ep1 はぢめての狩り
1-①
パンと目玉焼きとサラダと言う簡単な朝食の後、食後のコーヒーを片手に、ミリアがブリーフィングとして今日の任務を確認する。
ミリアの両脇には椅子に膝を抱えて座り行儀悪くコーヒーをすするレイと、新兵として本日初めての実戦任務に携わる緊張気味のユーナがいた。
「ではユーナ!今日はレイとライラプスを狩ってきて下さい!」
「…ミリア大佐はどうするんですか?」
「私は巡回に出ます」
「そんなぁ…これと二人きりなんて身の危険です!」
レイを指差しながらミリアに必死に訴えるユーナ。
レイも黙ってはいない。
「これとはなんだ!これとは!俺は物じゃない!」
「少尉は本当に軍人ですか?誇り高きアルキメディア軍の尉官なら、自覚を持って行動してください!猿じゃあるまいし!夜這いかけてくるなんて…」
明け方近くにレイの悲鳴が聞こえて、何事かと思い廊下に出てみると…
ミリアに叩きのめされ苦悶の声を上げるレイの姿がそこにはあった。
なんでも夜這いならぬ朝這いを実行しようとしてミリアに見つかり、そのままボッコボコにされたらしい。
そんな朝の珍事を目撃して以来一睡もできず、ユーナは幾分機嫌が悪い。
「なんだとぉぉぉぉぉぉ!良い女見て欲情しないとか、男として終わってるだろうが!第一良い女に欲情するのは本能に基づいた愛情表現だろ!」
「そんな愛情表現は理性ある人間として最低です!それに女性にも選ぶ権利があります!」
朝っぱらから元気なユーナとレイのやり取りを困ったように見ながら、ミリアははぁっとため息をつき、パンパンと手を打ち鳴らす。
「ユーナもレイもそこまで。ユーナ、心配しなくてもレイはそこまでバカじゃないから問題ないわ。これでも私の自慢の部下なのよ」
ミリアは軽く片目を瞑ってユーナに微笑んで見せる。
「レイもバカなこと言ってないで、ちゃんとやりなさい。あなただってなんで私がこんな編成したのかわかってるでしょ?私とどれだけ居たと思ってるの?」
レイに向かっては幼い弟をあやすように肩をポンポンと叩いた。
ミリアの仲裁にユーナは渋々、レイは不満たらたらの様子で仕方なしに頷く。
「では今から15分で準備!二人はライラプス討伐、私は巡回に出ます。さぁ準備準備!」
その言葉とともにミリアは二人の背を押し、準備に取りかからせた。
「それじゃ…ユーナを宜しくね!レイ」
白く輝く軽甲冑を身につけたミリアがそれぞれ武装したレイとユーナに背を向け、メデル山の懐に連なる山中へ分け入っていく。
「ああ。任せろ!」
その背にサムズアップと共に答えたレイは、ミリアを見送ると、くるりと反転してユーナに目を向けた。
「さて…」
レイはユーナの瞳を真面目に覗き込む。
一方のユーナはレイへの不信感から、いつものぱっちりした二重を細め、ジト目でレイを睨む。
お互いしばし見つめ合っていたが、やはりと言うかなんと言うか、徐々にレイの鼻の下は伸びていき…
「グフフフフ…お…おじょうさん…
手をワキワキとさせながら、ユーナに迫るレイ…
しかしユーナの絶対零度の視線は揺るがない。何故なら…
「…鬼って私のことかしら?」
いつの間にかレイの後ろに立っていたミリアが冷たい声を投げかける。
レイの表情はそのままだが、その顔から滝のように流れる汗は止まらない。
油の切れたからくり人形のようにギギギ…と後ろを振り向いたレイが目にした物は…
いつもの笑顔にブリザードを思わせる冷気を纏うミリアだった。
気のせいだろうか、ミリアの後ろに短刀を咥えた般若がいるような気がする。
「ま…待て…ミリア…話せばわかる…」
「レイ…仕事中は流石に許さないわよ」
言うや否や爆発音とともにミリアはレイの顔面を思いっきり吹き飛ばした。
錐揉みしながら宙を舞い、グシャっと言う熟れたトマトが潰れたような音とともに、レイは大地にキスをする。
「ちゃんとやりなさい。ここから先は死地なのだから…」
その言葉を最後に、ミリアは今度こそ木々の奥へ消えていった。
「クソ…あの暴力ババァめ」
レイは毒づきながらも上体を起こして大地に座り込んだ。
左頬がパンパンに腫れているが、身体に異常はなさそうだ。
「自業自得です!」
ユーナはそう言うとつーんとそっぽを向いた。
そんなユーナの態度にため息一つ吐くと、レイの雰囲気が何時になく真剣な物に変わる。
それに気づいたユーナは、ようやくレイにまともな視線を向けた。
それでも汚物を見るような視線である事に変わりはないが…
どうやら昨日からの言動で、ユーナのレイに対する評価は地に落ちたようだ。
いや…地に落ちたどころか、地面を突き抜けマントルにまで到達したようである。
そんな蔑むような視線を気にする様子もなく、レイは良く通る声で一息に言い切った。
「お遊びはここまで。ユーナ!お前さんは俺とこれから堕神ライラプスを狩る!!」
「…はい!」
コントじみた今までのやり取りとは違い、ユーナの返事の声は硬く尖ったものだった。
その声に緊張感を見て取ったレイは、ユーナをちょいちょいと手招きすると、近くにあった小枝を取って地面に何かを描き出す。
「ユーナ。まず堕神とはなんだ?」
懸命にガリガリと大地のキャンパスに絵を描きながらレイが質問を投げかける。
ユーナはピクッと形の良い柳眉を動かすと…
「およそ400年前、突如現れた魔獣の総称です。戦争に明け暮れていた人類を滅ぼすべく、この世界の管理者である6柱の女神が分裂して地に堕ち、授肉した姿だと言われています」
「うん、そうだな。教本通りならそれで満点だけど、俺が聞きたいのはそういう事じゃない。堕神って言うのはどんな生き物かってことだよ」
「…質問の意味がわかりかねますが…?」
レイは手を止めて、ユーナを見上げた。
そのレイの目はいつもとは違う冷徹な光を帯びていて、思わずユーナは息を呑んだ。
「奴らは…化け物だよ。正真正銘のな。人が逆立ちしたって敵わない、天災だよ。地震や噴火より質の悪い…時も場所も状況も選ばず、人を害するためだけに存在する悪魔だ」
そう言うとレイは視線を切って地面のイラスト作成に戻っていく。
しかしユーナはその言葉に納得できない。
何故ならミリアとレイはこの二年間、たった二人で他の班の追随を許さないほどの圧倒的な討伐記録を叩き出しているのだ。
「お言葉ですが…それなら何故少尉や大佐はこれまで圧倒的な討伐数を誇ることが出来たのでしょうか?」
「それは…俺とミリアが臆病で、二人で協力して奴らを狩ってきたからだよ。人は堕神には勝てないが、チームでなら勝つことができる」
レイはすっと面を上げて真っ直ぐにユーナの海色の瞳を見つめると、続けざまに不吉な言葉を吐いた。
「俺のこの言葉がわからないなら、お前さんは、ヤツらに殺される。今日か明日か…いずれにしろそう遠くないうちに」
ユーナは生唾を飲み込んだ。レイの強い言葉にユーナの目に怯えの色が走る。
「今回狩るのは通常種のライラプス。成体の体長はだいたい2m前後。危険度は新兵一人で勝てるレベルのランクEから、ベテラン兵数人で狩ることが前提のランクCまで。ここに描いた狼みたいなやつで…群れで人を襲う。さっき言ったランクの幅は群れの規模による差だ」
レイは持っていた小枝で地面に描いたライラプスをトントンと指し示した。
ユーナの目がそこに釘付けになる。
「こいつらは狡猾だ。個体数も多く、リーダーの命令に忠実で、連携して俺らを狩りに来る…そして最大の特徴はその執念深さだ。狙った獲物は言葉通り必ず狩る。こっちが死ぬか、群れが全滅するまでずっと戦う羽目になる」
レイは不敵な笑みを浮かべた。
「今回は5頭程度の小規模な群れを連続で狙う。危険度はD。新兵数人のパーティーで十分対応可能なレベル。目的はお前さんの動きの確認と俺との連携の強化。だから遠慮は不要だ。言いたいことがあったらきちんと言うこと。それが…」
一息入れるとレイは冷たく言い放った。
「お前さんが死なないために必要なことで、ひいてはチームを殺さないために必要なことだ」
ユーナは顔を上げた。いつの間にか怯えも緊張も消えていた。しかも若干の自信を覗かせている。
それはすぐにユーナの言葉にも現れた。
「わかりました。では…」
そう言うとレイが描いたライラプスのイラストを指差す。
「これ…どう見ても狼に見えません。なんですか、これ?狼とかもうそういう次元じゃなくて生き物にも見えません。少尉は本当に絵心ないですね!」
「な…」
レイはユーナの一言に顔を真っ赤にして怒り出す。
「お…おま…言って良いことと悪いことがあるだろっ!ここは少尉、私を守って下さいって可愛くお願いするとこだろうがっ!しかも言うに事欠いて絵心がないだとっ!?ずっと気にしてるのに!!ミリアですら、『レイの絵?は味があって私は好きよ』って言ってくれるんだぞっ!」
「言いたいことがあったらきちんと言えと言ったのは少尉ではないですかっ!!それに私は討伐訓練でもDランク討伐は経験してます!ライラプスは初めてですが、少尉の足は引っ張りませんっ!」
ユーナの自信の根拠はどうやらここにあったようだ。
以前経験があるDランクの討伐なら、落ち着けば自分でも十分対応できる筈だから。
「お前…言ったな!ピンチになっても絶対助けてやらないからなっ!」
そう言うとフンっと鼻を鳴らして持っていた小枝を投げ捨て、レイは森に向かってズンズンと歩き出す。
一方のユーナも顔を背けるようにして、致し方ないと言う足取りでレイを追う。
「どっちがライラプスの討伐数が多いか勝負な!!負けた方が一週間毎朝便所掃除だ!いいなっ!」
先を歩くレイがギャーギャー喚く。
「望むところよっ!」
売り言葉に買い言葉。ユーナもレイに敵意剥き出しでその条件を呑んだ。
二人とも今回の任務の目的の一つが連携の強化だというのに、そのことにはちっとも頭が回っていない。
ミリアがこの場面を見たなら、頭を抱えてため息を吐いたであろう。
しかしミリアはこの場にいない。
なんとも幸先の良くない状態で、ユーナのはぢめての堕神狩りは始まった。
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