ムネンに抗う者たち

 グレンがイミテーションを使用してから、1時間30分経過。

「嘘ではありません。紅蓮ぐれんさんよりも、能力は上に設定しています。見かけ上は」

「みかけじょう?」

 バーティバとグレンは談笑していた。

 追加装甲をまとったパワードスーツのグレンは、北側に立っている。北を向く、巨大な銀色の船の上。先端部の近く。東から光が差す。

「そうです。演算能力があるゆえに、常に最善手を取る。行動を読まれやすいのです」

 銀髪のバーティバのうしろには、戦艦のような船の姿。南側に立っていた。

 周りには、緑と崖。低い場所から突き出した、テーブル状の台地。辺りに広がっている。

「一見、無意味な行動をして、相手の隙を作ればいいだけだろ?」

「ワタシたちには、それが難しい。生まれ持った性質、のようなものです」

「そうか? オレには、普通の人間と同じに見えるぜ。バーティバ」

「ありがとうございます。では、参ります。……機動変身きどうへんしん

 小豆色のスーツを着たバーティバ。仮の身体からだが変化して、疑似的にパワードスーツが装着そうちゃくされた。

 メタリックな輝き。紺色を基調とした装甲。花びらのような追加装甲が、下から上へと伸びている。関節部分は青色。装甲には赤色や白色の部分がある。目の位置に2つの、白いバイザー。あごの部分にかけて角張った口元。顔に見える。

「見極め、終わったんじゃないのかよ!」

 グレンは慌てたような声を出した。

『ちょっと! 時間制限あるのよ!』

 通信のエリカは、興奮したような声だった。

「見極めに関する発言を、まだ、していないはずですが」

「そういえば、そうだな」

「武装は使いません。全力で殴ります」

 グレンが笑い出した。

「はっ。腹いてえ。どこの世界に、パワードスーツで殴り合いをする友達がいるんだよ」

「ありがとうございます。ワタシも、同意見です」

 バーティバのパワードスーツから、光がほとばしった。

「ガチ殴りじゃねぇか!」

 グレンのパワードスーツからも、光が噴射する。重力を制御し、推進力も得ている二人。しかし、宙に浮き続けていなかった。

 バーティバが右手を構えて、右手で殴らなかった。左足で蹴った。

「あぶねぇえ!」

 グレンは両腕でガードした。変形する追加装甲の一部。重力を無視してスラスターで加速された蹴りは、振動剣を突き出すよりも破壊力が高い。

 スラスターの逆噴射で衝撃を和らげたグレン。10メートル後方まで移動した。

「すみません。殴ると言いましたが、蹴ってしまいました」

「いや。蹴らないとは言ってない。今度はオレの番だ」

 スラスターであっというまに接近するグレン。バーティバが防御に回ったのを見て、何もしなかった。

 あえて、防御の堅い部分を右手で攻撃した。

 受けるまでもなく、回避が選択される。そこに、左手が伸びていた。光を放っている。

「見事」

 追加装甲の一部が舞い散った。

 腹部に攻撃を受けたバーティバは、すぐにスラスターを逆噴射している。10メートル後方まで移動した。

『ついていけないわ。あたし』

 エリカが息を吐き出した。

 紙一重の攻防。直撃をさけて攻撃に転じる両者。

 二人の殴り合いは、十分続いた。

 ボロボロになった白いパワードスーツの攻撃で、ボロボロになった紺色のパワードスーツが壁際に追いつめられる。

 のばされた右腕から噴射している光が、逆向きへと変わった。拳が途中で止まる。

「なぜ、止めを刺さなかったのですか?」

「本体がどこにあるか分からないのに、破壊する意味ないだろ。時間もないし」

「やはり、冷静に状況判断ができるようですね」

 パワードスーツが消えて、小豆色のスーツ姿のバーティバが現れた。

「やっぱり、オレには普通の人間にしか思えないぜ」

 腕が下ろされる。パワードスーツが消えて、灰色の迷彩服姿のグレンが現れた。

 二人を、東の高い位置から太陽が照らしていた。


「さあ。今度こそ、全部話してもらうぞ」

承知しょうち。正直、イミテーションの性能に驚いています。伊利哉いりやさんは頑張りました」

 グレンとバーティバは、人間の姿で話をしている。会話は録音されている。通信で口をはさむ者はすくない。

「本人と会って言ってやれよ。で。聞きたいのは、ムネンについて、だ」

「その前に、ツインタイムについて、話さなければなりません」

「ん? なんだ?」

「元々、ツインタイムの機能は、ムネンにより作り出されたものなのです」

『なんだって』

 イリヤが口をはさんだ。

「仮の身体からだを操作する部分については、ワタシたちが開発しました」

「それじゃあ、仮の身体からだなしの装置を使ったやつは、どうなるんだ?」

「時間を止め、意思を同期させ、1つの集合体にする。それが、ムネンのシステムです」

「でかいネットワーク、みたいなものか?」

「そうです。ムネンは、20キロパーセクで点在する星々から成る、神経細胞と考えてください」

 グレンは難しい顔をしていた。黒い短髪。頭のうしろをかく。

「パーセクってなんだ? 単位?」

「ええ。約30キロメートルの10億倍が、1パーセクです」

 まだ難しい顔をしているグレンに、バーティバが告げる。

「では、言いかたを変えましょう。光の速さで、約3年進むと、1パーセクの距離になります」

『光の速度は、秒速、約30万キロメートルですね』

 ライラが補足した。

「おいおい。悪い冗談だぜ」

「残念ながら、事実です。生身の人間では、ムネンに太刀打ちできません」

『ちなみに、光の速さに近い物体は、時間の進みかたが遅くなるそうです』

「ですが、本人にとっては数年でも、光が100年進んでいれば、100年間経っていることになります」

「頭痛くなってきたぜ。なんで、倒す必要がある?」

「ムネンの中枢。ワタシたちは、クサリと呼んでいます。それは、思考の統一を図っています」

 バーティバの銀髪が風に揺られた。悲しそうな顔をしていた。

「不確定要素の排除? ようは、バグ取り?」

「話は変わりますが、あなた方の住んでいる惑星は、なんという名前ですか?」

「は? 地球だろ? いまさら、なんだよ」

「では、なぜ、統一言語が使われているのですか? 共通言語とは呼ばないのですか?」

『そんな。まさか』

 エリカは、すこし震えた声を出した。

「この星も、すでに、ネットワークの一部だっていうのか?」

 グレンは険しい表情をしていた。

「そうではありませんが、そうとも言えます」

「どっちだよ」

「ワタシが知る地球は、ここで1億個目になります」

『なんということだ』

 渋い声の将軍しょうぐんがつぶやいた。

「そうか。ツインタイムにもある、物質変化能力を使ってるのか」

数多あまたに存在する地球とは、ムネンの母星をしてコピーした惑星。亜地球なのです」


 グレンがイミテーションを使用してから、2時間経過。

 銀色の船の上で、グレンが怒りをあらわにする。

「オレたちも、誰かのコピーだって言うのか?」

「いいえ。そうではありません」

 バーディバは、すこし表情を緩めた。

「でも、コピーなんだろ? 地球。いや、太陽系そのものが」

「そうです。ムネンは、母星の歴史を亜地球で再現しているのです。途中まで」

「途中まで?」

「はい。惑星上の炭素生物を、知的生命体の数を増やし、ネットワークに接続するために」

『ある程度の数が確保できれば、あとは、黙っていても目的が果たされるわけですね?』

 通信で、ライラが尋ねた。

「そうです。月からもたらされる装置により、人々は肉体の時間を止められるのです」

「月は衛星としては大きすぎる、ってイリヤが言ってたな」

「そうなれば、止める手立てはありません」

 バーティバの澄んだ瞳を見るグレン。

「つまり、おまえが、ケイ素生物が、オレたちの地球に介入してきたのは」

「この地球が、すでに、ムネンの歴史から外れた存在だからです」

『でも、数を増やすまでをプログラムにしておけば、反乱も起きないんじゃないかな?』

 イリヤが当然の疑問を述べた。

「集合体って言ってたよな? クサリの歴史が、そこまでしかないんじゃないか?」

「おそらく、そうなのでしょう。必要数になる前に、人々を1つの存在にしたと推測できます」

 エリカが言う。

『そこまでしか歴史を知らないから、その先ができない、ってことね?』

「待てよ。無理矢理そんなことして、クサリはどうなったんだ?」

「クサリでは、多種多様な言語が使われていました。統一言語を作り出すまで、多数のバグが発生したようです」

「統一言語が最初からあった歴史、ってやつに記憶を書き換えて、全員で共有したのか」

「そのとおりです。かなりの時間を要したことが、判明しています」

「人数が足りない問題は、どうなった?」

「他の亜地球がムネンの一部となった時点で、一度ネットワークを停止。現在のクサリへと変わりました」

「何が変わったんだ? 分かりやすく言ってくれ」

 グレンは頭を抱えていた。

「肉体を捨て、惑星と同一化。ある種のコンピュータとなって、支配を開始したのです」

『無理矢理、記憶をいじって、何かが変わってしまったのね』

 エリカの声には、怒りと悲しみの色が滲んでいた。

「で、そのクサリっていうのは。ムネンの中枢は、どこにある?」

 目に力を入れるグレン。バーティバを見つめた。

あま川銀河がわぎんがの中心部の近く。防衛機構が張り巡らされているため、接近も容易ではありません」

『ふむ。星の海か』

 将軍しょうぐんが言った。

「接近も何も。まず、光の速さでなんとか、って時点で無理だろ?」

「その件については、後程のちほど

「まだ、何かあるのか?」

「はい。長い年月をかけて、それぞれの亜地球で変化した言葉により、ムネンにバグが発生しています」

 グレンは納得している。

「確かに。将軍しょうぐんとですら、言葉が通じないことがあるからな」

「ムネンは、その機能を完全に発揮できず、調整には長い時間がかかる、というわけです」

「つまり、攻めるなら今、ってことだな」


「逃げないのですか?」

「逆に聞くけど、炭素生物なんか放っておいて、逃げないのか?」

「いずれ、ムネンは他の銀河系にも魔の手を伸ばすでしょう。逃げ場はありません」

「まさに、宇宙の意思、だな」

 銀髪の男性が天を仰いだ。青空に入道雲がある。台地より高い場所なので鳥はいない。

「打倒するほか、ないのです」

「ムネンに取り込まれた亜地球の1つを奪って、兵器にするって考えなかったのか?」

「どこの世界に、友人を兵器に改造する人がいるのですか?」

 曇りのない眼が向けられた。

 黒髪の男性は微笑む。

「ありがとう。バーティバ」

「戦いは、熾烈しれつなものになるでしょう」

「ああ」

「ウルフのように、なってしまうかもしれません」

「何?」

「彼は、ムネンの自律機動兵器によって捕らえられた、知的生命体の成れの果てなのです」

「そうか。それでも、オレは戦う」

 グレンは力強く断言した。

「もちろん、ワタシも戦います。もしものときは、刺し違える覚悟」

 バーティバは、すこし厳しい表情をしていた。

「よく分からないけど、無茶をするな」

紅蓮ぐれんさんに言われるとは、思っていませんでした」

「言ってくれるじゃないか。よろしく頼むぜ」

 グレンは右手を差し出した。

「はい。よろしくお願いします」

 バーティバも右手を差し出し、握手が交わされた。

 炭素生物と、ケイ素生物。2つの異なる存在が、文字どおり手を取り合う。

 人々をムネンに縛るクサリ。断ち切るための戦いは近い。


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