4-2-④

ウェンカムイは自分に痛打を浴びせた人物に目を奪われていた。

そして、その人物によって恐慌に陥れられていた。

彼は知っている。目の前にいる人間は人間ではない・・・・・・

それは始原の存在。自分を、ただの羆であった自分たちを、ウェンカムイという絶対不可侵の存在まで引き上げた存在。

あれからは自分と同じ匂いがする。自分の魂に刻まれた権能と同じ、いや、さらに煮詰めて濃縮したもっともっと濃い匂い。

それは遠い記憶の彼方にあった女神の匂い・・・・・


「よくもレイをいたぶってくれたわね…」

白光を棚引かせながら、女神が距離を詰めてくる。

その足取りや表情からは一切の気負いや緊張感が感じられない。

代わりに感じたのは、静かな、それでいて底冷えするほど深く冷たい怒り。

「ここからはわたしが相手になるわ。さぁ…踊りましょう」

怒れる女神の口から愛を囁くような優しげな言葉が漏れた。

『せめて来世は幸福でありますように…』

同時にウェンカムイの脳内に、彼を哀れみ慈しむ祈りのイメージが流れ込んできた。

かつてない出来事にパニックを起こしたウェンカムイは、己を律するために咆哮を上げ、いつの間にか一足の間合いまで侵入を許していたミリアに襲いかかった。


激闘が始まった。

レイの左肩を担ぎ上げて彼を立ち上がらせたユーナは少し離れた位置まで待避し、その趨勢を見守っていた。

大地に腰を落とし込んだレイに手早く応急処置を施していく。

「こっちより…あっち見てろ…流れ弾来るぞ…」

処置を受けながらも、痛みを堪えてレイは言葉少なに短く指示する。

その言葉に頷いたユーナは緊張感で張り詰めた目を戦域に向ける。

ウェンカムイの咆哮と大地を揺るがす地響きの中、ミリアが舞うようにその身を踊らせていた。

しかしその舞姿はユーナの目から見てとても危険なものだった。

ウェンカムイの轟音を伴う振り下ろしを紙一重でかわし、すれ違いざま効果のあるとは思えない拳打を加え、迫り来るナイフのような牙をまたギリギリで避ける。

ユーナが目をレイに向ける。

その目に浮かんだ不安の色が、「救援に向かわなくてよいのか」と彼女の心中を代弁していた。

そんなユーナの憂慮を無視して、レイは答えた。

「心配ねぇよ…」

「でも…」

レイが視線を上げ、ユーナの目を見返す。彼の目はミリアに対する安心感と絶対的な信頼感に溢れていた。

「…俺たちの班長だ。黙って見てろ」

それだけ言うと視線を切り、自らの歯を使ってユーナの結びかけた包帯をきつく縛り上げた。

それを目の端で捉えながら、ユーナはやりきれない思いを抱えてウェンカムイとミリアのロンドに視線を戻す。




ミリアは自らの血でその手を染め上げながら、ウェンカムイの猛攻を凌いでいた。

腹部を覆う体毛は背中のものほど太くも長くはないが、針のごとく密集して頑強な鎧と化している。

むしろ細い分だけ貫通力が増しており、それ自体が一つの迎撃手段として機能していた。

そんな針の鎧にも躊躇うことなくミリアは拳撃を叩き込む。

もちろん分厚いナックルによりその拳をガードしているが、それでもナックルで覆われていない手首付近からの出血は凄まじい。

ミリア自身の権能により瞬時に回復はしているものの、血濡れの拳は見る者の心胆を寒からしめる。


熊神の強烈な左腕の叩きつけ。

その予備動作のために振りかぶった一瞬に、ミリアは空いた腹部を右手のナックルで削ぐように撫でつける。

そのミリアの頭部に真っ直ぐに落ちてくる豪風を伴う漆黒の右腕を、左足を引いて半身になってかわす。

強烈な一撃が空を切ると同時にミリアは右足に加重を移し、瞬時に身体の外側へ向かってそのつま先を開く。

引いていた左足を即座に胴体に引きつけ、膝にエネルギーを溜め、一気に解放。

弾かれたように伸びた左足が無防備なウェンカムイの顔面に突き刺さった。

ウェンカムイはその蹴り足を噛みついて捉えようと首を振るが、ミリアは蹴りの反動を利用して素早く距離を取る。

しかしウェンカムイにダメージなどない。

そしてそのミリアの攻撃は全て間一髪、ギリギリのタイミングで敢行されるもの。

ユーナの目に危うい綱渡りとして映るのも無理はない。


だが相対するウェンカムイの心は混乱の極みにあった。

先ほどから振るう攻撃がかすりもしない。

振るう爪が、牙が、全て空を切る。

ただかわされているだけならそれでも良い。

いつか必ず追い詰め、一撃を決める。

そうすれば勝負が決まる。

しかしこの動きはそうではない。

この相手はかわしているのではない。

居なくなったその場所に打たされている・・・・・・・のだ。


それは奇妙な感覚だった。

自分の身体は自分が動かしているはずなのに、そうであるはずなのに、目の前の相手が自分の身体を動かしているような、そんな奇妙な感覚。

撃っても撃っても、どれだけ撃っても届くことはない。

ほんの僅かな距離。だがそれは絶対に届くことのない断絶を示す距離。

そこにあるのは彼方と自身を隔てる髪の毛一本ほどの透明な薄衣。

しかしそれは彼の攻撃を全て無に帰し、彼を絶望へと叩き込む見えない鎧であった。


闇がじっとこちらを見ている。

ウェンカムイはかつて捕食者の立場からその闇を見ていた。

自分に食われる立場の獲物が、恐怖というその闇に飲み込まれ、絶望に絡め捕られていく様を見ていた。

しかし今、その闇がウェンカムイを見ている。ただずっと目を凝らして彼を待っている。

彼は本能的に知っている。この闇に囚われた時、自分は死ぬことになることを…

闇に呑まれるのを拒絶するように、ウェンカムイは怒りを燃やして咆哮を上げる。


「もう少し踊って貰うわよ」

咆哮に答えるように、女神が言葉を発した。

違う…彼は認識を改める。

この者は死神だ。

死神から逃れるためには、死神を殺す以外に方法はない。

彼はそれ以外の方法を知らない。


慄く心に怒りを燃やし、ウェンカムイは攻勢を維持する。

どれだけ振るわれてもけして届くことはないと知りつつも、運命に抗うためウェンカムイは爪を振るい、牙をむいた。



ユーナは異常に気づき始めていた。

これまでウェンカムイの攻撃は全て空を切っており、ミリアはただの一度もその攻撃を防いだことがない。

それがどれだけ異常なことか、同じく防御を得意とするユーナにはわかった。

どんなに修練を積んでも、相手の攻撃を完全に回避し続けることは不可能に近い。

技術云々の話ではない。

刻一刻と戦況を変化させる様々な要因。足場や間合い、構えの変化や相手の仕掛けてきた攻撃の性質などなど…それらは複雑に絡まりあうことで、回避行動を許さない場面を出現させる。

そして長時間の戦闘になればなるほど、そんな場面への遭遇率は高まる。

それに備えて、相手に接触してその攻撃を無効化する『防ぐ守り』がどうしても必要になる。

しかしミリアは一度足りとも『防ぐ守り』を行っていない。


その理由がユーナにはわかる。

カウンターを使うユーナだからこそわかる。

万全のカウンターとは、相手の技を絞り、その技を仕掛けさせ、万全の迎撃体制で待ち構えて実行される。

そしてこのカウンターの絶好のタイミングは、わかりやすく大別すると二通り存在する。

一つは相手の技を完成を待ち、その技を殺すことで相手の体勢を崩し、自身の攻撃を叩き込むカウンター。

これは後の先と呼ばれる。

もう一つは、相手の技の起こり(出掛かり)に仕掛けるカウンター。

これは相手に不用意な技を誘発させ、その技の完成前に自身の攻撃を叩き込む。いわゆる先の先と呼ばれるタイミング。


ミリアは今、先の先でカウンターを取り続けている。

ウェンカムイの攻撃の起こりを見極め、最速で先の先を取る。

しかし仕掛ける技は、一撃必殺や勝負を決するための大技ではない。

それは相手の迎撃方法や防御手段を限定する技。

そうやってウェンカムイの動きに制限をかけ、自身の安全圏を確保している。

だからウェンカムイの攻撃はミリアに届かない。届かないから防ぐ必要がない。


その事実に気づいたとき、ユーナの顔から一気に血の気が引いた。

戦いの主導権を握るどころではない。

ミリアは今、ウェンカムイを完全にコントロールし続けている。

それは戦う者に取ってある種の理想の境地。

後の先を取るにしろ、先の先を取るにしろ、通常相手を完璧にコントロールする事ができるのは一瞬のこと。

その一瞬を利用して、必死の一撃を以て勝負を決めるのが定跡。

長引けばそれだけコントロールが及ばない事態が起こる確率が上がる。

しかしそれでもミリアは決着を急ぐことなく、悠々とずっと自分の手番ターンを維持し続けている。

そしてここまで長い時間相手をコントロールし続けられると言うことは、彼此との戦闘能力に隔絶した開きがあるということに他ならない。

相手はS級の堕神。その堕神を相手に隔絶した強さを見せつけるとなると、ミリアがどの程度の強さにあるのか、ユーナには想像ができなかった。


「凄い…」

ユーナの呻くような独白を耳に捉えたレイが視線を落としたまま彼女に同調を示す。

「あれはミリアにしか出来ない。あいつは読みが鋭すぎるんだ」

処置を終え、包帯をきつく結んだレイが痛みを堪えて戦域に目を向けた。

接近戦の距離ではミリアがウェンカムイを圧倒している。

ウェンカムイもそれに気づいている。

点の攻撃ではミリアを捉えることは出来ない。

次の一手はレイにも読めている。

事実ウェンカムイが反撃を抑え、代わりに少しずつ距離をとるような動きが増えて来た。

離れるタイミングを伺っているのだ。

「来る…」

レイの小さな呟きを待っていたように、ミリアの蹴りに合わせて、ウェンカムイが大きく跳び退いて距離を取った。

そのまま四肢を踏ん張り、背中の杭をミリアに向かってにばらまいた。


無数の槍が頭上からミリアに迫る。

硬く重たい質量兵器が降ってくる。

広がった面積が大きい。そして密度も高い。

それは不可避の弾幕。全てを避けることはできない。

しかしミリアは一瞬の躊躇もなく前に出た。

背中の白光を棚引かせて、ミリアは降り注ぐ槍の豪雨の中に突っ込んでいく。


疾走の最中、落ちてくる針をギリギリまで見定め、身をよじってかわす。

かわしきれない針は先端を叩いてコースをずらす。

それでもウェンカムイが渾身の力を振り絞って張った弾幕を、無傷でやり過ごす事などできない。

受け切れなかった一発の槍がミリアの右肩を貫いた。

その一撃によりミリアの肩は半分ほど引きちぎられ、腕がだらりと垂れ下がる。

それでもミリアは止まらない。それどころか離れた距離を埋めるため、足に力を溜めて一気に解き放った。

白光が一際強く輝いた。

次の瞬間、ミリアの右肩は瞬時に元通りになる。

その一部始終を見ていたウェンカムイの表情が驚愕と絶望に歪んだ。

それでも死力を振り絞り、槍の雨を降らせ続ける。

だが即死しない限りミリアは止まらない。

一気に駆け抜けウェンカムイの懐まで辿り着いたミリアは、ありったけの砲撃を撃ち尽くし、無防備に背を丸める熊神にずっとずっと狙い澄ましていた一撃を放り込む。

ミリアの右腕がウェンカムイの腹部に突き刺さった。



「始まるぞ…」

レイが呟くと同時に、ウェンカムイが絶叫を上げた。

痛みから逃れようと仰け反るように立ち上がる。

立ち上がったウェンカムイの鳩尾にあったはずの針の鎧はこそぎ落とされ、流血に染まる皮膚が露出していた。

しかしそれも僅かな時間の出来事。己の身体に起きた異変を感じ取ったウェンカムイはすぐ大地に前脚を下ろし、苦しそうに口から血を吐いた。

その懐には、待ち構えていたようにミリアが既に陣取っていた。

吐血の最中と言う絶好の隙。その隙を逃さず、追撃の拳をめり込ませる。

再び腹部を襲った衝撃に、先程よりも盛大に血を吐き散らしたウェンカムイはそのまま逃れるように横倒しに倒れ、のたうち回った。



「なにが…起きてるの?」

突然のウェンカムイの出来事に、ユーナは呆然とすることしかできない。

視線を切ることなく、レイがぽつりと呟いた。

「胃を破ったんだよ」

「どうやって!?」

「…技術と権能」



ウェンカムイは痛みから逃れようと闇雲に暴れまわる。

最早それはミリアを仕留める動きではない。

ただただ激痛を堪えきれず、狂ったように暴れることで正気を保とうとしているに過ぎない。

一方のミリアは、冷静に距離を取って暴れまわるウェンカムイをいなしながら、その様子をひたすら観察する。

突如動きが止まりウェンカムイが苦しそうに口を開けた。

それを見て取ったミリアが瞬間的に距離を詰めた。

その推進力を利用して、ウェンカムイの開いた口目掛けてメタルブーツの蹴りを叩き込む。

吐血の瞬間を狙われたウェンカムイは、為す術もなく上顎の牙を叩き折られた。

同時に鼻孔から夥しい出血が始まった。

絶叫が上がるはずだった。しかしそれは叶わない。

喉の奥からやってくる強烈な吐き気によって、代わりに血を吐き散らかす。

吐血を浴びるように身をかがめ、ミリアがウェンカムイの懐に再度潜り込む。

また腹部にミリアの拳が突き刺さった。



「…ミリアの突きパンチは普通とちょっと違う。けんぽーとか言う、東洋の技術だ」

「けんぽー?それって何が違うの?」

「俺も詳しいことはわからない。けどな、けんぽーは人の身体を『水の入った袋』と考えるらしい。だから、拳がぶつかった後さらにぐいっと拳が押し込まれる」


拳法の拳打は中国武術の発勁に性質が近い。

拳打の代表格と言えばボクシングであるが、ボクシングのパンチは殴った対象を弾き飛ばす動きを示す。

その力の性質は、衝突である。

それとは異なり、拳法の突きは目標と衝突した後に体内にめり込む動きを見せる。

有名な寸勁ワンインチパンチなどその典型だろう。

即ち、人間の身体の内部の器官にダメージを通すことを念頭に置いた突き。


「けど、これは硬いものを壊すための突きじゃない。だからミリアは時間をかけて、ウェンカムイの針の鎧をこそぎ落としたんだ」

レイの言うように、この突きは硬い外殻を壊すには不向きな突き。

あくまでも生身の人間を「水の入った袋」と捉え、その皮膚と筋肉という弾性を持った外殻を攻略するために生まれたもの。

ミリアの突きの効果を最大限発揮するには、弾性を持たない硬い外殻にあたるウェンカムイの針のような体毛が邪魔であった。

そのためにミリアは時間をかけてウェンカムイをコントロールし、ナックルのスパイクを使って熊神の鎧をほつれさせた。

そして、その針の鎧さえなければ、その下にある分厚い脂肪も羆由来の頑強な筋肉も、弾性を持った外殻に過ぎない。


「んで、ミリアの権能は『物体の時を巻き戻す』んだけど、あいつができるのは『復元』と『再現』だ。『復元』はミリアが治療に使ってる力。『再現』は、ある時点の動きを強制的に起こさせるものらしい。ミリアは今、『再現』を使ってる」

過去にライラプスでの戦闘で見せたように、ミリアは自身の突きのエネルギーを常に最大になるように巻き戻し続けている。

そのためミリアの腕は完全に伸びきるまで運動を止めない。

結果としてウェンカムイの鳩尾に刺し込まれたミリアの拳は、脂肪を抜け、筋肉を貫き、その奥にある熊神の胃を突き破った。


「…よくわかんない…」

ユーナはレイの説明を聞いて、眉をひそめた。

「まぁ、俺もミリアの受け売りで、全部理解できてる訳じゃない。そういうもんらしい。けど…」

レイは奥歯をギリリと鳴らして強く噛み締めた。

「理解できなくても…わかることがある」

その一言とともに、レイの目に強い光が宿った。

「ミリアは強い。たった一人でウェンカムイを狩れるほど…俺たちの班長『ミリア=ベルゼル』こそ…間違いなくアルキメディア最強の戦士だ」

ユーナの目には、ウェンカムイの血を頭から被り、目を爛々と輝かせた金髪の夜叉が映っていた。

その姿は何よりも雄弁に、レイの言葉が真実であることを語っていた。


レイの説明の間にも敢行されていたウェンカムイとミリアの戦闘。

暴れまわるウェンカムイの隙をミリアが一方的につく展開となっていたが、それがここにきて急に様相が異なってきた。

ウェンカムイの行動が陰りを見せ始めたのだ。

「あれだけ血を吐いて息吸えないなか、呼吸を邪魔するように口周りを徹底的にいじられた。息切れだ」

レイの指摘通り、スタミナ切れを起こし、舌を出して荒く息を吐き続けるウェンカムイにミリアが迫る。

躊躇なく撃ち込まれた電光石火のワンツーで、ウェンカムイは両目を潰された。



絶叫が木霊した。



それでも最後の抵抗を試みるウェンカムイはうずくまるように四肢を折り畳み、自身の最大の武器である硬毛を逆立て、辺り構わず乱射する。

それを見たミリアは歩調を緩めると、落ち着いた手つきでホルスターから瓶を4つ取り出した。

針がミリアのすぐ側に落下した。轟音と土煙が立ち上がる。

それでも彼女は眉一つ動かさず、ウェンカムイの乱射の結果、針が薄くなった背中にその瓶を放り投げた。



鼻を潰され、目を貫かれ、口を壊され、内臓を破られ、満身創痍のウェンカムイ。それでもまだまともに機能している彼の耳が、何かが割れるパリンという音を拾った。

次いで潰れた鼻でも嗅ぎ分けられるほどキツい、刺すような匂いを感じ取った。

背中に何か濡れる感じがする。

「終わりよ」

同時に死神の声が聞こえた。

突然背中に火がついたような熱を感じた。


否。実際に燃えていた。

ウェンカムイの針は物理的には強靱だが、1000℃を超える熱、即ち化学的なエネルギーには弱い。

それでも普段であれば背中の針を射出することで炎を弾き飛ばすことができる。腹部であれば皮膚に炎が到達する前に、身を伏せることで酸素を絶って消火できる。

しかし今までの戦闘で多くの針を射出しており、その背中の守りが薄くなっている。そしてその針の間隙を縫って、着火材は既に露出した皮膚に浸透していた。

慌てて転げ回って火を消そうにも、それは着火材を全身に塗り広げ、自身を火達磨に変える行為に他ならない。


全身を炎に染め上げ、断末魔の咆哮を上げて狂ったように転げ回るウェンカムイを背に、ミリアがレイたちに向かって歩いてくる。

ミリアの顔にこびりついたウェンカムイの血が、燃え盛る炎に照らし出され、不気味なほど深い紅に照り輝いていた。

いつもの慈愛を湛えた顔ではない。指揮官としての凛とした顔でもない。

ギラつくほど怪しく光る殺意を湛えた目。満ち足りた復讐心を示す鋭く吊り上がった口角。

その表情には、自分の守るべき存在レイを傷つけたウェンカムイを地獄の劫火へと叩き込んだ、深い母性に根付いた冷酷な加虐心が映し出されていた。


己の愛する者を傷つけた存在を許さない絶対的な攻撃性と、熊神を子供扱いする圧倒的な武力。そして経験に裏打ちされた深い洞察力と徹底的に弱点を突く無慈悲なまでの合理的判断力。

その全てを内包した今の夜叉ミリアの姿は、レイがアルキメディア最強と評する戦士としての姿の体現だった。

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