1-④
ユーナはぼーっとする頭のまま、ただ無気力に地面を見ていた。濃い疲労感はユーナの集中力を蝕み、一向に快方に向かう気配がない。
しかも梅干しを食べたせいで先ほどより喉が乾いている。
「…お水飲みたい」
ユーナの心中の声は実際の声となって思わず口をつく。
軽度とは言え脱水症状がはじまっているユーナは、レイの帰りを待つことしかできない。一歩も立ち上がる気力が湧いて来ないのだ。
しかしそんなユーナが不意打ちの初撃を避けることができたのは、自身のバットコンディションのお陰でもあった。
ユーナはただ地面に映る自身の影をぼーっと眺めていた。その影にゆっくりと一つの影が近づいてくる。
「…?」
ユーナは異変を察した。音もなく忍びよった影は次第に大きくなり、ユーナの影を塗りつぶす。
瞬間、ユーナは弾かれたように前方に大きく飛んだ。
それを待っていたかのように今までユーナが座っていた切り株が破壊され、爆砕音と共に木屑となって散乱した。
ユーナは立ち上がり様に素早く抜剣し、後方に振り返る。
そこにいたのは一頭のライラプス。
先ほどまで狩っていたライラプスとは違い、その体毛は雪に溶け込むための純白そのもの。
さらに一角であった角は双角となり、何よりも大きさが異なる。
今までのライラプスは大きくても2メートルを超える位だったが、この個体はそれらを遥かに凌駕しており、どう見ても倍以上の大きさを誇る。
(これが少尉が言ってた奴ね…なんて美しいの…)
しかしその白い狼の雄叫びを聞いたとき、ユーナの感慨は霧散した。
「ヲォォォォォォォォォォォン」
必殺の一撃をかわされ苛立ったように威嚇の咆哮を上げた白いライラプスの目を見たとき、ユーナはこの白狼が自分を殺す気であることを遅まきながら理解した。
今自分の肉体が最悪のコンディションであることを生存本能が一瞬にして忘れさせる。
ヤバい相手である。
レイの忠告が頭を過ぎる。
一気に緊張感が走りユーナの鼓動が熱くなる。手を添えなくても自分の脈拍がわかるほどに…
それでもユーナは不思議と恐いとは思わなかった。
それ故にレイに言われた逃走の選択肢を消した。
先ほどまでライラプスを狩ってきたのだ。でかいとは言っても所詮ライラプス。体格による質量の増加を鑑みれば、その膂力は先ほどまでのライラプスと比べ数倍あるのであろう。しかしユーナはその攻撃を捌ききる自信があった。
ユーナは右手のレイピアを真っ直ぐ突き出し、左手のバックラーを顎の前で構える。
(大丈夫…きっとやれる…)
ユーナをじっと睥睨していた白狼は、構えたユーナを見て未だ動かずにユーナの出方を伺っていた。
どうやら初撃の不意打ちをかわしたユーナが戦闘態勢をとったのを見て警戒しているらしい。
先ほどの苛立ちは嘘のように鳴りを潜め、冷静な目でじっとユーナの一挙手一投足を観察している。
本能のまま暴れる獣とは違い知性を感じるこの行動。
ユーナの背中に冷や汗が浮かんできた。
(やりづらい…)
ぼやきながらもにらみ合いを避け、先に仕掛けたのはユーナだ。
恐らく…力量はあちらの方が上。
それならばユーナから仕掛けなければ戦況で有利は取れない。
ゆっくりと隙を伺うように白狼を中心として左回りに足を運んで距離を計った。
同時に慎重に相手のサイドに回り込むことで自身が飛び込む隙を探る。
それに合わせるように白狼もその場で身体を回転させ、ユーナから視線を切らない。
場の空気が一気に張り詰めた。
「やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
突如上がったユーナの裂帛の気合い声とともに空気が一気に弾けた。
相手の呼吸を計り、絶妙のタイミングで踏み込み、自身の最大の武器である刺突を繰り出す。
(入る!!)
撃った瞬間にそう確信できるほど、最短距離かつ最速で放たれたその一手。
しかし…しかし…
その剣先はユーナに肉を抉る感覚を伝えることはなかった。
ユーナの剣が伸びきる直前、ダークブルーの風がユーナの体を突き飛ばした。
大地に背をつけたユーナは突如起こった出来事に頭がついていかない。
白狼も突然の出来事に呆気にとられている様子だ。
ユーナを突き飛ばしたのはもちろんレイ…
レイはそのまま鬼気迫る形相でユーナの元に迫ると、彼女を一気に右肩に担ぎ上げその場から高速で離脱した。
レイの横やりに気を取られ、あっという間に獲物をかっ攫われた白狼は、我に返ると怒りの遠吠えをあげた。
その遠吠えを背後に聞きながら、レイはただただ全力で駆け抜けた。
「…ちょっと…」
一陣の風となるレイに、頬に赤みの刺したユーナの声は届かない。
「ちょっとってば…!」
若干語気を強めてみてもやはりレイに反応はない。
「いい加減…」
ユーナは右手に力を溜めると…
「降ろしてっ!!」
そのまま一気にレイの後頭部を肘で打ち抜いた。
「あだぁぁぁぁ!?」
突如自身を襲った予想外の衝撃にレイがバランスを崩して前方につんのめるが、そこから前宙で体制を立て直す。
しかし肩に背負っていたユーナはそのアクロバティックな動きの反動によって完全に宙に投げ出された。
慌てたようにユーナを受け止めようとレイが走り寄るが、ユーナはレイの手を借りることなくスタッと着地して見せた。
「なにしやがる!!危ねぇだろうが!」
目の前に降り立ったユーナに向かって険しい顔つきのままレイががなり立てる。
「いつまで私を運ぶつもりですかっ!もうとっくに戦域は離れてます!」
ユーナも負けじと言い返す。
ユーナはレイの手が先ほどまでお尻に当たっていたことを思い出し、顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。
しかしレイはそんな様子に気遣う素振りを見せず周囲を伺う。
どうやら追っ手がかかっていないらしいことを確かめるとようやく安堵の表情を見せ、そこで初めて額に浮いた汗を拭った。
そのまま大地に胡座をかくと荒い息を沈めるように大きく二度深呼吸をした。
「すまんかった…ちょっと必死で…それより…」
そこでレイは言葉を区切り、キツい視線をユーナに寄越した。
「なぜ逃げなかった?」
レイの言葉には刃がある。喉元に冷たい刃物を突きつけられているようなそんな響きを伴った声を聞いたとき、ユーナは自分が決定的な間違いを犯したことに気づいた。
「対峙してみて…戦える…と思いました…少なくとも少尉が戻るまでは戦況を維持できると…」
レイはそれを聞いて大きくため息をついた。
レイから見ていてもユーナの戦闘力は高い。経験を積めば遠からず一人前の墜神狩りになる。確約しても良い。
しかしそれ故に強さに対してのプライドも高い。そのプライドはこういう場面では邪魔になる。
(まぁ…とんだじゃじゃ馬だこと…)
そうは思うが、一方でレイは彼女の負けん気の強さを評価してもいた。
戦う以上強さに対するプライドが自分を支える芯となることをレイは理解しているからだ。
(なんにせよ、早急にひよっこになってもらう必要があるな…)
レイは薄く笑った。
その笑いを見たユーナは自分が嘲笑われていると感じた。
彼女は今日一日レイと行動を共にすることでレイと自分の戦闘能力に決定的に差があることを痛感した。
今の自分ではレイの足下にも及ばない。
しかしそうであったとしても…レイから蔑みを込めた笑みを向けられたらユーナだって黙ってはいられない。
彼女にだって武に対する自負はあるのだ。
それに彼女の見立てでは、あの白狼とユーナは若干分が悪いが十分に戦えるものであった。
「少尉は…私よりもお強いですが、私もそれなりに戦えるつもりですっ!!あの白狼ともやり合える自信はありました。なぜ逃げる必要があるんですか!?私が戦えないお荷物だとでも思っt…!?」
ユーナの非難を聞き流しながら背嚢から水筒を取り出し水を煽っていたレイが、突然ユーナの分の水筒を投げて寄越した。
絶妙のタイミングで放り投げられた水筒を反射的にキャッチしてしまうと、ユーナは続きの言葉を吐き出すタイミングを失った。
手に収まった水筒を一度見下ろし視線をあげてレイを見ると、彼はさっさと飲むよう促す。
彼女は憤然としながらも手渡された水筒を口に付けた。
脱水でカラカラだったユーナの口の中の細胞一つ一つが活気を取り戻す。
胃に落ちた水分が全身を駆け巡り、手足には力が戻ってくる。
同時に頭も冷えてくる。言いつけを守れなかったことを責められて逆ギレをする自分は子供ではないか…
そう思ってしまった瞬間に彼女のレイに対する不満は急速に萎み、それを埋めるように自己嫌悪がやってくる。
「あれはライラプスであってライラプスじゃない。クイーンライラプス。奴らの生みの親で、元締めだ」
先ほどの斬りつけるような口調とは違ってレイの口調はいつもの口調に戻っていた。いつもの軽薄なあの口調に。
自分が自己嫌悪に陥っていることに気づいていないレイの様子にユーナは安堵を覚えた。
そしてそれを隠すために再び反抗的な態度をとる。
「それなら結局はライラプスじゃないですか!!」
「ばーか!あいつは違うんだ。いいかユーナ…あいつを見たら親の仇であっても逃げ帰れ。絶対に戦うな!」
その言葉にユーナの自己嫌悪は消え失せ、怒りの炎が再び燃え上がる。
しかしそれは彼女の個人的なプライドの問題ではない。
隔絶した強さを誇るレイに軍人としてそうあってほしいと願う、軍人としての矜持と責務に根ざした怒り。言わば義憤だ。
即ち、なぜ勝てる堕神を放置して尻尾を巻いて逃げたのか…と言うこと。
ユーナの見立てではレイはあの白狼を一方的に蹂躙できるほどの武力を有する。
そう確信できる根拠はユーナを背負って遁走したあの速度。
わずか5分程度のレイの逃走劇の結果、ユーナとレイが一時間で移動した山道を半分以上戻ってきてしまった。
その速度は凄まじく、怒れる白狼が一見しただけで追走を諦めるほど…
裏を返せばそれは白狼の敏捷をレイが圧倒的に上回っていることの証左ではないのか。
そしてその絡繰りの正体をユーナは知っている。
それは聖痕。
レイの纏う暁闇の光の正体。
今さっきまで纏っていたその光こそタマモノオンマエの聖痕の力であろう…
「それほどの力があって…なぜ戦わないんですか!?その聖痕の力を使えば、さっきの白狼だってあっさり討伐できたんじゃありませんか!?」
職務怠慢を詰る彼女の語気は鋭い。
それでもレイの彼女への返答はどこか間延びしたものだった。
「これは切り札だけど両刃の剣なんだよ。俺の聖痕の力は強力だけど、その分リスクもでかいんだ。ただむやみやたらに切れば勝てるカードじゃない」
レイの言葉にユーナは息を呑んだ。
聖痕により与えられた権能は万能だと信じて疑っていなかったユーナにとって、それは青天の霹靂とも言える告白だった。
堕神は歴とした神の成れの果てである。人を害するために授肉した存在とはいえ、その種属ごとに人智を超えた固有の能力を有する。
そしてその中に、固有の能力をより強力にした、まさに神の御業と言うべき権能をその身に宿した個体が存在する。
その権能を有する個体を狩ったとき、狩られた堕神がまるでその狩人を祝すかのように己の権能を託すのだ。その際に狩人の身体に刻まれるのが聖痕である。
起源種、希少種、亜種、通常種、変異種…いずれの個体からでも聖痕の発現例は存在するが、その全てで発現する訳ではない。
現在主流となっている有力説は、起源種に近い個体ほど発現率が高くなると言う説だ。
しかしそれは聖痕を得ようとする人間側からすると無理難題の代物である。
堕神が有史に現れて以来、希少種は100体未満、起源種に至っては3体しか討伐されていないことがそれを物語っている。
レイの聖痕はタマモノオンマエの希少種討伐に依るもの。
その権能は筋力強化。シンプルにして絶対の力。
「…俺の力は筋力強化だ。この力を使ってる間、俺は確かに速く動けるし、どんな物でもぶち抜ける。けどな…筋力が強化されるってだけで、肉体自体が強化されるわけじゃないんだよ」
「…それってつまり…」
「神の権能を持ったって所詮は人は人ってことだ。俺の肉体はでかすぎる衝撃には耐えられない。本気で強化した力を使えば、筋肉は千切れ、骨も砕ける」
そう言うとレイは自分の脹ら脛を見せた。防具の影から露わになったその白いはずの肌は紫色になり、パンパンに腫れて熱を持っていた。
レイの言葉通り筋肉が千切れ、内出血を起こしているのは見ていて明らかである。
「今のでこれだ…確かに俺が権能使って奴と切り結べば奴を殺すのは簡単だろうよ。けどな…ライラプスは執念深い。群れが全滅するか、こっちが全滅するまで戦いは終わらない。忘れたわけじゃないだろ?」
腫れ上がって痛々しい脹ら脛に、水筒の冷水をかけながらレイは言葉を続ける。
「あいつが一声上げればあいつが産んだ全てのライラプスがやってくる。一声上げなくてもあいつが血を流せば、その匂いを嗅ぎ取って全ての子供がやってくる。数百か…あるいは千か…そいつら全部を捌ききることは不可能だ。あいつは狩れる。けどそれだけじゃ終わらない。クイーンの子供らを皆殺しにしないと終わらない。逃げ帰っても匂いを追跡されて今度は村が襲われる。クイーンを狩るなら、確実に狩りきる段取りがいる。だからこそのランクBだ」
その言葉を聞いて、ユーナの顔が白くなった。
あのまま戦えば血みどろの総力戦になっていた可能性があると思うと、自分の迂闊な行動を呪いたかった。
加えてはじめて明かされるレイの権能。強大だが、どう考えても瞬発力重視のその能力は継戦向きの能力とは言い難い。総力戦を選択した場合、分の悪い賭けであることは間違いない。
そこまで考えて、なぜレイがユーナを必死に抱え上げて遁走したのか彼女ははじめて理解した。
「…ごめんなさい…」
幾許かの逡巡のあと、ユーナは謝罪の言葉を口にした。
今日最大の自己嫌悪に襲われて、目尻に後悔の涙を浮かべながら、彼女はその言葉を口にした。
そんな彼女の涙を見るとレイは言葉に詰まってしまう。
彼はばつが悪そうにその目をユーナから逸らした。
(こういう時の女の涙って卑怯だよな…)
そうは思うが、ユーナが打算で涙を流すタイプではないことは短い付き合いでもわかる。
そうであるならば反省しているユーナをこれ以上責める行為は無益である。
「…終わったことだ…次同じ轍を踏まなきゃそれで良い」
レイの言葉を聞いて、ユーナは再び謝罪の言葉を紡いだ。
「…ご…ごめんなさい…少尉」
その言葉を皮きりに本格的にしゃくりあげて泣き声を上げるユーナに背を向け、レイは明後日の方を見やる。
今彼女がレイに求めているのは断罪だ。
それをわかっていてもしないのが、彼女の成長に必要なことなのかもしれないが…
「…罰として…明日から便所掃除な!二週間!」
響いたレイの声は優しくて、ユーナは泣き止む意志をへし折られた。
「今日はこのまま帰るぞ…俺もお前さんももう戦えない…」
ユーナに振り返ることなくそう告げると、レイは先に立って歩き出した。
兵舎に戻ってからユーナは何事も無かったかのように明るく振る舞った。
しかし泣きはらして腫れぼったくなった両目では号泣したのはバレバレである。
そんな様子を見てもミリアは何も言わず普通に接した。
夕食を取って風呂に入った後、ミリアはユーナに早く休むように指示を出し、ユーナは逆らわずに大人しく従った。
ちなみに今日はレイの覗きイベントは発生していない。
両足の脹ら脛の腫れがひどく、兵舎に着くなりレイは自室のベットに倒れ込んだからだ。
もちろんユーナに悟られることなく…
ミリアもレイが権能を使ったことを聞いて全てを察し、「疲れて寝ちゃってるんでしょう、力を使うと大体こうなのよ…」と笑ってお茶を濁してある。
ユーナが自室に入って寝息を立て始めた頃、ミリアはレイの部屋をノックした。
「ミリア、悪ぃ…頼むわ…」
弱々しい入室の許可を確認すると、ミリアは静かに部屋に入った。
うつ伏せに倒れたレイは目を閉じてずっと疼痛に耐えていた。
「はい、お水」
そう言って水差しをサイドテーブルに置くと、ミリアはランプのシェードを調節して光量を上げる。
露わになったレイの両足は誇張抜きで丸太と見間違うほど太くなっていた。
「…ずいぶん無茶したわね。良く歩いて帰ってきたこと…」
「…ユーナに背負わせて山下りるとかどんな新人いじめだよ…」
レイの強がりにミリアはため息で応じる。
「それで…何があったの?」
そう問うミリアの背中が白光を灯し、レイの足に翳したその手が光のヴェールを纏う。
「別に何も…俺が抜けたタイミングで、クイーンと
「良く間に合ったわね。足がこの調子だと、間に合わせたと言った方が適切かしら」
「…まぁな…」
そう呟くレイの口調からは先ほどまでの苦痛にあえぐ様子が見られない。
「彼女が泣いていたのは…クイーンの特性を知って自己嫌悪に陥っちゃったってところかしら…?」
「そんなとこじゃね?それより腹減った…」
「下にあるわよ」
それからしばらく二人は無言になった。
やがてミリアの両手から光が消えると、レイはミリアが持ってきた水差しから貪るように水を飲んだ。
喉の渇きを癒したレイは立ち上がり、足音を殺して階下へ向かう。
階下のダイニングにはレイの食事だけが手をつけられていない状態で残っていた。
腹ぺこの彼はがっつくようにそれを口に運ぶ。
「そんなに急いで食べないの…ゆっくり良く噛んで…」
レイの後からダイニングに入ったミリアは呆れた様子でそう言うが、元気になったレイの様子を見て微笑を浮かべた。
彼女は温かい紅茶を淹れて一つをレイに差し出す。
そのまま自分も食事に夢中のレイの隣に座ってお茶を嗜んだ。
「それで…明日以降どうするのかしら?クイーンでも狩る予定?」
「ん~…ツチグモあたりにぶつけたいかな…集団戦より個人戦で強いとことぶつけて、早めにじゃじゃ馬に大人しくなって貰いたい」
「あら?ツチグモって結構強いじゃない…大丈夫なの?」
「あいつなまじっか強いから、下手なところ当てると逆に増長させることに成りかねない」
「…今日のことで泣くほど自己嫌悪に陥る子なら心配いらないとも思うけど?新人のか弱い子にツチグモを選ぶレイは鬼ね…」
レイは一旦食事の手を止めて、ミリアを驚愕の目で見た。
「…ここに来た初日に、産卵期でちょうど良いからとか言う訳わからん理由で、俺をツチグモの巣の中に放り込んで三日放置したミリアの言葉とは思えないんだけど…」
それを聞いたミリアは「んっふっふっふ~」と猫のような悪戯な笑みを浮かべた。
「あなたの場合は自分はいつ死んでも構わないみたいな戦い方してたからね~…早めに死の恐怖って言うのを実感して貰いたかったのよ~」
「さいでっか…」
再び食事に戻ったレイであるが、先ほどと比べて明らかに食事のペースが落ちた。そんな様子を見てミリアは悪戯な笑みを崩さない。
「思い出しちゃった?体中麻痺させられてミルクシェーキみたいにドロドロにされて、お腹の中には卵まで産みつけられて…迎えに行ったらあなた泣いてたものね…ミリア助けてって…」
「…思い出させないで…気持ち悪いから…」
そう言いながら自分のお腹をさするレイ。顔色も今や土気色になっている。
ひとしきりレイの反応を堪能したミリアは満足そうな顔を浮かべる。
「ユーナにはそこまでさせちゃだめよ。お腹の中の卵は絶対だめ。彼女はショックで死んじゃう。ミルクシェーキまではギリギリ許容範囲かな~」
「あ、そこまでは良いんだ…てっきり簀巻きにされて勝負ついたらって言うと思ってたのに…言うても俺簀巻きにされた時点で止める気だけど…」
「…その点は経験者の判断に任せるわ。絶対死なないギリギリの所をお願い…明日は早めに戻るようにするから、あなたも早く連れて帰って来てね!」
二人の上官によって、明日のユーナの地獄絵図が決定した瞬間だった。
夢の中にいるユーナはそんなことを知る由もなく、赤子のように身を丸めて眠っていた。
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