁ。



 穴場で地下の飲み屋だからか、周りの座敷にゃ、他の客はまだ居ない。

 なんせ中野は、さながら「飲み屋で出来たダンジョン」だ。あっちこっちに、飲み屋、飲み屋。飲んべぇにはたまらんわな。



 よくあるチェーン店とかだけじゃねえぞ?

 1階にこじんまりと、透明のれんがかかった、ビールケースに座る焼き物屋。

 黒服にベスト着用の呼び込みが立ってる、オネーチャンが片言しゃべりそうな怪しい店。

 「何年前にタイムスリップしたんだよ?」って言いたくなるような、ムード歌謡が階段の上から聞これえてくるスナック。

 廃墟みたいなビルに入った、アニソンカラオケ・バーとかもな。



 ア、宇宙人と出会って出来た、新しい業態の店も並んでるよ?

 BGMが異星の曲縛りになってる店とか、異星の製品を使って手品を見せる、異星マジック居酒屋とかな。



 宇宙人御用達の、見たことも無い飲み物(?)らしきモンを出す店もある。

「異世界穴に通じてる、飼いドラゴンのブレス使った、炙り焼きの店」とかも、探せばありそうだなぁ。この雑多な雰囲気だとナ。



 そんな中。雪車夜のおいちゃん達4人が来てる、この地下の店は、普通の地球人向けの店でな? ま、ちょっと変わってる程度、ってとこかねぇ。



 テーブルの上の箸置きがよ? 



 ……猫なんだよ。



 至が箸をそこに置くってーと、箸置きにゃんこが「ここはオレっちにまかせて、はやく行くニャ!」って言ってるみたいになってな?



「かわいー!」「かわいー!」ってんで、時々コレが、三両で売れるんです。……とか言ったら、落語の『猫の皿』になっちまうわな。ま、500円位出せば売ってもらえるかもしれん。


 

 他にも、箸をねこじゃらしに見立ててじゃれあう猫型の箸置きとか。



 ア、これは、猫……って言っていいのかねぇ? 「ド、ドラ?」って二度見したくなるような、青いタヌキをこじらせたっぽい箸置きとかもな。そういうマニアックな、細かい造形に、興ってか、面白さがあってな。



「この箸置き、法律的にはどうなんでしょうね?」

 事務所入ったばかりで初々しい、若気の至が口火を切った。



 鑑定事務所の4人組だから、当然ながら、そっちの話になるわなぁ。



「猫はモチーフとしてありふれてるから、そもそも著作権が発生しないよね?」

「そうなんですか? 未来先輩」

「確か……そうよ? 一次試験の時に、問題集で見た記憶あるもん」

「猫を箸置きにするってアイデアは、面白いと思うんですけどね……」



「若気君。著作権は、アイデア自体は保護しないんだよ。『思想表現二分論』って言ってね? 表現の部分は保護されるけれど」

「ヨッ! さすが存在センセ。資格者は、ことが違うねぇ」

「茶化さないでくださいよ、雪車夜せん……さん」



「おいちゃん。存在先生。じゃあ、このタヌキみたいなのはどうなの?」

「ううむ……それはちょっと微妙な所ですね。元の絵は美術の著作物と言っていいでしょうから、その絵の単なる立体化ならば、複製とか翻案にもなり得ます。でも、こうも元ネタからかけ離れた造形だと……」

「はっはっは。真面目だねぇ存在センセ。権利者が文句言うと思う? この使い方でさ」



 とまぁ、こう……はずむわけだな。話が。



 非親告罪がどうだとか、意匠権がどうだとか、地球人以外の生物についてのパブリシティがどうだとか、そんな、「もう、アタシら一般人にはもうわからんわ!」って匙を投げたくなるような話に、そりゃあもう花が咲いた。



 ま……匙を投げるじゃなくて、箸を置くんだがね?



m(_ _)m

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