最終章 ツインエッジ

時空並列通信

 地球を出発する、すこし前。

 アメリカのツインタイム使いが微笑む。短い黒髪。

「もう一度、頼むぜ。バーティバ」

「時空並列通信によって、ツインタイム使い同士が、距離に関係なく意思疎通可能です」

 サイドがすこし伸びた銀髪の男性も、微笑していた。小豆色のスーツに、同じ色のネクタイ姿。

 インドのツインタイム使いは、身体からだを傾けている。耳が大きい。

「もとのシステムは、敵であるムネンのもの。大丈夫かい?」

「問題ありません。チャンドラ・ラーオさん。ワタシたちケイ素生物が、宇宙で使用しています」

 フィリピンのツインタイム使いが右手を上げた。厚い唇が開く。

「どうやって使う? この身体からだに内蔵されているのか?」

「さすが、ディエゴ・グイントさん。一葉知秋いちようちしゅう。これから生成します」

 背の高いバーティバは、六人の仮の身体からだに順番に手を触れた。

 パキスタンのツインタイム使いの頬が染まり、眉を下げる。つり目ぎみ。

「うっかりしないでください。あなたが頼りなのよ?」

「ケイ素生物なら可能です。ファリア・サルターンさん。ワタシである必要は、ないはずですが」

 たぐいまれな演算能力を持つ、ケイ素生物。分子構造の変化ができる。ツインタイムの力を借りて。

 メキシコのツインタイム使いは、腕を組んでいる。太い眉毛が動く。

「おまえじゃなきゃ、意味ないだろ。全員、そう思ってる。だろ?」

 組んでいた腕を下ろしたときには、みんながうなずいていた。

「ウリセス・クルキッチさん。感謝します。特別な感情を抱いているのは、ワタシだけかと考えていました」

 アメリカの二人目のツインタイム使いは、ニヒルな笑みを浮かべている。高い鼻が鳴った。

「これまで出会った友人たちも、皆そう思ってるさ。で。通信は、どうやって使う?」

「アイザック・フラッグさん。これを覚えてください。スイッチは、ここです」

 左手が金属製のテーブルに置かれ、設計図の書かれた紙が生成された。右手が一点を示している。

「もういいでしょう。フルネームで呼ばなくても」

「そうですね。親交が深まったようです」

「目に見える数値で表されるものではない、と思うぜ。それは」

成程なるほど。アイザックさんの言うことにも、一理あります」

 全員分が生成され、配られた。

「フォトン武装に比べたら、覚えやすいな」

 靴が動いた。クリーム色。短い黒髪のグレンは、窓の外を見た。

 暗黒のなかを、白いものが舞っている。部屋からもれる光に照らされて、降る雪。

 窓を開けた。息は白くない。仮の身体からだは金属。

 そもそも、呼吸が必要ない。

 灰色の迷彩服が窓の外にのびて、右手がきつく握られた。


 部屋に差し込む朝日。

 食堂で三人と話をするグレン。私服。全員、十八歳。

「え? もう出発したって?」

「なんで聞いてないのかが、分からないよ。ボクには」

 内容とは裏腹に、優しい声のイリヤ。普通よりすこし伸びている、濃い茶色の髪。白いシャツと、灰色のパンツ姿。青い上着は、椅子にかけられている。食堂は暖房で暖かい。

「あたしたちが騒いでたから。声かけにくかったんでしょ? 反省」

 かわいらしい声を出したエリカは、うしろで髪をまとめていた。おおげさに頭を抱えて、薄い茶色の髪が乱れる。コーラルピンクのシャツに、クリーム色のパンツ姿。オレンジ色の上着は、ひざの上に置いてある。

「別動隊の四人は、わたしと同じくらい、恥ずかしがり屋だと推測できます」

 よく通る声のライラ。言ったあとで微笑した。金髪ミドルヘアが揺れる。白に近い水色のシャツに、水色のパンツ姿。白い上着は、椅子にかけられていた。

「さて。出発する前に、着替えるか」

 微笑んで立ち上がったグレン。灰色のシャツに、黒いパンツ姿。赤い革製の上着を羽織る。首には褐色のスカーフを巻いた。

「何を着ても同じでしょ?」

「気分の問題なんだよ。気分の」


 ニュージャージー州のフォート・リー基地。

 東の低い位置に太陽がある。ニューヨーク市の摩天楼まてんろうから光がのびていた。気温は低い。広い場所に、たくさんの兵士が集まっていた。

「何もできないなんて、悔しいっす」

「彼らは、思いを力に変えている。無事を祈ることが、おれたちに出来ること」

「戻ってくるまでに、自分は、ニューヨーク市の片付け! やります」

「そうだね。具合が悪くなったら、無理せず私に言ってちょうだい」

 長身のバーティバも立っている。小豆色のスーツ姿。銀髪は光に照らされ、すこし青い。

 たくさんの人々の真ん中には、銀色の装置が6つ並んでいる。幅は小型自動車並。高さ、約1メートル。

「寒いだろ?」

 声をかけた、灰色の迷彩服姿の男性。胸と二の腕の部分にポケットがある。身長、約180センチメートル。筋骨隆々とした身体からだ。褐色のスカーフを右手に持っていた。

「そりゃ、冬だから、寒いわよ」

 オレンジ色の上着に、クリーム色のパンツ姿の女性。すこし口をとがらせていた。身長、約160センチメートル。健康的な姿態。

「ほら。ムネンをぶっ壊したショックで、何か起こらないとも限らないから、な。お守りだ」

「分かったわ。それ、もらうから。絶対に帰ってくること」

「命令か?」

「約束よ」

 エリカが右手を握る。前に突き出された。

 グレンも右手を握る。前に突き出した。二人は拳を合わせた。

「みんな。いくぜ!」

 グレンが叫んで、雄叫おたけびが上がる。

 左側のカプセルに入る、六人のツインタイム使い。

 それぞれ一人ずつ隣に立っている。グレンの隣にはエリカ。スイッチが押された。

 2つあるカプセルは、約20度の傾斜。足のほうが低い。右側の物質が、使用者の仮の身体からだになる。四角い装甲が特徴的な、メタリックな赤橙色のロボットが入っていた。

 上は、スライド式の引き戸。足側に向かい動く。閉まった。

 引き戸の透明部分が黒くなり、中が見えなくなる。装置を使用した者の時間を止めるという機能のため、光も止まり観測不能。

 右側の引き戸が開いた。

 入ったときと変わらない姿の、六人が現れた。

 左手を握っていたエリカから離れて、バーティバが言う。

「では、恒例の、あれをやりましょう」

 すこし眉を下げたファリアが説得されて、七人のツインタイム使いが並んだ。

変身へんしん!」

 説明しよう。

 ツインタイムの機能により、思いは力に変わる。

 仮の身体からだを、パワードスーツがまとった姿に変形させることができるのだ。触れた物質を変化させ、武器を生成することもできる。物質の変化には、同程度の質量が必要となる。

 パワードスーツの設計図と構造を、身体からだで覚えたツインタイム使いたち。肉眼では到底確認できない一瞬のうちに、変身を完了させることができるのだ。

「誰に言ってるんですか? 将軍しょうぐん

 ライラが、軍服姿の中年男性に質問した。

「任務中には言えないのだよ、立場上。分かってくれたまえ」

 紺色の上着に同色のネクタイ。装飾は黄色。濃い青色のパンツ。渋い声のホレイシオ中将ちゅうじょうは、満足そうな表情だった。

 パワードスーツは、メタリックな輝き。関節と装甲に色の違う部分がある。

 昆虫の外骨格のような見た目。目の位置にはバイザー。口元はフェイスマスクの形状。顔に見える。

「フォトンウォールは万能じゃない。ごめん。対策は、動き続けるしかない」

 うつむいたイリヤ。

 白に近い薄緑色のパワードスーツ姿の人物がポーズを取る。

追加装着ついかそうちゃく!」

 アレカヤシの葉のような、とがった装甲に包まれた。下から上に向いている。

 イリヤの肩に右手を置いた。

「光の速さだろうがなんだろうが、オレに任せろ」

 口を開いたエリカは、何も言わずに口を閉じた。

 イリヤも、ライラも、将軍しょうぐんも、兵士たちも、何も言わなかった。

 紺色のパワードスーツ姿の人物が呟く。

「機動」

 花びらのような追加装甲が現れた。下から上に、すこし鋭さを向ける。

 グレンに手招きをしたあとで、話し出す。

「ツインタイムは、あの個体が管理してくれます。念には念を入れましょう」

 七人が同じ方向を見る。

 エリカたちのうしろ。周囲の人より頭一つ分高い、銀髪がかたむく。バーティバと同じ見た目の人物が立っていた。地球を守るために生まれた、分身のような存在。

 電子音がした。

 エリカの手にある情報端末じょうほうたんまつで、写真が撮られた。


「これからは、時空並列通信で会話をしましょう。慣れが必要です」

 バーティバは六人に向けて話した。

「複数人にも会話できるのか。最初に言えよ。バーティバ」

 グレンも、時空並列通信で六人に向けて話した。

 パワードスーツを解除している七人。人間の姿で、巨大な銀色の船の上にいた。

 全長、約100キロメートル。

 以降の会話は、しばらく時空並列通信でおこなわれる。

「ムネンとその中枢、クサリ。人々に真実を公表しなくても、よかったのですか?」

 クサリの昔の姿をしてコピーされ続けている星、亜地球。そして、太陽系全体がコピー。

 ツインタイムの機能の基は、物質変化と並列化のシステム。ムネンの技術。

 星々を縛る神経細胞。それがムネンの本質。

 新たな亜地球は造られつづける。歴史を途中まで再現するという形で。

 ここは、1億番目の亜地球。

「僕は、プレッシャーに弱い。言わないでくれて助かった」

 チャンドラは、テーブル状の台地を見ていた。水色の服。

 緑に覆われた低い場所から、崖が広範囲に突き出している。南半球に降り注ぐ日差しは強い。だが、仮の身体からだはその熱を感じていなかった。

「戻ってから疲れるのは、勘弁願いたいね。俺は」

 ウリセスは苦笑いしていた。赤色の服。

「信じられない人もいるだろう。ぼくも、これでいい」

 ディエゴは太陽を見ていた。黄色の服。

 1つの亜地球上で炭素生物の知的生命体が増えすぎると、ムネンに捉まってしまう。

 個人の意識がなくなり、ネットワークの一部と化す。

 条件を満たすと、意識を奪うために月が動く。

 あま川銀河がわぎんがの広範囲を管理下に置いているムネン。

 解放される道は1つ。中枢である、クサリを破壊するしかない。

「英雄になれるというのに。みなさん、無欲なこと。わたくしも、人のことは言えないけど」

 ファリアは微笑していた。黄緑色の服。

「おれたちが戻ってきたときに、覚えてる奴がいれば。英雄になるのも悪くない、けどな」

 アイザックは、右の頬に力を入れた。すこし悲しそうな声。緑色の迷彩服。

 灰色の迷彩服のグレンが、話題に乗った。

「宇宙での高速戦闘は、時間の流れを置き去りにする、って話だろ?」

「そうです。100年程度は経過するかもしれません。それでも、戦っていただけますか?」

「何、言ってんだ。いまさら。出発しようぜ」

 ハッチが作動。七人のツインタイム使いが、浮島級リカイネンに乗り込んだ。

 上部が変形。戦艦のような見た目から流線型に。前面と比べて、うしろはすこし角張っていた。

 銀色の軍艦は、前触れもなく宙に浮かんだ。

 下には、滝が流れ落ちている台地。

 リカイネンの力の源、ウェーブリアクター。最大出力は、1基500ギガクーロン・ボルト。それを6基搭載している。

 重力制御によって、急加速の影響はない。マッハ3を超えても、熱の壁の影響を受けない。

 一瞬で大気圏外まで上昇した。そこからゆっくりと進み続ける。

 グレンたちは、外部の映像が見られる場所に着いていなかった。船が人工衛星の軌道を過ぎていく。

「あ。地球、見ておけばよかったな。まあ、帰ってきてからでいいか」


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