並列兵士 ツインエッジ

目標はブラックホール

　Ｄに乗（の）り込（こ）んだグレンは、宇宙（うちゅう）にいた。

　コックピットは球形（きゅうけい）。足元だけ、すこし平（たい）らになっている。全面（ぜんめん）ディスプレイですべてが見渡（みわた）せ、巨大（きょだい）な銀色（ぎんいろ）の球体（きゅうたい）がうしろに浮（う）かぶ。

　故郷（こきょう）よりも星（ほし）が多く見える。なかでも、横一直線（よこいっちょくせん）は密度（みつど）が濃（こ）い。輝（かがや）きにより、黒（くろ）よりも白（しろ）のほうが多く見えるほど。光であふれていた。

「Ｄが戦闘記録（せんとうきろく）を蓄積（ちくせき）してる、って、どういうことだ？」

「あなた方（がた）、炭素生物（たんそせいぶつ）は、不可能（ふかのう）を可能（かのう）にする力（ちから）があります。それを引き出すためです」

　金属質（きんぞくしつ）な巨人（きょじん）。その中で、迷彩服（めいさいふく）の男性が難（むずか）しい顔になる。頭のうしろをかいた。

「もうちょっと、分かりやすく言ってくれよ。バーティバ」

「例（たと）えば、紅蓮（ぐれん）さんの形成（けいせい）したパワードスーツは、設計図（せっけいず）どおりではありません」

「エンジンじゃなくて、伝播（でんぱ）されたエネルギーで動く。って、オレがやったらしいな。イリヤによると」

「そうです。そのファジーな力こそ、Ｄを変形（へんけい）させ、思いを力に変えるものなのです」

　薄（うす）い黄色（きいろ）を基調（きちょう）としたＤ。

　うしろの遠（とお）く離（はな）れた場所（ばしょ）にも、五体のＤが浮（う）かんでいた。それぞれ色（いろ）が違（ちが）う。

　スラスターの動作確認（どうさかくにん）をおこなっていた。宇宙（うちゅう）に慣（な）れるための操縦（そうじゅう）。しかし、重力制御（じゅうりょくせいぎょ）により、無重力（むじゅうりょく）を苦（く）にせず動く。

　パイロットも両足で立っている。右手と左手それぞれに、金属（きんぞく）の棒（ぼう）を握（にぎ）っているグレン。大柄（おおがら）な身体（からだ）に力を入れて、大声（おおごえ）で叫（さけ）ぶようなポーズを取った。

　Ｄが形を変えた。２つめの装甲（そうこう）に包（つつ）まれたような見た目になる。

「無茶（むちゃ）な変形（へんけい）しても、ちゃんと戻（もど）るなら問題（もんだい）ないな」

「ワタシたちケイ素生物（そせいぶつ）は、できることしかできません。しかし、あなた方（がた）なら、きっと――」

「なんだ？　急に何かが！」

　銀色（ぎんいろ）の部屋（へや）で映像（えいぞう）を見ているバーティバも、それを目にした。

　Ｄの前に、変形前（へんけいまえ）のＤと同じような見た目の、巨大（きょだい）ロボットが現（あらわ）れた。

「白いＤ？」

　グレンの言葉（ことば）に返事（へんじ）はない。

　止まっている。じっと見つめているようだった。

「これは、Ｄシリーズ・タイプＥ、です。自律機動（じりつきどう）により、Ｄに反応（はんのう）したようですね」

「迷彩（めいさい）を使ってたのか？　こんなところで？」

「回収（かいしゅう）して、調（しら）べてみましょう。紅蓮（ぐれん）さん、お願（ねが）いします」

　白（しろ）い巨人（きょじん）の手を引く、薄（うす）い黄色（きいろ）の巨人（きょじん）。さらに巨大（きょだい）な銀色（ぎんいろ）の球体（きゅうたい）の中へ入った。

　全長（ぜんちょう）、約１７００キロメートル。衛星級（えいせいきゅう）マトクスター。その巨大（きょだい）なカタパルトの中に、バーティバが立っていた。

　身長（しんちょう）、約１９０センチメートル。細身。紫味（むらさきみ）を帯（お）びた赤褐色（せきかっしょく）のスーツ姿（すがた）。白（しろ）い帽子（ぼうし）をかぶっていて、銀髪（ぎんぱつ）はサイドの部分（ぶぶん）くらいしか見えない。上部の前方と左右がすこし突（つ）き出（で）ていて、黒（くろ）いつばには黄色（きいろ）の装飾（そうしょく）。

　首を上に向けた。

　銀色（ぎんいろ）の球体（きゅうたい）にある、巨大（きょだい）な横長（よこなが）の穴。あたり一面（いちめん）が、金属光沢（きんぞくこうたく）のある灰色（はいいろ）。

　そこに、２機（き）のＤが並（なら）んで立つ。

　バーティバが白いＤの胸部（きょうぶ）を開き、コックピットへと入る。

　隣（となり）に立つＤが、元の形状（けいじょう）に戻（もど）った。

「情報（じょうほう）は大事（だいじ）だからな。ライラの受（う）け売（う）りだけど。何か、分かったか？」

　Ｄから降（お）りたグレンが聞いた。

「はい。これを送った人たちからの、メッセージがありました」

「なんだって？」

「ムネンを払（はら）おうとする戦士（せんし）に、託（たく）す、と。生身（なまみ）で移動（いどう）する手段（しゅだん）を持たなかったようですね」

　全長（ぜんちょう）、約13メートル。白色（しろいろ）を基調（きちょう）とした機体（きたい）。関節（かんせつ）は緑色（みどりいろ）。装甲（そうこう）に黒（くろ）い部分（ぶぶん）がある。装飾品（そうしょくひん）は銀色（ぎんいろ）。頭部（とうぶ）は人の顔に近（ちか）い。

「よし。バーティバ。操縦（そうじゅう）だ」

　短（みじか）い黒髪（くろかみ）のグレンは、笑顔（えがお）を見せた。

「しかし、ワタシにＤの性能（せいのう）を引き出すことは――」

「やってみないと分からないぜ。いまのバーティバになら、性能（せいのう）を引き出せる。オレを信（しん）じろ」

　Ｄシリーズ・タイプＥの目に、強（つよ）い光（ひかり）が宿（やど）った。

「停雲落月（ていうんらくげつ）。Ｄファイブ。ありがとうございます」

「真（しん）の姿（すがた）を見せるとき、だぜ」

「Ｄエフェクト。展開（てんかい）！」

　ロボットの装甲（そうこう）が変化（へんか）していく。丸（まる）みを帯（お）びている部分（ぶぶん）があまりなくなった。追加装甲（ついかそうこう）を纏（まと）った状態（じょうたい）のパワードスーツに近（ちか）い姿（すがた）。下から上に向かって包んでいる。尖（とが）った部分（ぶぶん）は、あまり突（つ）き出（だ）していない。

　頭部（とうぶ）も変形（へんけい）していた。髪（かみ）がすこし伸（の）びたような形状（けいじょう）。あごの部分（ぶぶん）にかけて角張（かくば）っている口元へと変わった。

「やったぜ。オレのＤとよく似（に）てるな。バーティバ！　操縦（そうじゅう）の練習（れんしゅう）だ」

　ロボットである仮（かり）の身体（からだ）とＤに、最終調整（さいしゅうちょうせい）がおこなわれた。

　まずは、考（かんが）えうる限（かぎ）りの性能向上（せいのうこうじょう）。続（つづ）いて、膨大（ぼうだい）なエネルギーを伝播（でんぱ）させる、奥（おく）の手（て）のシステムを組（く）み込（こ）む。

　衛星級（えいせいきゅう）マトクスターに搭載（とうさい）されているウェーブリアクターは、50基（き）。

　最大出力（さいだいしゅつりょく）は、１基（き）１０００ギガクーロン・ボルト。

　リミッターを外した場合（ばあ）、驚異的（きょういてき）に性能（せいのう）が上がるものの、使用後（しようご）はしばらく性能（せいのう）が落（お）ちてしまう。

「諸刃（もろは）の剣（つるぎ）なので、多用（たよう）は禁物（きんもつ）です」

　メタリックな輝（かがや）きを放（はな）つ灰色（はいいろ）の艦橋（かんきょう）。壁（かべ）がディスプレイになっていて、周りが映（うつ）っている。

　銀色一色（ぎんいろいっしょく）のマトクスター内。カタパルト前方の扉（とびら）が開いて、黒（くろ）い宇宙（うちゅう）が見えた。

　バーティバは、一番高（いちばんたか）い位置（いち）に座（すわ）っていなかった。十歳くらいの男の子が、ちょこんと座（すわ）っていた。無表情（むひょうじょう）。白（しろ）い帽子（ぼうし）をかぶっている。

「どうも。アルヴァタが、艦長（かんちょう）ダイリとして、発進（はっしん）サセマス」

「ああ。どうも。……帽子（ぼうし）、いいのか？」

　灰色（はいいろ）の迷彩服姿（めいさいふくすがた）のグレンが、銀髪（ぎんぱつ）を隠（かく）していないバーティバに尋（たず）ねた。

「はい。友人（ゆうじん）も、船（ふね）に乗（の）っているほうが、落（お）ち着（つ）くと思います」

　赤（あか）い服のウリセスが微笑（ほほえ）む。

「いいこと言うじゃねぇか。行こうぜ。一緒（いっしょ）に、よお」

　一般的（いっぱんてき）な軍艦（ぐんかん）よりも広い艦橋（かんきょう）には、低（ひく）い部分（ぶぶん）に席（せき）がずらりと並（なら）ぶ。赤橙色（あかだいだいいろ）のメタリックなロボットが、キーボードの前に座（すわ）っていた。

　じつは、指を使わず遠隔操作（えんかくそうさ）が可能（かのう）。見た目を重（おも）んじる炭素生物（たんそせいぶつ）に配慮（はいりょ）したものである。

　座（すわ）らずに立つのは、七人の戦士（せんし）。

　精鋭（せいえい）のツインタイム使いが並（なら）んでいた。

　流線形（りゅうせんけい）の巨大（きょだい）な船（ふね）は、さらに巨大（きょだい）な丸（まる）い球体（きゅうたい）から飛（と）び出（だ）した。

「では、説明（せつめい）します。こちらの図をご覧（らん）ください」

　小豆色（あずきいろ）のスーツに同色（どうしょく）のネクタイ姿（すがた）のバーティバが、立体映像（りったいえいぞう）を起動（きどう）した。

　リカイネンの艦橋（かんきょう）。中央部分（ちゅうおうぶぶん）のくぼみを前に、色（いろ）とりどりの服装（ふくそう）の七人が見上げる。

　真（ま）ん中（なか）に、上下に光を噴射（ふんしゃ）する巨大（きょだい）な黒（くろ）い球体（きゅうたい）。その周りの広範囲（こうはんい）に、赤（あか）い丸（まる）が点在（てんざい）している。こちらも球体（きゅうたい）。

「一番外（いちばんそと）の赤（あか）い球体（きゅうたい）を結（むす）ぶと。いや、つまり直径（ちょっけい）が１光年（こうねん）、だったか？」

　黄色（きいろ）い服のディエゴが尋（たず）ねた。

「そうです。０・３パーセクの範囲（はんい）で、赤（あか）い防衛装置（ぼうえいそうち）が配備（はいび）されています」

「真（ま）ん中（なか）はブラックホール、だろ？　ムネンの中枢（ちゅうすう）、クサリはどこなんだ？」

　緑色（みどりいろ）の迷彩服姿（めいさいふくすがた）のアイザックも質問（しつもん）した。

「ここです。半径（はんけい）の中心（ちゅうしん）。しかし、直接（ちょくせつ）ビームで狙（ねら）っても効果（こうか）はありません」

「知ってるぞ。オレ。何もないように見えて、宇宙（うちゅう）には色々（いろいろ）あるから、減退（げんたい）するんだろ？」

「そのとおりです、紅蓮（ぐれん）さん。さらに、赤（あか）い防衛装置（ぼうえいそうち）がフォトンシールドを展開（てんかい）します」

　黄緑色（きみどりいろ）の服のファリアが手を上げた。

「防衛装置（ぼうえいそうち）に、何かいい名前（なまえ）を付（つ）けないの？　呼（よ）びにくいわ」

「実（じつ）は、すでにあります。アカダルマ」

「えーっと。誰（だれ）が付（つ）けたのかは、聞かないでおきますわ」

「防衛装置（ぼうえいそうち）は、アカダルマだけではないのです」

　黒（くろ）い球体（きゅうたい）。上下に噴射（ふんしゃ）されている光の位置（いち）に、それぞれ青（あお）い四角推（しかくすい）が表示（ひょうじ）された。ピラミッドのような見た目で、広い部分（ぶぶん）を球体側（きゅうたいがわ）に向けている。

「おい、こいつは、まさか」

　赤（あか）い服のウリセスがうろたえていた。

「このアオボウシは、ブラックホールエンジン。アカダルマにエネルギーを伝播（でんぱ）しています」

「吸（す）い込（こ）まれた星（ほし）が圧縮（あっしゅく）されて、超高温（ちょうこうおん）になったガスが噴（ふ）き出（だ）している。だったな？」

　ニヒルな笑（え）みを浮（う）かべて、アイザックが解説（かいせつ）した。

　星（ほし）を吸（す）い込（こ）むときに、ガスや塵（ちり）が周りに巻（ま）き付（つ）いてできる円盤（えんばん）は、簡略図（かんりゃくず）では省略（しょうりゃく）されていた。降着円盤（こうちゃくえんばん）と呼（よ）ばれる。

「エネルギーを利用（りよう）してるのか。ようするに、これを壊（こわ）せば、アカダルマを止められる？」

「いいえ。伝播（でんぱ）させている装置（そうち）は、ほかにもあります。ですが、性能（せいのう）はかなり落ちるはずです」

　水色（みずいろ）の服のチャンドラが口を開く。

「その装置（そうち）は、どこにあるんだい？」

「クサリの周囲（しゅうい）にのみ、緑（みどり）の防衛装置（ぼうえいそうち）、ミドリタンスが配備（はいび）されています」

　真剣（しんけん）な表情（ひょうじょう）で図（ず）を示（しめ）すバーティバ。グレンが笑い出した。

「反則（はんそく）だろ。作戦会議（さくせんかいぎ）で笑わせやがって。それで、どんな機能（きのう）があるんだ？」

「荷電粒子砲（かでんりゅうしほう）の使用（しよう）と、エネルギーの伝播（でんぱ）が可能（かのう）で、最大出力（さいだいしゅつりょく）は１００ギガクーロン・ボルトです」

「撃（う）つのに、最低（さいて）で、10ギガクーロン・ボルトだったかしら。けっこう撃（う）たれそうね」

「ミドリタンスを守（まも）るための、アカダルマ。そういう名前（なまえ）、か」

「会心（かいしん）の一手（いって）はあります。ワープで、アオボウシを強襲（きょうしゅう）。ただし、危険（きけん）を伴（ともな）います」

　二人の手が上がった。

「俺（おれ）にやらせてくれ。こう見えても、不測（ふそく）の事態（じたい）ってやつに強（つよ）いんだ」

　ウリセスの太（ふと）い眉毛（まゆげ）に力が入った。

「運（うん）はいいほうなんだ。大丈夫（だいじょうぶ）。やってみせるさ」

　ディエゴの厚（あつ）い唇（くちびる）に力が入った。

　グレンの目にも力が入る。

「ああ。ウリセス。ディエゴ。頼（たの）む」

「よろしくお願（ねが）いします。ここからは具体的（ぐたいてき）な話になりますが――」

　ブラックホールエンジンである、アオボウシへの強襲（きょうしゅう）が決定（けってい）した。破壊（はかい）できれば、アカダルマの機能（きのう）を著（いちじる）しく低下（ていか）させることができる。フォトン武装（ぶそう）を使う、赤（あか）い防衛装置（ぼうえいそうち）。

　守（まも）りは堅（かた）い。とはいえ、効果（こうか）は大きい。

　緑（みどり）の防衛装置（ぼうえいそうち）は、荷電粒子砲（かでんりゅうしほう）を備（そな）えている。亜光速（あこうそく）で放（はな）たれるビームは、秒速（びょうそく）、約29万（まん）キロメートル。リアクターを持（も）つために、破壊（はかい）が必須（ひっす）なミドリタンス。

　強襲（きょうしゅう）が成功（せいこう）しても、防衛装置（ぼうえいそうち）は止まらない。なお厳（きび）しい状況（じょうきょう）であることに変わりはない。