第06話 出世魚たち
m(_ _)m
エ、本日もおはこび、ありがとうございます。
昨日、立ち飲み屋で魚を食いまして。
マグロの刺し身と、天かすとを和えた、「マグロのハイカラ」ってやつね。天かすだけじゃなくて、わさびが少しとネギが乗ってる。
天かすにね? 醤油をこう、たらして。わさびといっしょに箸で混ぜて。そんでいただくと、まあ、うまいんだな。
マグロがうまいのは、今に始まったことじゃあないが、天かすで油が足されてるもんだからサ? もうドッッッシリとした、ボリューム感のある味わいになっててヨ。そりゃ日本酒が進むわ進む。
ア、あれ飲んだよ。「船中八策」。
幕末に土佐藩脱藩志士の坂本龍馬が、船の上で起草したっていう、新国家体制の基本方針みたいなもんな。その俗称の「船中八策」を、酒の名前にしたんだな。
アタシゃ舌バカだから、どのあたりが一策目なのか、二策目なのかわかりゃしないけど、いやぁあまりに気分が良いもんだから、大政奉還したくなったね。ハハハ。
家はカカア天下で、政権なんて握っちゃいないのにな。ハハハ。酔っぱらいの勢いってのは、得てしてそんなもんだ。
ア、そうそう。マグロな。
こないだ知ったんだけど、マグロは
出世魚ってぇのは、成長すると名前が変わる魚のこと。ブリとか、スズキとか、ボラとかだ。ブリなんかだと、関東じゃあワカシ、イナダ、ワラサときてブリ。そんなふうに名前が変わる。
ところがよ? 関西だとツバス、ハマチ、メジロときてブリになるらしいんだな。東北じゃ、ツベ、イナダ、アオ、そんで、ブリ。他にも有るが、地方によって呼び方が違うんだよ。へっへ、おもしれえなぁ。
そんな出世魚、「縁起が良い魚」ってことで、祝宴の料理に好んで使われた。
なんせ江戸時代までは、武士や学者には元服、出世で改名するって慣習があった。それと同じで、名前の変わる、出世する魚は喜ばれたわけだな。
じゃあよ? マグロも出世魚でいいじゃねえか、とか思っちまうわな。
カキノタネから始まって、メジだとか、ダルマだとか、途中形態があるんだろ? フリーザみたいにさ。53万円で買えるのかねぇ?
……あ、いや、別にアタシに祝い事があったわけじゃないよ? ただ立ち飲み屋で日本酒飲んで、マグロ食ってるだけだ。帰っても、カカアに怒られるだけだからな。ははは……。
ア、時間? じゃ、そろそろやるかねえ……。
昼休みにさ。芝生の上に……テントが張ってある公園で、弁当つっついてたら、
まぁ、至は、口述試験の練習台だわな。
未来先輩は今、二次論文試験の結果待ち。ここが通りゃ、次は最終、口述試験。試験官に問題だされて、口で答えなきゃいかん。口答えじゃ試験官の機嫌を損ねるが、だんまりでクリアできるもんでもない。
未来先輩、結局場数だと思ったんだろうなぁ。
そしたら至が、「宗谷先……輩は、彼氏いるんですか?」って、別の所をつっついた。
ただね?
「あたし、そういうのは、合格してからって決めてるんだよね」
ってな具合でな。今は受かることが最優先って感じだ。
至は「ははは」と苦笑したが、自分もこの先、その道に入っていくって所を、まだ実感しちゃいない。そう簡単に通れるもんじゃないからなぁ。
なんせ「地球外技術鑑定士」は、合格率が大体5%ぐらいで。
20人に1人ってぇと、そう大したこと無いようも思えるけれど、そもそも「頭のいい連中ばかりが受験する」って中での話だ。つっても、そもそもそんな資格なんぞ取ろうとせずに、商売でも始める方が、よっぽど賢いかもしれんがなぁ。
「出して。早く出して」
ちくわと卵でご飯をかっこんで、未来先輩が省略した主語が、「問題を」である事に、少し遅れて至は気づいた。違う18禁的な方を想像しちまったのは、名前の通り、若気の至りってもんだ。欲が強すぎなんだよな。
「結局、二次試験に受かる気、満々なんですね先輩」
「もちろん!」
未来先輩は、髪をふぁさっとなびかせて、人差し指を立てた。メシが遅れ気味な至は、残ったご飯をかっこんで、お茶をゴクリと一口のんでから、さーてと、口述試験の模試が始まった。
「では、宗谷先輩にお尋ねします」
「宗谷さんね? 至くん、臨場感臨場感」
未来は、しししと歯を見せて、至もつられて笑顔になる。試験本番は、こんな公園みたいな、のどかな雰囲気でも無いがねえ。
「では、宗谷さん。特許法第29条には、何が規定されているでしょう?」
「……はい。特許法29条には、産業上利用性、新規性、進歩性が規定されています」
よどみなく答える未来先輩。まるで立板に水だね。
「産業上利用性とはなんですか?」
「はい。特許法第1条で、この法律は、産業の発達を目的としていることが謳われています。ですから、特許を受ける為には、その発明が産業において利用可能なものである必要があり、それを特許要件、つまり特許を受けるための条件の一つにしています」
まぁこの光景、傍から見たら、公園で、若い男女が呪文を掛け合ってるようにしか見えないわな。同じ呪文なら、『ヤサイニンニクアブラカラメマシマシ』の方が分かりやすいやな。ラーメン二郎の注文の呪文だ。
「なるほど。では、新規性と、進歩性とは、それぞれ何ですか?」
「新規性は、その発明が客観的に新しいこと。進歩性は、その発明が従来技術より進歩していることです。新しくない発明や、進歩の上積みがない発明に独占排他権たる特許権を与えると、かえって産業の発達を阻害してしまうからです」
未来先輩はスーっと、つっかえもせずに言い切った。まるで「その文言を暗記しているかのように」。そういうのを見ると、イタズラ心が芽生えるってのが、人情ってなもんで。
至もちょっと、つっついてみたくなったようで。
「では、進歩って、何を基準にして言うんでしょうね?」
至のその質問に、未来先輩の動きがピターッ! と止まった。ははーん、答えを用意していないと、こうなんだな? しばらくうんうん、うなった挙句。
「予想外なとこから来ると、わかんなくなるよー」
と、かわいい感じになってる。いいねぇ、普段は知的な女の子が、こうして隙を見せるとこ。
実はサ? 大して予想外の質問じゃあ無い。
ま、覚えた事をただ吐き出すだけじゃ、この辺が限界。受け答えってのも、才能とか、場数とか。お勉強とは別の何かが、必要になってくるもんだ。
「先輩。こないだゼミで習ってきたんですけど、出願時の『地球の』技術水準から見た進歩のことらしいですけど……」
「あー……そうだったね。地球のってところがポイントだったよね」
と、未来は口を卵形にしてる。
「初級ゼミの江口先生も、そうおっしゃってました」
「そうよね……。宇宙の技術を規準にしちゃうと、地球の発明なんて、むしろ退歩しちゃってるし。飛行機や宇宙船が飛び回る時代に、『裸電球を作りましたー!』 って叫ぶようなもんだし。中野の中心でね」
「はだか?」
若気の至は、敏感に反応して妄想を働かせ、眉がピクンと跳ね上がった。いやそこは、「愛を叫ぶ」と続くのが、筋ってもんだがなぁ。
「……訴えられるよ? 弁護士の親戚だらけなんだからさ、あたし」
「ははは……」
至はまたも苦笑して、ひき下がる。
「さて……つきあってくれてありがと。そろそろ昼休みも終わるし、戻って仕事しましょ? 至くんの案件も、待ってるし」
と、未来先輩は立ち上がり、カラになった弁当箱をビニール袋にまとめて、ひょいとつまんだ。
風になびいた後ろ髪。スーツ姿の先輩が、途中でくるりと振り返り、こう聞いてきた。
「そういや、至くんはどうなの? 彼女居るの?」
「ええ、まぁ……そのう……」
至の歯切れは悪かった。
「別れた元カノを見返したくて、頭が良くなれそうなこの事務所に入ったんです!」
とは、まぁ……言えんわな。
資格なんぞ取って、多少出世したところで、人の器なんぞサ。「うおっ!」て言う程変わりゃしないと至が気づくのは、だーいぶ先のお話。
m(_ _)m
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