戦う傀儡

 音がしなかった。

 濃い青色の巨大ロボットは、メタリックな輝き。浮いた。すこしずつ上昇していく。東から届く斜めの日差しが反射した。ゆっくりと南へ進んで、突然加速した。

 見守っていたエリカとイリヤとライラが、司令部へ急ぐ。深緑色の四角い建物に入った。

 ドアが開く。

 ディスプレイで映像を見ていたホレイシオ将軍しょうぐんが、三人に微笑んだ。紺色の服装で、全体を見渡せる位置に座っている。

 天井には、規則正しくならぶ照明。

 兵士をサポートするための、さまざまな装置も机に並ぶ。

 席に着くエリカ。うしろで束ねられた髪が揺れる。

 部屋は、廊下と同じく暖房であたたかい。イリヤがあくびを噛み殺した。表情を引き締めてから、席に着く。濃い茶色の髪は、すこしボサボサだった。

 三面ディスプレイに映るのは、グレンから送られてくる映像。

 ライラはすでに席に着いている。表情を変えずに、キーボードの操作を始めた。金髪ミドルヘアは乱れない。

 司令部に、ほかの兵士たちもやってきた。


 ハガネは、一面の大海原を見下ろしていた。

「ここまで海しかないと、迷子になりそうだぜ」

 白いパワードスーツ姿のグレンが、ぼやいていた。

 コックピット内。球形の内側を包む全面ディスプレイは、どちらを向いても海。遠くに島が見える。

「あれ? 迷ったか?」

『なんで、マップとサポート入れてるのに、迷うのよ』

 通信のエリカの声は、普段と同じ調子。

『遠くに見えるので小さく感じますが、ドミニカ共和国です。4分の1の距離を飛行しています』

 ライラはすこし嬉しそうな声に聞こえる。

 南へ進む、巨大ロボット。ハガネ。

『落ち着いていこう、グレン』

 イリヤが優しい声をかけた。

 目指すは、カナイマ国立公園に広がる、テーブル状の台地。

 なにごともなく、バージン諸島を通過。南アメリカ大陸の上空に入った。

「グリ貯水池、上空。広いな」

『12月から4月まで乾季のようです。これでも水位は低いかと』

 水のほかに見えるものは、緑。自然が豊か。南半球は、もうすぐ夏だった。

 目的地が近付いてきて、巨大ロボットは速度を落とした。

「カロニ川で、パーティーとしゃれこむか」

 金属光沢のある黒いロボットが飛行してきた。グレンはハガネを降下させる。

 将軍しょうぐんの渋い通信。

『カナイマ国立公園の手前で、被害を最小限にやれるかね?』

「そのくらいやってみせろ。って、言ってるような位置だぜ。なあ? バーティバ」

 すこし離れて、同じように下降していくハガネから、返事はない。

『パイロットがいないなら、堅実にいこう』

 川の中州は、1平方キロメートルの広さがあった。同じくらい大きなものが4つ。それより狭いものも、たくさんある。

 2体の巨大ロボットは、いちばん大きい北側の中州に着地した。

 グレンがイミテーションを使用してから、30分経過。


 南米。ベネズエラ。

 カナイマ国立公園まで、あと20キロメートル。

 南北に流れるカロニ川の川中島。広さ、1平方キロメートル。

 濃い青色のロボットと、黒色のロボットがメタリックな輝きを放つ。

 離れて睨み合う。

 おなじ全長。色以外は同じ見た目。

 目はゴーグルのような形状。横に線が入っているように見える、すこし出っ張った口元。頭部がコックピットで、球形の空洞。壁に外の景色が映る。緑が辺りに広がっていた。

 濃い青色のハガネを操縦しているのは、グレン。映像送信のために、白いパワードスーツを維持している。

「なんだ。こないのか?」

 左右それぞれの手に棒を握っていた。攻撃のとき、安全装置の解除のためスイッチを押す。

 ロボットが動く。

 丸みを帯びた装甲は、円柱に近い形。手足の関節部分には球状の装甲がある。腹部は板を重ねたような構造。

 ハガネは、自律機動も可能。黒いロボットが左腕を構えて、フォトンブレードを発生させた。

「なら、右だな」

 濃い青色のロボットは武装を使わず、走って接近していく。

 すべるように移動する、黒いロボット。振られたブレードが、光る盾で止まる。

 グレンの操縦するハガネは、右腕の装甲が変形していた。フォトンシールドがブレードと押し合っている。

 通信。驚いたようなイリヤの声。

『それも、覚えたの?』

「一発勝負だと、ちょっとヒヤヒヤするぜ」

 すぐに左腕からブレードを発生させ、黒いロボットの右ひじに突き立てた。

「パイロットがいないと、こんなに違うのか」

 濃い青色のロボットは、右足の先を変形させた。蹴りと同時にブレードを受けて、黒いハガネは左ひじを破損。戦闘能力を失った。

『本当に、中に入ってるの、グレン? パワードスーツ白いし』

『飛行中に入れ替わることは、困難だと思われます』

「イミテーションから出てすぐ、装着そうちゃくしただろ、オレ」

 笑いながら言ったグレンが、ハガネを上昇させる。下に見える黒いハガネは、停止していた。

 南へ進んで、カナイマ国立公園に入った。

 テーブル状の台地が見えてくる。


『何もないわよ?』

 通信のエリカは、不安そうな声だった。

 エンジェルフォール上空。海抜3500メートル。グレンは北西から見下ろしていた。

 前方には、テーブル状の台地。複雑な形で広がっている。下と同じく、台地の上にも緑。

 大きな手で、地面の下から押し上げたように見えた。

「滝がある。間違いない」

 ハガネのコックピット。全面ディスプレイの映像を見て、グレンが断言した。真下を見ていた。すこしずつ降下を始める。

 周囲、約650平方キロメートルにわたって広がる、頂上台地。アウヤンテプイ。

 巨大な滝が流れ落ち続けるテーブルの上。銀色の巨大な船が、こつぜんと姿を現した。

『台地のほかに、比較対象物がないので分かりにくいですが、全長、約100キロメートル』

 ライラは、すこし驚いたような声だ。

 まっすぐ北を向いている船。流線形の船体に、武装は見当たらない。

『ふむ。圧巻だな』

 将軍しょうぐんは、感心したような声である。

 大きく息を吐いたイリヤ。

『銀色の円盤は、全長500メートルだったのに』

「さて。同じところにいてくれないと、見つけ出せる気がしないぜ」

 音もなく降下していく、濃い青色のハガネ。

 下で、船が変形した。上側が戦艦のような形になり、平らな場所ができる。船の最前部に近い場所。北側へと着艦する、巨大ロボット。前から銀色の塊をながめる。

『えっ』

 エリカが驚いたような声を出したときには、コックピットの扉が開いていた。

 動くゴーグル。

 白いパワードスーツ姿のグレンが、船の上に着地。金属音が響く。

 200メートル離れた前方で、船のハッチが作動した。

「よくぞ、いらっしゃいました。近間紅蓮ちかまぐれんさん」

 ドアから現れた銀髪の男性。その言葉を、グレンは聞いていた。

「悪いけど、世間話してる暇はないぜ。さっさと、見極めってやつを頼む」

 話しながら、前に歩いていく。

 よく通る声の通信。

『ハガネで応戦しないのですか?』

『まあ、グレンなら、こうすると思ったよ』

 イリヤの声は、清々しさを感じさせた。

「肉体の限界、ですか。ワタシとしても、近間紅蓮ちかまぐれんさんを失うことは本意ではありません」

 出てきたドアから、すこし東側に移動するバーティバ。

 ドアが閉まった。

 銀髪は、東からの日光を受け、すこし青く見える。サイドがすこし伸びている髪型。小豆色のスーツ姿。同色のネクタイも含め、やや紫がかった光沢を放つ。

「グレンでいい、って言っただろ?」

 パワードスーツ姿のグレンは、走って近付いていた。呼吸が荒い。相手は100メートル前方。

性分しょうぶんなもので。そろそろ親交が深まってきたでしょうか? 紅蓮ぐれんさん」

「おまえなあ……まあいいや。で、どうすればいい?」

 グレンは、バーティバの5メートル手前で立ち止まった。

「あなたの強さを、見せてください」

 グレンがイミテーションを使用してから、1時間経過。


「聞くけど。ツインタイムで、仮の身体からだになってるんだよな?」

「はい。では、始めましょう」

 パワードスーツ姿のグレンの問いに、バーティバが答えた。すると、再び船のハッチが動いた。

 ドアが開く。

『グレン?』

 エリカの不思議そうな声が通信から漏れた。

 中から出てきたのは、迷彩服の男性。黒い短髪。普段のグレンと同じ姿だった。筋骨隆々とした見た目。

「そうです。安心してください。記憶はありません。これは、戦闘データが入った傀儡くぐつ

『これまでの戦闘は、このため?』

『まだ、それを判断するためには、情報が不足しています』

 イリヤとライラの意見は違った。

「壊して、いいんだな?」

「ええ。データは修正され、能力が向上しています。壊せるのなら、どうぞ」

 バーティバは微笑していた。

 両手を握り締めた白いパワードスーツのグレンが、わきを閉めてひじを曲げた。大声で叫ぶ。

「シュワルツシルトオオオォォォオ!」

 装甲が変化していく。アレカヤシの葉のような、とがった追加装甲が全身を包む。下から上へと伸びていた。

 バーティバのパワードスーツが変化した状態と似ている。ただし、色は白い。

「本人が聞いたら、怒りそうですね」

 銀髪の男性は笑っていた。

『え? 分かりやすい名前がいいって言うから、重力制御装置、って付けたのに』

『叫びたかっただけでしょ。あれは』

 イリヤのつぶやきを聞いて、エリカが答えながら笑った。

『ふっふっふっ。やりたいように、やらせてあげなさい』

将軍しょうぐんなら、なんと叫ぶのか、興味があります』

 ライラの声は、すこし弾んでいた。

「状況開始」

 グレンよりも低い声がした。

 グレンと同じ見た目の傀儡くぐつが、パワードスーツをまとう。薄緑色の装甲に身を包んで、オレンジ色のバイザーを光らせた。

「容赦しないぜ!」

 気合いを入れる、白いパワードスーツ姿のグレン。メタリックな装甲。東から、太陽の光を浴びる。輝いていた。

 重力制御状態。下から上へと伸びる、とがった葉のような追加装甲をまとう。目の位置に横一直線の黄色いバイザー。口元はフェイスマスク形。顔に見える。とんでもなく巨大な銀色の船の上を、猛スピードで駆けた。

「対応可能」

 低い声を出した薄緑色のパワードスーツは、グレンと同じ構えをしていた。

 傀儡くぐつが変化することで、疑似的に装着そうちゃくされた。内燃機関ないねんきかんを持たない。メタリックな輝き。昆虫の外骨格のような見た目。すこし浮いている。

 関節部分は黒色。装甲には赤色やオレンジ色の部分がある。目の位置に、横一直線のバイザー。口元はフェイスマスクの形状。顔に見える。

 傀儡くぐつが防御した位置に、攻撃は届かなかった。

 グレンは2回フェイントを入れたあとで、右足の裏からフォトンブレードを発生させた。脚が光っている。

 ウェーブリアクターから伝播でんぱされたエネルギーを、爆発的な加速に変えていた。

 宙を舞う、傀儡くぐつの左腕。

「嘘が下手だな。バーティバ!」

 光っている傀儡くぐつの右腕から、高周波ブレードが伸びる。グレンの胸部へと一直線に。

 傀儡くぐつの左腕が落ちた。金属音が鳴る。

 グレンは、全身64ヵ所から光を放った。

「止まって見えるぜ」

 スラスターを全開にして寸前で回避。推進力を重力制御で曲げて、即座に反撃する。左腕に発生させたフォトンブレードが軌跡を描く。傀儡くぐつの右腕、ブレード発生部分を内側から貫いた。

 同時に、右腕をのばしている。

 瞬間的に発生させたフォトンブレードが、勢いよく飛び出す。杭打機のように。えぐり込むようにして、傀儡くぐつの胸部装甲を貫いた。

「フォトン、ドライバー」

 グレンが言った。

 反撃はない。傀儡くぐつが活動を停止した。

 金属音とともに倒れて、見た目が変化していく。赤橙色の四角い装甲のロボットへと変わった。


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