断金之交

 グレンがイミテーションを使用してから、2時間35分後。

 ニュージャージー州のフォート・リー基地。

 工場内。

 北西に巨大ロボットの姿。黒色と、濃い青色が並んで立っていた。

 暖房がかかっている。しかし、完全に暖まってはいない。工場は広い。北東からすこし西の壁際。灰色の装置の上部。引き戸がスライドしていく。

 カプセルが開いた。

 灰色の迷彩服を着た男性が、左側のカプセルから出てくる。

「ついつい、話し込んじゃったぜ」

 体つきがよく、背が高い。黒い短髪。眉を下げたグレン。腕を回したあとで、柔軟体操を始めた。

「おかえり。どうしたの? 大丈夫?」

 迷彩服姿の女性が、優しい言葉をかけた。かわいらしい声。背が低い。体つきは悪くない。淡い茶色の長い髪が、うしろで結ばれている。

「やっぱり、時間を止める機能がないから、身体からだへの負担が大きいんだ」

 イリヤが言った。迷彩服は作業着がわり。中肉中背。痩せ型ではなく、鍛えている。髪は濃い茶色で、すこしだけ伸びている。

「破壊しますか?」

 紺色の服にスカート姿のライラが、真剣な表情で言った。色白。胸元から白いシャツが覗く。表情を緩ませて、微笑する。金髪ミドルヘアがわずかに揺れた。

「とりあえず、司令部にいこうぜ。将軍しょうぐんは、なんて言ってた?」

 グレンが聞いた。

「そうですね。お供します。親交を深めるのが、断金之交だんきんのまじわりとなるのです」

「びっくりさせるな。バーティバ。いつからいたんだ」

 驚いたような顔のグレンは、すぐ笑顔になった。

 銀髪の男性も微笑する。サイドがすこし伸びた髪型。紫味を帯びた赤褐色のスーツに、同じ色のネクタイで身をかためている。グレンより背の高いバーティバが、工場の南のドアを開けた。

 すこし高く上がっている太陽。日の光は南東から差し込んでいる。光を浴びて、銀髪がすこし青く見えた。

「では、参りましょう」


「問題は、どれだけの人が事実を受け入れられるか、だな」

 ホレイシオ将軍しょうぐんは、うーむと唸った。軍服の中年男性。髪型は七三分け。わずかに白髪が混じっていた。

 グレン・エリカ・イリヤ・ライラは、椅子を逆向きにして、将軍のほうを向いている。

 バーティバは立ったままだった。

「それは、仕方ありません。最悪、ワタシと紅蓮ぐれんさんだけでも――」

「そんなことより。重要なことがあるだろ? 光の速さでなんとかって、辿り着けもしないぜ」

 グレンが言った。周りには、大勢の兵士が席に着いていた。

「ワタシがこの地球に来ている時点で、何か方法があるとは思いませんでしたか?」

「だよね。太陽系を見つけて、移動するなんて。普通の方法じゃ、無理だ」

 イリヤが断言した。

「ムネンがいまだ成し得ていない技術。ワープ移動を、ワタシたちは使えるのです」

「ワープだと!」

 将軍しょうぐんがくいついた。嬉しそうな顔を元に戻して、椅子に深く座った。

「そうです。これにより、ムネンの中枢であるクサリに、奇襲が可能となります」

「座標の計算を一瞬で可能にするのは、ケイ素生物の特性、でしょうか」

 ライラは、すこし表情が硬い。バーティバのほうを見ていなかった。

 何かを思いついた様子のエリカが聞く。

「ワープして、一気に何か、反物質とかを使えば破壊できるんじゃないの?」

 反物質。宇宙にほとんど存在しない反粒子で構成される、物質と反対の性質を持つもの。物質と対消滅ついしょうめつを起こし、すさまじいエネルギーが放たれる。宇宙は物質で満ちているため、保管が困難。人類が扱うことはできない。

「クサリは、あま川銀河がわぎんがの中心近く。巨大ブラックホールがあるため、観測が難しいのです」

 あっさりと言ったバーティバに、グレンが食い下がる。

「そこを、なんとか」

「仮に、地表近くにワープできても、防衛装置によって集中砲火を浴びてしまうでしょう」

 将軍しょうぐんが口を開く。

「なるほど。それで、ほかの地球と連携はできないのかね?」

「難しいです。炭素生物が、ムネンの管理下から逃れて存在できる時間は、限られています」

 眉をすこし下げたライラ。

「同時に攻めさせないための対策、かもしれませんね」

「腹、減らないか? なんか、すごい腹減ってるんだけど」

 グレンの言葉に、エリカは呆れたような表情を隠そうとしない。

 バーティバが表情を緩める。

「腹が減ってはいくさはできぬ、です」

「だよな。さすが、バーティバ」

「そうね。情報を伝えて、ほかのツインタイム使いの反応を待ちましょう」

「お腹が空いてるというよりは、眠いな。ボクは」

「イリヤ、大丈夫ですか? グレン並に無茶しますね」

「はっはっはっ。これは一本取られたな」

 司令部の面々は、食堂へと歩いていった。


 次の日。

 工場内、北東。

「いくぜ! ツインタイム、起動!」

 エリカはあきれ顔。すぐに微笑む。

「スイッチ押すの、あたしでしょ」

 ツインタイムとは、当初ハイパフォーマンス装置と思われていたものの暗号名である。使用者の時間を止め、仮の身体からだを生成することが由来。

 銀色で、2つのカプセルがゆるやかな傾斜で佇む。

 グレンが左側に横たわっている。右側に入れた物質が、使用者の仮の身体からだになる。メタリックな赤橙色の、人型ロボットが横たわっていた。

 作動スイッチがあるのは左側のカプセル。エリカが押した。

 上はスライド式の引き戸。足側へと動いて、左右同時に閉じた。引き戸の透明部分が黒くなり、中が見えない。

 右側の引き戸が、頭側にむけて動く。開いた。グレンが現れた。ただし、仮の身体からだ

 ツインタイムによって、思いは力に変わる。仮の身体からだをパワードスーツに変形させ、武器を生成することができる。また、触れたものを変形させることもできる。設計図だけでなく、同程度の物質が必要。

 イリヤが左側のカプセルを見ている。

「時間を止める仕組みが、いまだに解らない」

「それは、ワタシたちにとっても、未だブラックボックスです」

 イリヤの肩に置かれる、背の高い銀髪の男性の手。バーティバは、ラセットブラウンのスーツ姿。

「それの、解説を希望します」

 紺色の服にスカート姿のライラが、右手を上げて発言した。

承知しょうち來羅らいらさん。じつは、月の装置を拝借して製作しました」

「おいおい。大丈夫なのか?」

 仮の身体からだとなったグレンは、不安そうな表情をしていた。

「内部構造が観測不能ということから、偶然の産物だというのが定説です」

「そうじゃなくて、安全……まあいい。もうすぐか?」

「あたしたち、ここにいるから。行ってきて」

 エリカが言った。すこし身体からだを動かして、うしろで束ねてある長い髪が揺れた。

「そうですか。では、親交を深めるとしましょう」

「まあ。外は寒いからな。仮の身体からだはすごいな。重いけど」

 バーティバとグレンが、南側のドアを開ける。冷たい風が工場に流れ込んできた。

 東からの日差しは、暖かかった。


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