ケッセン前夜
「なんか、ずいぶん昔のことのような気がするぜ」
「そうね」
十八歳の男女は、木製のベンチに座っていた。私服。
赤い革製の上着に黒いパンツ。首に褐色のスカーフを巻いているグレン。たくましい体つき。日々鍛えている。短髪は黒色。
目の前には、緑のじゅうたん。先に広がる茶色の木々と、地面を見ている。息が白い。
「色々、複雑な気分になるな。この場所も」
「うん」
隣に座るエリカは、オレンジ色の上着にクリーム色のパンツ。辺りを見て、落ち着かない様子。淡い茶色の長い髪は結ばれていない。白い息を吐く。
「どうした? 熱でもあるのか?」
グレンが顔を近づけて、エリカの長いまつげが下を向く。
鈍い音がした。
「痛いでしょ! おでこが!」
「なんだ。いつもどおりじゃないか。準備完了まで羽を伸ばそうぜ」
「セントラル・パークでのんびりできるなんて、思わなかったわ。でしょ?」
広い公園にも、ニューヨーク市にも、まだ人はいない。
グレンは空を見上げた。日光は、東の低い位置から差し込んでいる。
「ハッピーホリデーまでに、なんとかしたかったんだけど、な」
「来年があるでしょ」
「そういえば、そうだな」
隣に座る二人の姿を、色付いた木々だけが見ていた。
「特殊装甲が無理でも、防御機能なら作れる」
「亜光速の粒子ビームを、目視で回避することは不可能ですからね」
十八歳の男女は、工場のなかに座っていた。二人とも灰色の迷彩服。
中肉中背ながら細身ではないイリヤ。鍛えていた。濃い茶色の髪は、最近切られていない。普通よりすこし伸びている。
「せめて、30万キロメートル以上離れた場合に、完璧に防げるものを目指そう」
「重力制御装置の応用で、曲げることができるのでは?」
ライラは、イリヤよりすこしだけ背が低い。色白。金髪ミドルヘアは、照明を浴びて輝いていた。
「ただ曲げるだけだと、それすら利用して、うしろへの攻撃に使われるかもしれない」
イリヤが考え込んで、ライラが顔を覗き込んだ。すこし表情をゆるめる。
「では、フォトン武装を用いて、複合的な防御を目指しましょう」
「なるほど。やっぱり、色々な人がいて、色々な考えがあったほうがいいよね」
「そうですね。わたし一人では、無理です」
工場の北西には、巨大な黒いロボットと濃い青色のロボットが立っていた。黒いロボットの両腕は、きれいに直されていた。
「炭素生物と、ケイ素生物、か」
「人と人とも、同じですよね」
「うん。そうだね。だから、絶対に勝たないと」
肩を並べる二人を、二機のロボットだけが見ていた。
ニューヨーク市マンハッタン区。
西には、ハドソン川。北から南へと雄大な流れを絶やさない。流れに沿って、付近の道や建物は並んでいる。
川に架かるのは、全長、約1キロメートルのハドソン・リバー・ブリッジ。
べつの亜地球では、ジョージ・ワシントン・ブリッジという名称。巨大な鋼の吊り橋。上層8車線。下層6車線。ニュージャージー州のフォート・リーという街につながっている。
そこにあるのは、陸軍の軍事施設。
第5軍。北方陸軍、
ニューヨーク奪還作戦のため、ほかの部隊の基地を臨時で使っている。作戦が完了した今でも、返却はされていない。
まだ、戦いは終わっていない。
「やっぱり、どうも落ち着かないわ」
基地の東側。広い土地が、南北に長く続いている。その気になれば陸上競技も可能。
南側に立つエリカは、灰色の迷彩服姿。うしろで束ねられている髪が、風に揺られた。影が長くのびる。
「せっかくの休みなのに。なんてな。じつは、オレも」
グレンは北側に立つ。おなじく灰色の迷彩服姿。
南側から太陽が照らしている。すこし西に傾いていた。
二人は、練習用の棒を左手に持った。当たってもすぐ折れ曲がる、柔らかい材質。長さ30センチメートル。右手にも持った。
すこし離れた位置に立つ、二人。
「ツインタイム、使わなくていいの?」
「邪魔しちゃ悪いだろ?」
「四人そろって、休みまで基地に来るなんて」
「クレイジーだな」
グレンが構えた。エリカも構える。
言葉もなく、模擬戦が始まった。
寒いなか、うっすらと汗をにじませながら、二人は真剣な顔で勝負を続けた。
何かを話して笑っていた。
6対4。
模擬戦は終わった。
「じつは、四人だけではないのです」
サイドがすこし伸びている銀髪が、風に揺られる。赤褐色のスーツを
「早いな。準備できたのか?」
グレンは驚いたような表情ではなかった。微笑している。
「いいえ。
「いつから、いたのよ」
エリカは眉を下げていた。
「いいだろ。別に。よし。工場で二人にも会っていけよ」
バーティバは、すこし目を細めた。
「落ち着かなかったのは、ワタシだったのかもしれませんね」
三人は、大きな工場の南側のドアを開いた。
中は暖房ですこし暖かい。肩を寄せ合った迷彩服が2つならんでいた。
「こんにちは。
バーティバが爽やかな笑顔で言った。
グレンとエリカは、顔を見合わせた。
「ちょうど、発想の転換を求めてたところだよ」
「そうですね。休憩にしましょう」
灰色の迷彩服のイリヤとライラが、立ち上がって柔軟体操を始めた。
グレンは、残念そうな顔で唸っていた。
バーティバは、すこしだけ眉を下げた。グレンのほうを見ている。
エリカが笑顔になる。
「想像していたよりは、みんな普通だったわ」
「なんの話だよ? あ。四人で初めて会ったときのことか?」
グレンの表情が普段どおりになった。
「そう。飛び級で大学卒業してるっていう情報から、もっと、こう――」
「とっつきにくい感じだと思った?」
「わたしは、自分を過大評価していないので。正直に言っていいですよ」
ライラも
「最初に比べたら、もう、なんというか、普通だな。写真見るか? 最初の頃の」
「却下します」
眉間に力が入ったライラは、すこし頬を染めていた。
エリカが息を吐き出す。
「いまでも、グレンが飛び級してるっていうのが、信じられない」
「イリヤがいなかったら、ムリだったぜ」
「ボクのほうが、気分転換に付き合ってもらったって感じだったよ」
微笑んで聞いていたバーティバが、
「炭素生物にとって、食事は重要なものです。お二人で、どうぞ」
イリヤは不思議そうな顔。
「あれ? もう、こんな時間か」
「では、食事にしましょうか」
ライラは、すこしだけ柔らかな表情だ。二人は、工場から出ていった。
「炭素生物もケイ素生物も、あまり変わらないと思う。あたし」
「だよな。いや、バーティバの努力の
「すべては、
バーティバの言葉に、グレンは口角を上げた。
「気になってたんだけどさ。性別ないなら、なんでその姿なんだ? 趣味か?」
「はい。エリカさんのような見た目のほうが、お好みなのですか?」
エリカの口が閉じられ、力が入った。
「そういう話じゃなくてさ。だったら、見た目を女性にするべきじゃないか?」
「おお。それは盲点でした。どのような姿がいいと思いますか?」
「なんで、あたしに聞くのよ」
すこし頬を染めたエリカは、そっぽを向いた。
「たまには、バーティバが、スイッチ押してくれてもいいだろ?」
「そうですね。掛け声は、よろしいですか?」
左側のカプセルに入ったグレンを、背の高い銀髪のバーティバが見下ろしていた。男性に見える。
「ツインタイム、起動!」
「
スイッチが押された。引き戸がスライドし、透明部分が黒くなる。
銀色の装置は、右側に入れた物質で仮の
その瞬間が、写真に撮られた。バーティバが手にする
「どうやって移動する? エリカ、絶対寒いぜ。海の上」
「あたしに聞かないでよ」
迷彩服のエリカは、しおらしくしていた。横に動く首。淡い茶色の髪が揺れた。
「お二人でハガネに乗る、という手があります。別の船には、複座のDもあったのですが」
バーティバは、うしろも見ずに工場南のドアを開けた。
冷たい空気とともに、長く伸びる日差しが入ってきた。すこし西から。
うしろ姿を見せる男性の髪が、青みを帯びて見えた。
「あいかわらずだな。バーティバは」
「え? ちょっと」
グレンは、エリカを横抱きにして、濃い青色のハガネの首まで飛んだ。
搭乗操作でゴーグル部分が開く。中の空洞が見える。全面ディスプレイに、工場内と開いたドアの先が映っていた。
「やりにくいな。やっぱり一人用だ。どうする? 座ってもいいぞ」
「戦うわけじゃないんだから、このままでいいでしょ」
「それも、そうだな」
エリカが前に立っても、グレンの視界が遮られることはない。
ハガネのゴーグルが閉じる。光った。バーティバに続いて宙に浮かび、南へ飛び立った。
重力制御がおこなわれているコックピット。急加速しても、大きく揺れることはない。エリカの重心が、すこし傾いた。
「言うの、ちょっと恥ずかしいんだけど」
「どうした?」
「着いたら、これ、操縦させてよ」
「危ないだろ。ツインタイム使ってないんだぞ」
グレンは、大海原の上であきれ顔だった。頭をかこうとして、手に金属の棒を持っているのでやめた。
「ツインタイム使ってても、危ないでしょ」
「まあ、そうだな。あんまり長く使ってると、元の
「やっと言ってくれた」
エリカのふくれっつらは、グレンには見えなかった。
「言わなくていいだろ?」
「真実から逃げない、とか言ってたのは、誰でしたっけ?」
「オレだ!」
飛行時間は短かった。
小豆色に包まれたバーティバと、濃い青色のハガネは、銀色の巨大な船に着艦した。
南アメリカ大陸。ベネズエラ南東部。
カナイマ国立公園の、テーブル状の台地。標高2500メートル。
下に向け、巨大な滝が流れ落ちていた。
上部が戦艦のような見た目の、銀色の船が台地に乗っている。ただ、とてつもなく大きい。浮島級リカイネン。
真上に突き出した台地の下には、森の緑。南半球は初夏だった。複雑な地形が広がり、まるで別世界。
「この場所に船を置いてるのも、趣味なのか?」
ハッチの前で、グレンが聞いた。
「それもありますが、陸の孤島になっているので。万が一の備えです」
バーティバが答えて、ドアが開いた。
「空中で静止させないの?」
「迷彩で見えない場合、飛行機が危険です。一寸先は闇」
エリカの問いにバーティバが答えて、ドアが閉まった。
四角い箱が下へ移動していく。
三人は、Dが立つ格納庫にやってきた。辺りは銀色。
Dシリーズ・タイプA。全長、約13メートル。薄い黄色を基調とした機体。丸みを帯びている部分が多い。ほぼ金属の体には、緑や赤の部分がある。装飾品は黒色。頭部は人の顔に近い。
「本当に彫刻みたいね」
見上げるエリカ。長い髪が揺れる。いつも以上に背が低く見えた。
「その感想は間違っていません。ワタシたち、ケイ素生物の構造に近いのですから」
「え? これ、人間だったのか?」
短髪のグレンは、ふだんより大きな声を出した。
「遺伝情報と同じように、設計図を内包しているため、時間をかけることで自己修復が可能です」
銀髪のバーティバは無表情である。
「たしか、遺伝情報って、とんでもない情報量があるんだろ? 覚えるの、オレには無理そうだ」
「自分で考えはしないけど、生きてる、ってことよね?」
「あなた方の基準では、人間には該当しないはず。おや。前にも同じことを言った気がします」
「ロボットに乗る場合は、相棒、って言うものだろ?」
「
「そういえば、そうだったな。操作練習しとくか」
グレンは、仮の
胸の装甲のあいだに手を伸ばし、スイッチを押す。装甲が横に開いた。
グレンが、胸に開いた穴に入る。球形のコックピット内に、周りの景色が映った。元に戻る胸部装甲。
Dの目に光がともった。
「どこから発進するんだ? これ」
薄い黄色の巨人から、グレンの声が響いた。
「練習って、まさか、ビーム使う気じゃないでしょうね。国立公園に穴開けないでよ」
エリカは本気で心配していた。
「ビーム使えるのか? ちょっと宇宙まで行ってきていいか?」
「荷電粒子砲を使用するには、最低、10ギガクーロン・ボルトが必要です」
グレンの問いに、バーティバが答えた。
「なんで、使わせる気満々なのよ」
「こいつのエネルギーって、どのくらいだ?」
「1基のウェーブリアクターで、500ギガクーロン・ボルト。このDは、2基搭載しています」
バーティバの表情は、すこし緩んでいた。
「ん。まてよ。最低10ギガなんとかって、もっと必要なのか?」
「発射まで時間のかかる、安定した中性粒子ビーム砲だと、単純に倍だと思ってください」
「なるほど。それを防ぐ方法を、イリヤは考えてるんだな」
響くグレンの声には、嬉しさの色が混じっていた。
エリカは、二人の会話を黙って聞いていた。
「ビームで星を破壊することは、困難だと思われます」
「反物質ってやつは?」
「物質だらけの宇宙では、すぐに
「やっぱり、そう簡単にはいかないか」
「では、もう一度、見せてください。Dの真の姿を」
「お。そうくるか。気合い入れるぞ」
「はい。お願いします」
「D! アクセル!」
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