第11話 ヨジゲン株式会社

m(_ _)m



 エ、今日もいっぱいのおはこび、ありがとうございます。



 ただ一人で座って、聴いてくれる人も居ないのに、くだらねぇことくっちゃべってても、ただ怪しいだけだからねぇ。



 こないだ、風呂場で稽古してたんですよ。

 そしたら、カカアから「オイ! 何人に分裂してんの」って言われてな? 「分裂なんてしてない。アタシゃ一人だよ」って返したら、「一人でそんなに楽しそうに会話できるわけがない。何重人格なんだ」って聞かれました。



「アタシは一人だが、なんだ」って、うまいこと返したと思ったんですが、「居間まで会話が聞こえてきてうるさいから、脳内でやれ!」って、バッサリです。ひどいでしょ? ねぇ。



 いや……ホントはね? お叱り受けるってぇのも聴いてもらってる証拠。怒られてるうちが花でさ。本当に愛想つかされたら、もう、完全スルーだ。アタシとカカアで、ただ浮かんでる惑星2つみたいな状態より、よっぽど良いわけです。反発したり引き合ったりしてた方がね? よっぽど健全だ。



 ま、相手は自分じゃねぇから、聞きたい話だけってことも無いがね……。



 さて。



 ヨジゲン株式会社の社長、次元四郎じげん・しろうは、丸顔のおっちゃんだった。デネブっていうか……ぽっちゃりだね。そしてまさかの、自分の名前から取った社名だったね。



 未来先輩が事前に、ちゃあんとアポを取っていたようで、社長御自ら、未来と至を出迎えた。



「鑑定の方です? お待ちしとりました! ささ、奥へ」

 と、満面の笑み。



 2人が立派なソファに腰をおろすと、受付の女の子がお茶を運んできた。



放G茶ほうじー茶」って名前の茶で、茶葉を湯に入れて、「おりゃぁ!」と放り、高速回転させる。遠心重力で旨味成分を強烈に抽出するんだな。惑星特許番号第60312982号。



(し、しぶい……)

 至はそう思ったが、営業スマイルはなんとかキープしてる。未来先輩はしれっと「けっこうなお手前で」と相手を褒める。彼女はわかってるね! 相手を褒めるのはホント大事だよなぁ。



「おおきに。あっ、その湯のみですがね? 抽出した強烈な旨味を逃さない、『魔法湯のみ』って言いまして。知ってます?」



 おそらく、魔法瓶の湯のみ版だね。原理やしくみはよくわからんが、社長のこの一言からスタートして、あとは社長のワンマンショーだ。



 まさかまさかの、『幼稚園児の時にフェンスをよじ登り、工場に潜入した』って武勇伝から、社長の半生をつらつらと。とにかく早口でさ。とにかく、しゃべるわしゃべるわ! 放G茶ほうじー茶を煮詰めたみたいに濃いキャラクター性だねぇ。 



 ダイソン球の話も、ようやく始まったと思ったら……。



 今な? この会社の命運が、このダイソン球にかかっててな?

 家のエネルギー逃さず使えたら、かなりのエコになるやろ?

 そりゃええわ! 待ってたでー! って、引く手数多あまたになるに決まっとんねん。

 あ、そうそう。今度、秋葉原駅前に、新しく立つビルに、納入するって話がもう出とってな? すごいやろ? ビルまるごと、ダイソン球で覆う。『肉の万世教』っていう、新興宗教団体のビルでな? いや、ワイは宗教には興味ない。あくまで仕事や仕事。

 うちのをドンドコ導入してもろて、儲けた金で、この中野ミルキーウェイの上と下のフロアもぜーんぶ、うちの会社にしたるねん。ええやろ? 3階のまんだらけには負けん! こういうのは、情熱が大事だいじや、情熱。

 そんでもってゆくゆくは、日本武道舘をうちのダイソン球で覆えば、すごいでー。アーチストのライブなんてあれ、エネルギーの塊やからな。そら凄いことになる。エコどころか、もう、発電や。ダイソン球発電。うはは。おもろいやろ?

 エネルギー大賞にエコ大賞。ギネスにベストジーニスト賞にノーベル平和賞も行けるかもしれんわ。うはははは。


 とまぁ……こんな感じでしゃべってる。権利を追う人間にゃ、よくいるタイプの1人だわな。



 テーブルの上には、興奮した社長さんのツバが飛ぶ。その顔も紅潮してる。額にゃ汗の玊。社長さんをダイソン球で包んだら、かなりのエネルギー再利用になるんじゃないかねぇ?



 テーブル挟んで向かい側。先輩の未来と、新人の至は二人とも、うんうん頷きながら、辛抱強く、社長の話を聞いた。途中から願望の話ばかりになってるが、そもそも人は、欲で動いてる。自分に正直になると、まぁ、こうなるわけだ。悪いこっちゃない。実際、その金欲で、従業員を養ってんだからな。



 未来は湯のみに丁寧に口をつけ、ヨジゲン社長のツバを避けるようにテーブルの隅っこに置いた。膝を閉じたまま足を斜めにして、落ちた髪を耳の後ろへかきあげて、口角を上げて、こう切り出した。

「いや、本当に凄いですね……。社長様の、その夢が実現する為に、今日は少し、お伺いしたいことがあって、参りました」



 うん、ようやく本題に切り込んだねぇ。



『無酸素雰囲気下において所定の時間が経過した後に物質透過性を失う材料』って、じゅげむじゅげむみたいな名前の物質は、はたして宇宙のものか? 地球のか?

 出した特許出願が門前払いになるかは、そもそもソレ次第。



 未来さんは、発明が書かれた公開書類をカバンから取り出して、テーブルに置いた。湯のみと同じく、社長のツバをうまく避けながら。



「この、請求項1に記載の物質についてですが……」

 と、トップページをめくろうとする時。



「ちょい! ちょい待ち!」

 ヨジゲンの社長から、静止の声が飛んできた。表情も一転。さっきまでのご機嫌そうな笑顔が、スッと消えた。



 声のトーンも、まるきり変わって。


 

 カカアだったら、「二重人格か!」って言いそうだ。



m(_ _)m

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