第09話 案ずるより、産むが易し

m(_ _)m



(・ω・。≡。・ω・)キョロキョロ



 エ、今日もみなさん、お疲れ様でございます。



 みんな大変です。朝から満員電車に揺られて会社に行き、夜中まで仕事。ねぇ。もう大変。アタシだったら擦り切れちまうね。



 さて、かの有名な諮問探偵、シャーロック・ホームズには、兄がいたらしいですな? 『マイクロフト』っていう名で7つ上、観察力は弟のシャーロック以上。



 シャーロックの相棒、ワトソン博士が言ったそうな。「なぜ兄のマイクロフトは、探偵をやらないのか? 優秀な頭脳と観察力を持っているのに」と。



 シャーロックは答えた。「行動だって大事だよ」と。



 山の向こうの景色を見たけりゃ、あれこれ想像するよりも、実際に歩いてみりゃあいい。なんせ、人間には、2本の足があるんだから。

 こっから先は言わないよ? ここでその後の展開をしゃべっちゃ、興がそがれるってもんだからね。



 さて。

 瀬田OA鑑定事務所の新人、若気至わかき・いたるは、特許の書類を読んでいた。「明細書」っていう、発明の内容が説明されてる書類だな。「家庭用マイクロダイソン球」なる発明について、書いてある。



 こいつにアウターアートが含まれているか否かを、観察しようってんだ。

 書類の段落【0001】には、こんな言葉が書いてあった。

 


 ん、エート、『この発明は、エネルギー保護膜で家屋等を覆うことにより、内部で発生した熱、光等のエネルギーを逃さず再利用する、家庭用ダイソン球に関するものである』



「あっ。掃除機のダイソンじゃないんだ」

 小さく呟いた至は、ダイソン球なる言葉を、そもそも知らなかった。



 まぁ、誰しも知ってるもんじゃないわな。パソコンを操作し、便利な詮索サービス「グルグール詮索」を使ってみるってーと、言葉の定義が見つかった。ちょっと小難しい感じで書いてあるねぇ。


 んー、『ダイソン球とは、恒星を卵の殻のように覆ってしまう仮説上の人工構造物である』



 ……ほぉ。卵みたいなもんねぇ?



 続きな? エット、『恒星の発生するエネルギーすべての利用を可能とする、宇宙コロニーの究極の姿と言える』



 ……こりゃまた、規模のでっかいエコロジー話だね。そいで、最後はこう締めてあった。


 ん、『名前は高度に発展した宇宙空間の文明により実現していた可能性のあるものとしてアメリカの宇宙物理学者、フリーマン・ダイソンが提唱したことに由来する』



 ンハハ! 出てきたねぇ、ダイソンが。『吸引力の衰えないただ一つの掃除機』じゃなかったね。至はコクコクうなずいた。意味がわかりゃ、思考が回るってもんで。



(そっか……SFの、仮説上の物体なんだ)



(……とすると、出願された「家庭用ダイソン球」ってのは、銀河の超技術じゃなくて、単に、地球で生まれたエコ製品って筋もあるってことだよな……)



(奥様が、「電気代節約できて助かるわ」って喜ぶような、そんなホンワカした技術アートなのかもなぁ)



 ……とまぁ。鑑定事務所に入るだけあって、至はちゃあんと、思考を巡らせることができる。



 より詳しい技術は、書類の続きに書いてあってな? 30ページ位、そりゃもう延々と書いてあるんだよ。

『アタシの発明、こんなにすごいですー!』

『それだけじゃなくて、こんなにバリエーション有るでしょ? すごいでしょー!』

『先行技術じゃ、こんなことできませんー!』

 とまぁ、要はそんな話が、かたっ苦しい言葉遣いで、延々とな。フツーの人なら、まぁ、読む気失せるわな。



 だけど至は、初学者とはいえプロフェッショナルだ。ポイントポイントに赤ペンでアンダーラインを入れながら、概略を把握していった。



「ふう……」と一息。ビタミン配合の目薬をポトリ。そしてまばたきと、目をくるくる回して、目のピント調整機能を司る筋肉をときほぐす。緊張と弛緩ってやつだな。



(なるほどね……「透過性可変物質」なる物質の、用途発明っていう感じなのかな)



 ゔゔー。また難しいのが出てきたねぇ。要はスルッと通り抜けたり、通り抜けなかったり。そのへんがコロコロ変わる物質だわな。女心と秋の空。この物質と、大して変わんねえな。



 首の後ろと肩を、ぎゅうぎゅうつまんでマッサージ。それでも目の疲れが取れないってんで、肩を回した。至はその後、頭に血液を回そうと、事務所の内をぐるぐると歩き回って考えた。手には、明細書の書類を持って。



(……どうやら「透過性可変物質」は変形可能で、酸素が無い状態では、物質を「通り抜け」る性質があるようだ)



(その一方で、酸素に触れると、その「通り抜け」機能は徐々に失われて固まる。まるで、熱したガラスが冷えるかのように)



(要は、ガラス細工のようなものかなぁ。物質お家を通り抜けできる内に、風船みたいにぶわっと膨らませ、物質お家を覆っちゃえば、固まった後は、エネルギーを外に逃さず再利用できるようになる。そんな「家庭用ダイソン球」になるってことだね?)



 至は、コンビニで買ってきた「おーい、粗茶」のペットボトルをあおった。まぁ、「粗茶ですが」ってへりくだるのは正しいけど、粗茶をくれってのは、どうなんかねえ? なんだか偉そうだねえ。



 おーい、粗茶で喉を潤してから、至はこんどは、拒絶理由通知書を読み直してみる。ア。『入口でお配りした資料』ってやつですな。



(理由1)

 請求項1には、「酸素雰囲気下において所定の時間が経過した後に物質透過性を失う材料によって4次元球を構築し、前記所定の時間が経過する前に該4次元球を膨張させた事を特徴とする、マイクロダイソン球。」と記載されている。

 しかしながら、「酸素雰囲気下において所定の時間が経過した後に物質透過性を失う材料」なる物質が、本願の出願時において、当該惑星に存在していたとは認められない。



 背景や中身が分かると、相手の言いたい事も、なーんとなく理解できるようになる。言葉って不思議なもんだ。至にとっても、ようやく暗号が解けたみたいで。ま、こうなった。



(あー。審査官さんの疑問も、もっともだね、これ。「透過性可変物質」ってなんぞ!? どこで手に入れたの? 地球? 地球外? そうツッコミ入れたくなるよねぇ……)



 至は、明細書をまた、ざっと読み直した。しかし「透過性可変物質」の入手経路、あるいは生成過程なんかが、どこにも書いてない。「ブラックボックス状態」ってやつだな。いや、宇宙にちなんで「ダークマター状態」とでも言えばいいかねぇ。



 初級ゼミの第1回で、江口先生が言っていた事を、至は思い出した。あ、そういや、こないだ未来先輩も、似たようなこと言ってたっけなぁ。



『みなさん? 特許ってのは、要は馬ニンジンなんだよ。ニンジンを目の前にぶら下げれば、馬は走るでしょ? 国は、独占排他権たる特許権っていう馬ニンジンで、国民から発明を引き出そうとしてるわけだ。優れた発明を世界に公開する代わりに、一定期間、特許権を与える。だから出願人は、まずは、発明の内容を公開しなきゃいけない』



 うーん。ってことはよ?



 そのリクツに照らすとよ?



 『家庭用ダイソン球』なる発明の、いわば「肝」にあたると思われる、「透過性可変物質」については、公開されていないに等しいねえ。



 鋼の錬金術師で学んだが、錬金術は等価交換が原則なはずなのに、肝を差し出さずに権利をくれよ! とな。ま、そういう下心が、透けて見えてくる。



(これでは特許は取れないなぁ……)

 とまぁ、新米の至でも、直感的に理解できたわけだ。



(鉄とかプラスチックみたいに、地球で一般に入手可能なものだったら、よかったんだけどな……)



 グルグール詮索をかけても、そんな物質についての文献は、うまくヒットしてこない。至がせわしなく、椅子をギーギーと言わせていたからだろうかね? ブース同士を仕切るパーティションの上から黒髪が、またもひょっこり現れた。黒髪の日の出は、拝みたくなるね。こう、パンパーンっと、両手を打ち合わせてな。



「検討、進んでるー?」

「あっ、未来先輩」



 指導担当の美人さん、宗谷未来先輩だな。

 パーティションの高さを考慮すると、彼女は間違いなく、背伸びをしているね。



 「えーい」とつま先立ちをした、パーティション裏の彼女を想像して、至は少し、ときめいた。わかるよ? かわいいよなぁ、そんな仕草。



「はい。概略は掴んだように思います。要は、『透過性可変物質』なる物質が、地球で一般に入手可能なのかどうかが、ポイントになるんじゃないかと」



 ウン、なるほどなぁ。

 地球で一般に入手可能なら、「地球外技術アウターアート混入じゃないの?」っていう、審査官の疑いを晴らすことができそうだからな。

 


「同意同意」

 パーティションの上から、黒髪頭がサッ! と消えた。ブースを回り込んで、至の席の後ろまで歩いて来た未来先輩は、至の袖をクッと掴んで、小さくウインクしながら、

「じゃあさ。裏取りをしに行こうか? 一緒にさ?」



 もう、無邪気で、楽しそうなだねぇ。未来先輩のその表情。例えて言うなら――。



「その方が手っ取り早いよ、ワトソンくん?」

 ってな感じでな。



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