0-④

鍋から流れるコトコトという静かな音。そして漏れ出る蒸気に乗った芳醇な香り。

レイはミリアからリクエストされたブラウンシチューを作る真っ最中である。

隣ではミリアが野菜を切り分け、サラダを作っている。

傍らには彩りあざやかな野菜を鶏肉で巻き、深皿で蒸し上げてから冷やし固めたパテや、マッシュドポテトなどが並んでいる。どうやらブラウンシチューをメインに添えたサイドメニューを彼女が担当しているようだ。

竈の火を操り、慎重に遠火の弱火で火加減を調整しながら肉を煮込むレイの表情は真剣そのもの。

そんなレイのタイミングを伺いながら、ミリアはサラダを作る手を止めると言葉をかけた。

「どう?ユーナは?」

「…可愛い子だよ。めっちゃ好み。是非今夜一発…いや少なくとも三発はお願いしたい」

ミリアは額を抑えてため息を一つ。

「…そうじゃなくて。班員として…よ」

「あ~…」

火から目を離さないレイはミリアを一瞥もせず淡々と答えた。

「使えるかどうかは別として、今はまだひよっこですらない」

はっきりとユーナの現状を断ずるレイ。

それを聞いてミリアもやっぱり…と言う表情を浮かべる。

「あれの討伐に彼女は連れていくべきかしら?」

「…どうかな。堕神って言うのがどういう存在か…って言うのを心と体に刷り込まれて初めてひよっこだからなぁ…ひよっこになって、そこを越えたら連れて行っていいんじゃない?死ぬ確率が高いうちは連れてかない方がいい」

「刷り込む相手は選り取り見取りよ。この山では苦労はしないわね…」

まぁね…と鼻を鳴らしたレイを見やり、ミリアは顎に手を当てて考え込んだ。

「刷り込む分には困らないとして…彼女越えられるかしら?」

「それは問題ない。あいつの目を見たけど、ありゃ強さの先を見てる奴の目だ。そういう奴は折れないから問題ない。それより…」

レイは竈から一瞬だけ目を離し、鋭くなった眼差しをミリアに向けて問う。

「…ユーナは…あの人の娘だろ?」

その声を聞いてミリアも確信を深めた。

「ええ。恐らく…提出された戸籍の情報だと父母は違う名前だったけど、調べたらその方たちは養父母だったわ。どちらも鬼籍に入られていたけど…ユーナには養親だということは伏せられていたみたいね」

その言葉を聞いてミリアから視線を切ったレイは、竈に揺れる淡い火影を見つめてボソッと呟いた。

「…ようやく探し出して…やっと見つけたと思ったら…なんで軍に居るんだよ…」

「…なんでも徴兵部が直々に出向いて拝み倒したらしいわ…だから手を回して私の下へ」

ミリアは顔を曇らせた。悲しい現実として新兵の生存率は高くない。過酷な墜神との戦闘で、入隊して半分の新兵が3年以内にその若い命を散らせていく。故に軍は常に有用な人材を求めている。スカウト活動もその一環である。

そんなスカウトの結果、鳴り物入りで入隊したユーナを軍から弾き出すのはミリアですら難しい。せめて自らの配下に置き、ユーナの生存率を引き上げようとしたミリアの判断は正しい。

「…何が何でも生き残らせなきゃな…」

火を見つめながら淡々と呟いたレイを見て、ミリアは重たい息を吐く。

火掻き棒による慎重な火加減を終え、火から目を離したレイは真剣な表情でミリアを見た。

「…彼女のフォローはきっちりやる。絶対に死なせはしない…一発やるまでは!!」

雄々しく高らかに宣言されたあまりにあんまりな言葉を聞いて、ミリアは間髪入れずにレイの凛々しい横顔をビンタした。

独楽のようにくるくる回りながら吹き飛ばされてキッチンの壁にぶつかり、レイは目を回して床に転がる。

「全く!!もうっ!さっきまでの真剣さが嘘みたいっ!!」

そう言いながらもミリアはレイに感謝していた。

レイが死なせないと言ったならば、ユーナが死ぬことはない。レイのユーナに対しての軽薄さが、彼の鋼の責任感の裏返しである事を良く知るミリアは、固めた決断を言葉にした。

「じゃぁ…彼女の教育はあなたに任せるわ。しばらくマンツーマンで彼女を仕込んでちょうだい。よろしくね、レイ」

「こ…子種を仕込めば…いいんだな…?」

どこをどう聞き間違えればそう聞こえるのかわからないが、床に転がりながらも己の欲望に忠実なレイの返事を聞いて…

ミリアは表情一つ変えず歩み寄り、返事代わりにレイの顔面を踏み抜いた。

ドゴンっと言う鈍重な衝突音と共に兵舎が大きく揺れる。

「…し…ろっ…」

謎の呟きを残したレイが泡を吹いて手足を痙攣させているが、ミリアはそんなレイの様子にわざと気づかない振りをして、一人になったキッチンで残りのメニューの仕上げに入った。



「美味しかったです!ごちそうさまでした!」

村で仕入れてきたという、薄いライムグリーンで丈の短いワンピースに白のレギンスと言う出で立ちのユーナが明るい声を響かせた。

レイは露出の少ないその衣装に大いに文句を言っていたが、健康的で快活と言うユーナの雰囲気に合わせたエネルギッシュな装いと、華のような笑顔を引き立てるその色合いが良く考えられており、同性のミリアからは好評だった。


ユーナが最後まで味わっていたレイ特製のブラウンシチューは、肉とキノコの深い旨味とコクをスープに溶け込ませながら、具材としての美味しさを損なわないという煮込み料理として完成されたもの。

ミリアが絶賛するのも納得の素晴らしいものだった。

加えて、サイドメニューもよく考えられており、メインを邪魔しないどころか、その余韻を引き出し、あるいは余韻を断ち切り舌をリフレッシュさせる…

狙った効果を十二分に引き出す洗練された調理は完璧の一言につきる。

ミリアの料理の腕前も相当のものだ。


美味しい食事は至上の楽園へと人を誘う。

満足感にあふれた幸せな笑みを浮かべるユーナを見て、ミリアは嬉しそうに微笑んだ。

「お些末さまでした」

そう言うとミリアは洗い物にとりかかる。

ユーナも食器を下げ、ミリアと並んで洗い物を始める。

近くの沢から引く水はメデル山の雪解け水だけあって、身を切るように冷たい。

その冷たい水での水仕事は、二人の女性の体を冷やすには十分だった。

そんな中、唯一の男性であるレイは、と言うと…

亭主関白よろしく一人肘枕でうたた寝…などという暴挙をミリアが許すはずもなく、今外で薪を火にくべてお風呂のお湯を沸かしている真っ最中だ。

働かざる者食うべからずの精神がこの家には溢れている。

夕食後の洗い物はミリア、その間にレイが風呂を沸かし、沸いたら即ミリアが風呂に入って冷えた体を温める、と言うのがこの二年間で出来上がった二人のルールらしい。

この地方での一般的なお風呂はいわゆる日本の五右衛門風呂方式。

内装や浴室の雰囲気は違えど、風呂釜と湯船が一体化していて誰かが外で火を炊いてお湯を沸かす構造は変わらない。

そんなレイから、二人に声がかかる。

「風呂もう入れるぞ~!」

その声を聞いて、ユーナはミリアの顔を見た。

その目はお先にどうぞ!とミリアを促すが…


「折角だからユーナ先に入っちゃいなさい。私はやることがあるから…」

ミリアは洗い物から目線を切ることなく、己の作業をてきぱきと続けている。

ユーナとしてもミリアの好意を無碍には扱えず、そして自身の事情から今日だけは早めにお風呂に入りたいという思いもあり…

「ありがとうございます!」

一言述べると、脱兎のごとくその場を後にし、自室から今日村で買ってきたお風呂用品やタオル、着替えなどを持ってきた。

ユーナはこの三日間、行水はしたが、本格的な湯浴みをしていない。

そんな状況である彼女にとって、お風呂は憂慮すべき事態であり、同時に至上の喜びでもあるのだ。

同性のミリアがそんなユーナの気持ちに気づかないはずはなく、ユーナに一番風呂を譲ったのは当然と言えるが、最大の理由は他にある。

脱衣所に駆け込んだユーナが着衣を解く衣擦れの音が聞こえてきた頃、ミリアは全ての洗い物を終える。

「さてっと…」

エプロンで冷えきった手を拭いながら、ミリアは裏口から外に出た。

そのまま風呂焚き場に向かうと…


音もなく風呂場の格子窓に走り寄る黒い影が一つ。

そのまま名うての潜入工作員を思わせる無駄に洗練された無駄のない無駄な動きで格子窓に取り付く影。

影はミリアに見咎められているとは露知らず、そのまま風呂場の換気用の格子窓を薄くあけ、ユーナが産まれたままの姿で浴室に現れるのを今か今かと待っている。

荒い息遣いは懸垂状態を維持するのに必要な肉体的な負荷によるものではあるまい。


そんな煮えたぎるリビドー全開の影に、凍えるような冷気を伴った声がかけられる。

「何しているのかしら?レイ…」

その声に影がビクッと身を震わせると…

レイは油の切れたブリキ人形のようにギギギギ…と首をミリアの方に向ける。

その顔には滝のような汗が流れている。

「い…いやあ…これは…そう!トレーニング中なんだ!」

「そうなの?けれど今からユーナがお風呂に入るから、トレーニングなら別の場所でやってほしいな~」

ミリアはニコニコと普段の慈愛の笑みを崩さないが、その声はブリザードを思わせるほど冷え切った響きを伴っていた。

「し…しかし…懸垂するならここが一番なんだ!」

懸垂状態のまま固まったレイの白々しい嘘に対して、ミリアの返答はない。

変わりにミリアの背中が淡い白光を放ちだし、その美貌の額に一筋青筋が浮かび上がる。

「お…落ち着け…ミリア…だから…怒らないで…」

「レイ…エッチな悪戯は許さないって言ったわよね?」

ミリアがレイに向かって一歩を踏み出す度、その周囲が闇より深い死地へと変貌していく。

闇夜に立ち上るむせかえるような死の匂い。

それは絶対的な強者の匂い。

弱肉強食の摂理を体現させるその威圧感に、狩られる側に回ったレイは…


怯えの表情が一変し、死の覚悟を決めた武人の顔つきに変わった。

そのレイの左肩が、ミリアの背中と同じように淡く光り出す。

その淡い光は明け方の暗い青を思わせるダークブルー。

その光を見た刹那、ミリアの表情からも笑顔が消える。

「それを使うなら…遊びでは済まないわよ…レイ…」

それでも、追い込まれ、窮鼠猫を噛む状況になったレイの顔つきは、死の覚悟を固めた戦士のものだ。

「知ってるか、ミリア?命そのものに価値はないんだ。何を成したか、何を為すかこそが命の価値を決めるんだ。ここで俺が死んだとしても、何かを成したなら俺の命に価値はある。そして…命を懸けて成すべき何かを決めるのは…誰でもない。俺自身なんだぁぁぁぁぁぁぁ」

「…覗きに命を懸けるって…」

ミリアはあまりのバカさ加減にジト目でレイを見る。

しかしそれも一瞬。

「そう…それならば…あなたの価値を否定してあげる!」

レイの魂の叫びを斬って捨てたミリアに疾風迅雷の蹴撃が襲いかかる。

鞭のようにしなるレイの右足から繰り出されたのは、スライディングからの水面蹴り。

それを一歩上空へ飛んでかわすミリアに迫る二の矢は左上段蹴り。

二の矢をギリギリで身を捻ってかわすミリアの右腕をレイが左手で捉え右の小脇に抱え込み、仕掛けた技は払い巻き込み。

その流れに逆らわず、ミリアは密着したレイの体に全体重を預けてその投げを潰し、同時にレイの背面を左手で叩いて押しのけ、右腕の拘束を引き抜く。

瞬間ミリアの背中から白光が迸る。

それは暁闇の終わりを告げる朝日の光。

ミリアの渾身の一撃を背中に受けて、ずるずるとレイは地面に倒れ込む。

何故か股間を抑えながら…

いつの間にかレイの左肩の青光は消えていた。

それを見たミリアはふうっと一息吐くと、近くにあった薪を縛っていたロープを手に取った。

「昼間あなたを治療したのを忘れたかしら?」

そのまま倒れ伏したレイを見下ろし、縄をピンと張って見せる。

それを見上げるレイの額には玉のような脂汗が浮かびあがっていた。

「…ミ…リア…こっ…これは…卑怯じゃない…?」

ミリアはいつものようにニコッと笑う。

「知っているレイ?命を懸けるって言うのはね、全てを賭けることなのよ?成し遂げるためならなんでもするの。全てを賭けないと成し遂げられなかったからこそ、命懸けの結果には普遍の価値が出るんじゃないかしら?戦闘においてもそれは同じ。持てる物は何でも使うのよ。それは卑怯でもなんでもないわ」

そのままレイを押さえつけて手早く縛り上げると、近くの木に吊し上げた。




「降ろせ…降ろしてくれミリア…邪魔をするなぁぁ…ユーナァ…ユゥゥゥゥナァァァァァァ」

「うるさいわよ、レイ。近所迷惑だから止めなさい」

「ユーナァァァ…ユーナちゃぁぁぁぁん!!!」

吊し上げられてもなお止むことがない、まるで恋人との永遠の別れに涙するようなレイの慟哭が響きわたる中…

「ほんっっっっっとぉぉぉぉに!!あのエロガキは!」

広々とした湯船の中で深々と身を沈め、外の様子を音に聞いていたユーナは、怒りと羞恥で顔を真っ赤に染めてブクブクと深く息を吐いていた。

今日一日を振り返ってみると、レイの自分に対する行動原理は、ユーナが少女時代に経験した生まれ故郷の男の子達の行動原理と変わらない。

つまりかわいい女の子にちょっかいを出して接触を図るあれだ。

幼い頃から美少女として扱われてきたユーナはそういった悪戯にもたびたび遭ってきた。

しかしこの年齢にもなってそう言った愛情表現しかできないのは大人としてどうかと思う。

そんな奴が自分の上官だなんて信じたくもない。


「けれどミリア大佐がいれば安心ね…」

そう一人呟くと、ふっと笑顔が戻る。

ミリアは昼間の誓いを果たしてくれたのだ。

それが互いの全てを出し切る人外の争いになりかけるものだったことを、この時のユーナは知る由もない。

(あのエロガキがいるのは予想外だったけど…ここでの生活も悪くなさそう。それにしてもミリア大佐は凄いなぁ…私もあんな風になりたいなぁ…)

期待と不安を胸に抱えた新生活。

少尉がろくでもないエロガキだったのは予想外だが、大佐は予想以上の人格者であった。

ミリアと共に生活し、任務にあたる自分を想像すると不思議とやる気と幸福感が湧き上がり、ユーナはふにゃりとした笑顔を浮かべる。

そんなユーナの幸せ空間に、ノックという異音が差し込まれた。

ユーナは顔を引き締める。エロガキは吊し上げられて近所迷惑な声を張り上げているので、ノックの主は一人しかいない。

「はい…」

ミリアの突然の訪問にユーナが訝しげに鍵を外し、浴室のドアから脱衣所に顔を出すと…

一糸纏わぬ美の女神のプロポーションがそこにはあった。

「ご一緒しても良いかしら?」

美とはその圧倒的な存在感ゆえに人を一瞬にして沈黙させる。

ユーナは声が出ない。

ユーナの返事を聞くまでもなく、ミリアはそのまま浴室に入ると、かけ湯を始めた。

「は…え…?」

かけ湯が終わるとミリアはゆったりと湯船に身を沈め、長い手足を存分に伸ばした。

そのままユーナの視線に向き合うと、ゆっくりと口を開く。

「レイを吊してる間は、私も覗かれなくて良いもの」

「それって…つまり…」

「ええ。レイの覗きは日常茶飯事よ。逆に覗きに来ないと体調悪いのか心配しちゃうくらい」

「そうなんですか?」

今でも自分の名前を連呼しながら、悲痛な声を上げるレイにジト目を向けるユーナ。

「そうなの。あの子はお盛んだから…」

そう言うと手足を折り畳み、隣にユーナを招いた。

ユーナは誘われるままミリアの隣に身を沈める。

ぽかぽかと体に染み入る熱が心地よい。

二人の間に沈黙が流れる。

心地いい反面、未だ硬い雰囲気をまとった微妙な沈黙。

それを破ったのは、なんとはなしに呟かれたユーナの一言だった。

「ここのお風呂随分広いですね」

この地方は寒冷地であるため、冷えた体を湯で温める入浴文化が根付いている。しかしそうは言っても、大人二人で入ってもまだ十分ゆとりのある湯船はなかなか普通の家庭にはない。なにせ自分の家にわざわざ広い浴槽を備えなくても、町外れには豊富な湯量を誇る温泉が引かれた共同浴場が存在するユティナ村だ。

ちなみにこの村で一番最初に行われた公共事業が共同浴場の設置だったのだから、この村の風呂好きは筋金入りである。

そんな立地であるにも関わらず、これほど広い風呂を備えるのは珍しいの一言につきる。

「うふふ…このお風呂はね、私がわがまま言って、特別に作ってもらったのよ。大きいお風呂で、のんびり邪魔されず手足を伸ばすのは、人間にとって必要な事だと思うわ。レイのせいでなかなかできないけど…」

「大佐も大変ですね…」

「ええ、けど、あの子はいい子よ。ちょっと女性に対してデリカシーがないけれど…」

「はぁ…」

そう聞いてもやっぱりユーナはレイがいい子と言う部分に同意しかねる。

そんなユーナにミリアは遠い目をして話し出す。

「あの子はね、私がある任務で逗留していた町で出会った孤児なの。出会ったばかりの頃は、今からでは想像もできない荒んだ目をしていたわ」

「…そうなんですか?」

「ええ。その町である事件があって…彼はその事件で大きく変わったわ。今彼がここにいるのもその事件のせい。けど…やっぱり変わる価値観はあっても、変わらない価値観もあるものね」

「その事件って…?」

そう尋ねたユーナに何時になく悪戯っぽい笑みを浮かべるミリア。

「知りたい…?」

「凄く知りたいです!」

「どうしようかしら…この話するとレイとても怒るのよね…」

「そこをなんとか…!!」

少しの逡巡のあと、ふふっとミリアは息を吐くと湯船から立ち上がる。

「今日は止めておくわ。とても長い話ですし、これからあなたと話す時間はいっぱいあるもの」

お預けを食らったユーナは不満顔である。

そんなユーナの様子を見てミリアは困ったように微笑むと、ユーナをあやすように代わりの案を提案をする。

「ユーナ。ここにお出でなさい。髪を洗ってあげる!」

「ふえっ!!」

突然の提案に素っ頓狂な声を出すユーナ。

そんなユーナの手を取って湯船から引っ張り出し、強引に椅子に座らせて後ろに立つミリア。

そのまま汲みおいたお湯を手桶で流しながら髪を梳き、頭髪用の香油入りの石鹸を泡立て優しく頭皮と髪を洗っていく。

「綺麗な髪ね…」

「そんなことありませんよ~」

気恥ずかしい気はするが、お風呂で誰かに髪を洗ってもらうなどいつ以来だろうか。

ミリアの優しい手付きは幼い頃母親に髪を洗って貰った記憶を呼び起こす。

ついで思い起こされたのは父親に洗われて少し痛かった記憶。

そんな平和で穏やかだった故郷の甘い記憶が胸に去来し、ユーナの胸を締め付ける。

「ミリアーーーーーーーー!!頼むからこれ解いてぇぇぇぇ~~~~~」

そんな声をバックミュージックに、月だけが女神と妖精の密やかな湯浴みを見ていた。

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