理論とジッセン

「大活躍らしいな。調子に乗ってるんじゃないか?」

 眉間にシワをよせた、赤色の服の男性が言った。

「ウリセス。メキシコで、ツインタイム使いをやってる」

 腕を組んで見つめている。太い眉毛が動いた。画面のウリセスが、急に微笑んだ。不自然さはない。

「武器を生成したやつも、設計したやつも、やるじゃないか。国に来て欲しいくらいだ」

 ウリセスは腕をほどいて、右手を腰に添える。

「もうじき、すべてのドウが倒されるはずだ。それが、始まりだ」

 左手を握り、人差し指だけを立てる。上に向けた。

「そこからが、俺たちの本当の戦いだ」


 夜。

 グレンは眠っていた。

 外では、星の光がよく見えた。ニューヨーク市に明かりがないのが要因だった。

 あしもとさえ見えない暗闇の中に、人影がある。情報端末じょうほうたんまつの画面が光って、電子音がした。

 フォート・リー基地。

 工場には灯りがともっていた。

「よし! 理論はできた。あとは」

 迷彩服姿のイリヤが、倉庫の中を走り出した。あらい呼吸のまま外へ出る。

 息が白い。南側のドアが閉まった。

 工場の灯りが消える。

 イリヤが兵舎に入ったときには、人影はなかった。

 空には、満天の星。

 光の濃い部分で、一直線の形が作られている。

 地球では、それをあまがわと呼んでいた。


「つまり、どういうことだ?」

「おそらく、ツインタイムは戦闘用じゃない」

「どう考えても、戦闘向きでしょ?」

「いえ。仮の身体からだを操る、という機能が重要視されているので、発想が外に向かないのかと」

 四人は、ツインタイムの前にいなかった。

 その左側。灰色の装置の前にいた。

 幅は小型自動車並。高さ、約1メートル。2つのカプセルがある。約20度の傾斜。カプセルは完全な形ではない。左右両方の引き戸が開いている。

「覚悟はできてるぜ」

 グレンの言葉に、イリヤは大きく息を吐いた。

「これは、思いを力に変える装置だ」

 イリヤが解説する。

 自らの身体からだのみならず、外部の物質をも操るという意味。それは、イメージを外に広げて、思いを具体的な形にするということ。

「せいぜい、石を金塊にするくらいじゃないの?」

 金塊の価値を見出せない様子の、エリカ。

「物質の最小単位をイメージすることは、人間には困難だと思われます」

 ライラは表情を変えない。

 金塊を曲げることと、石を金塊に変えることは、根本的に異なる。分子構造を直接操作すると、一歩間違えば爆発的な化学反応が起こる。リアルタイムで、全て計算することはできない。

 通常の思考能力では。

 ケイ素生物であるバーティバは、驚異的な演算能力を持っていることになる。

「そんなにすごいなら、なんで、オレたち炭素生物の力を必要としてるんだ?」

「未だ勝てないというムネンが、何なのか。分からない。だから、聞くしかない」

 濃い茶色の髪のイリヤが、灰色の装置を見る。

「あたし! あたしがやる」

 エリカが右手を上げた。ぴょんと跳んで、淡い茶色の髪がふわりと動く。

「現状で、経験者以外が使用するのは厳しいと思う。エリカ」

 ライラが首をかたむけて微笑む。金髪ミドルヘアがわずかに揺れた。

「そうだな。ちゃんとデータ取っておけよ。オレに何かあったら、次は――」

「必ず帰ってくること」

「ん?」

「これは命令よ!」

了解りょうかい! ……イリヤ。次の説明頼む」

「基本は同じだよ」

 使用者は左側に横たわる。右側に入れる物質は、使用者と同等かそれ以上の質量が必要。

 作動スイッチがあるのは左側のカプセル。

 仮の身体からだを生成。

 思いを力に変えて、仮の身体からだの変形や、武器の生成が可能。さらに、身体からだの外の変化も可能。ただし、同程度の物質が必要。

「時間を止める機能は再現できなかった。お腹が空くんだ。つまり、使用時間に限界がある」

「息をしろ、ってことね?」

「そうだね。普段と同じように」

「息? いま言うか? それ。……で、なんて名前だ? ライラが決めたのか?」

「いえ。決めるのは、わたしではありません。イリヤ、なんですか?」

「イミテーション。完全に再現できなかったからね」

 グレンは渋い顔をしている。

「やっぱり、ライラが付けたほうが、よかったんじゃないか?」

「そういうこと、言わないの」

 エリカがグレンをつついて、笑った。

 ライラが微笑して、グレンのほうを向く。

「南アメリカ大陸、ベネズエラ南東部まで移動する場合。飛行機だと、4時間です」

 情報端末じょうほうたんまつを操作していた。

「輸送して……いえ、途中で装置が壊れるのが、一番怖いわ」

 エリカは悩んでいる様子だった。

「オレに、いい考えがある」

 グレンは自信満々な様子で言い切った。


身体からだのことを考えると、できれば6時間以内」

 真剣な表情のイリヤが言った。

「本当に、大丈夫?」

 身体からだの前で拳を握るエリカは、心配そうな表情。階級は伍長ごちょう。現場での指揮のほか、兵士の個別訓練もおこなう。

「二人を信じましょう。できることを、しましょう」

 柔らかい口調で言ったライラが、エリカを見つめた。エリカは、グレンを見ていた。

「任せろ!」

 迷彩服姿のグレンが、左耳にインナーイヤー型のヘッドフォンを装着そうちゃくする。イミテーションの左側のカプセルに入った。

 エリカが横に立つ。

「うん。任せた」

 スイッチが押された。

 灰色の装置の引き戸がスライド。頭側から足側に向かい動くことで、閉まっていく。右側のカプセルには、すでに横たわるものがある。メタリックな赤橙色のロボット。ドウ。

 ぴったりと引き戸が閉まる。中が光った。

 見守る三人が目をつむる。

 右側の引き戸がスライド。足側から開いて、中で横になっていた人影が現れた。床に降り立つ、クリーム色の靴。

装着そうちゃく!」

 グレンが叫んで、一瞬でパワードスーツ姿になった。

 エネルギーが伝播でんぱされるため、内燃機関ないねんきかんを持たない。仮の身体からだが変化することで、疑似的に装着そうちゃくされる。

 白を基調とした装甲。メタリックな輝き。昆虫の外骨格のような見た目。関節部分は灰色。装甲にはオレンジ色や黄色の部分がある。

 目の位置に横一直線の黄色いバイザー。口元はフェイスマスクの形状。顔に見える。

 パワードスーツは身体能力しんたいのうりょくを高める。単純に強化されるため、イミテーションで生成された頑強な身体からだと相性がいい。

「時間、止まってないから、オレが見えるな。って、見てる場合じゃねぇ!」

 左側のカプセルに横たわる、自分の身体からだに背を向けた。グレンは倉庫の北西へと歩いた。

「理論的には、ウェーブリアクターも、エネルギーの伝播でんぱも、重力制御装置も問題ないはず」

 イリヤがつぶやく。グレンには聞こえていた。

「つまり、オレが間違えなければ、できるってことだ!」

 並んで立つ、2機のハガネのうちの1機。手前側。重力制御装置と左脚の破損したほうに近付く。全長13メートルの巨大ロボットに、グレンは手を触れた。

「見た目、変わってないわよ?」

「内部構造が変化していると推測されます」

 エリカの疑問に、ライラが答えた。

「これでいいか?」

 ハガネの色が、金属光沢のある濃い青色へと変わっていく。軍服の色に近い。

「色だけ? すごいけど。特殊装甲も開発すればよかった。いや、高望みはやめよう」

 イリヤは苦笑いしていた。

「名前、考えないとね?」

「ハガネは、ハガネです」

 すこし怒ったような表情をしたライラが、すぐに微笑んだ。

 パワードスーツ姿のグレンが胸部装甲の上まで跳んで、首に近付く。ハガネのゴーグルが開いた。中へと消えていく。

「よし」

 中は球形の空洞。コックピットで、右手と左手それぞれに金属の棒を握った。

 ゴーグルが閉じた。そして光る。機能的な意味はない。

 中は全面ディスプレイ。360度、全方向が見える。足元はすこし平たい。

 工場南側のドアが開いた。兵士たちが開けている。白い息が漏れていた。キャシーとラバーン、オーウェンとヘンリーの姿もあった。

 摩天楼まてんろうから昇る朝日に照らされるなか、ロボットが工場の外に姿を現す。

「ありがとう。行ってくるぜ!」


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