第三章 新たな誓い

有機物と無機物

「場所の特徴、思い出してよ」

 背の低い女性が言った。

 灰色の迷彩服姿。うしろで束ねられた長い髪が揺れる。前髪は顔を隠していない。高い位置からの光に照らされ、輝いて見えた。

 ひろい工場内の北東。

 銀色の装置の前に立つ四人が、話している。

「え。縦に切る前の、でかいステーキ、みたいなのが並んでて、すごい高くて、滝が見えたな」

 グレンは、エリカに詰め寄られ、たじろいでいた。男性も迷彩服姿。短髪で、筋骨隆々とした身体からだ

「南アメリカ大陸に、テーブル状の台地。エンジェルフォールという滝があるようです」

 紺色の上着にスカート姿の女性は、情報端末じょうほうたんまつを操作していた。胸元から白いシャツがわずかに見える。それを、金髪ミドルヘアが隠していなかった。

「巨大な軍艦が乗ってたんでしょ? 広さとしては、うってつけだね」

 迷彩服姿のイリヤは、ライラと並んで情報端末じょうほうたんまつの画面を見ていた。濃い茶色の髪は、すこし長め。整えられていない。

「よし。あとは、ひたすら解析だな。仮の身体からだじゃないオレに、何かできるのか?」

 グレンは、工場の北西に立つ金属を見た。

 鹵獲ろかくした巨大ロボット。メタリックな輝きの黒色。全長13メートル。暗号名、ハガネ。

 腕の破損部分は修理できていない。構造は解明されつつある。

 隣に、もう1機立っている。脚の修理が急ごしらえで済まされた。ともに解析作業中。2機の周りには高い足場が組まれ、兵士が作業している。

「各自、できることをやる!」

 両手を腰に当てたエリカが、気合いを入れた。自分に向かって言っているようにも見えた。

了解りょうかい

 大声に、工場内のほとんどの兵士が答えた。


「左からか? 右からか」

 水色の服の男性は、何かを考えるような仕草。

「僕は、チャンドラ。インドのツインタイム使い」

 すこしだけ身体からだを右に傾けて、画面に映っている。

「カタナ。もはや芸術だ。一度じっくり語り合いたい」

 置いてある打刀うちがたなを鞘から抜こうとして、誰かが制止した。画面に向かうチャンドラ。耳が大きい。

「ありがとう。これを伝えるのが、遅くなってしまった」

 すこし首がかたむけられた。

「大変だが、ともに戦おう」


 ハドソン・リバー・ブリッジ。

 東側で、ニューヨーク市マンハッタン区とつながっている。鋼の吊り橋。西側には、グレンたちの基地がある。

 ニュージャージー州のフォート・リーという街。白い息を吐く人々が、行き交っている。

 司令部は、深緑色の四角い建物。

 椅子に座るホレイシオ中将ちゅうじょう。嬉しそうな顔で、ディスプレイを見ていた。紺色の上着に、同色のネクタイ。濃い青色のパンツ。黄色い装飾がされている。

 ちかくに兵士たちの姿はない。

 朝の日差しが、司令部を照らす。

 すぐ西には大きな建物。基地の北側で存在感を放つ、鹵獲ろかくした装置が置かれた工場。

 広い工場内の北東に、白い装置がある。

 メタルことバーティバによって明かされたのは、変換装置だということ。記憶も含めて、人々がデータ化されているらしい。詳細は不明。

 その隣。左側に、ツインタイムが置いてある。

 銀色の装置。幅は白いものとほぼ同じ。

 2つのカプセルがある。なだらかな傾斜。左側に使用者が横たわる。右側に入れた物質が、使用者の仮の身体からだになっていた。

 つい最近までは。

 街にロボットを投下したバーティバ。ケイ素生物である彼によって、使用制限がかかる。使えなくなってしまった。

 ムネン打倒のため、炭素生物の監視と見極めをしているという。

 有機物が無機物から遺伝能力を得た上で、離れて進化したものが、炭素生物。人間も含んだ地球上の生命体。

「やっぱり、時間を止める機能が再現できない」

 眉を下げるイリヤ。作業着がわりの迷彩服姿。線は細くない。鍛えていることが分かる。

「もう、いいんじゃないか? 行こうぜ。ギアナ楯状地たてじょうち

 迷彩服姿のグレンは、いまにもイリヤに掴みかかりそうな勢いである。

「ちょっと。見極め、っていうのが、どういうのか分からないんだから」

 かわいい声を出した、迷彩服姿のエリカ。口をとがらせていた。服の上からでは分かりにくいものの、引き締まった身体からだであることを窺わせる。

「エリカの言うとおりです。殴り込んで、軍艦を鹵獲ろかくするくらいの意気込みと、力が必要です」

 真剣な表情のライラは、紺色の服にスカート姿。よく通る声だった。

「えっ。フォトン装備と重力制御がないと。話にならないぜ」

 グレンが驚いたような顔をしていると、工場の南側のドアが開いた。

 冷たい風が流れ込む。

 気難しそうな顔のヘンリーが、手袋をした手に何かを持っている。迷彩服姿。

「できること、やりました。鹵獲ろかく!」

 工場担当の一等准尉いっとうじゅんいは、セントラル・パークから棒を回収してきた。

 そして、無断で行くなとエリカに叱られたあとで、褒められた。


「ファリア。わたくしの名前よ。パキスタンで華麗に戦っています」

 黄緑色の服の女性は、眉を下げていた。

「頼んでもいないのに、武器を送ってくださって、どうもありがとう?」

 手元の紙を呼んで、頬をすこし染めた。

「誰? これを書いたのは。……失礼」

 画面に映るのは、ぎこちない笑顔。つり目ぎみの目を細めていた。紙を見ずに話を続ける。

「そちらの情報は入っています。世界中のツインタイムも、そのうち使用制限がかけられるはず」

 ファリアはあごに手を当てて、神妙な面持ちだ。

「そのとき、まだ解決していなければ。そうね。みんなで一緒に考えましょう」


 棒は、パワードスーツ姿のバーティバが生成したものだった。

 工場内で、フォトンブレードが光を放った。

「フォトンっていうから光子が基礎かと思ったけど、別物だよ、これは」

 迷彩服姿のイリヤが解説を始めた。

 エネルギーを内向きに働かせ、界面張力のような力で、物質に近い特性を持たせている。例えるなら、炎の逆。

 膨大なエネルギーが圧縮されて光を放つ。

 設計図どおりの座標で圧縮が起こる。網の目のような形にすら、展開することができる。

「誰だよ。紛らわしい名前つけたやつ」

 グレンは立腹していた。

 すこし考えて、紺色の服のライラが、グレンを見る。

「原理を知らずにこれを見れば、ビームと言う人すらいるのでは?」

「いたな。そんなやつ。オレだ」

「ということは、名前を付けたのはケイ素生物じゃない、ってことね」

 エリカが推理した。背の低い身体からだが躍動し、うしろで揺れる長い髪。

 グレンの表情が明るくなる。

「長い時間とか言ってたから、ひょっとして、別の星の連中と共闘してたのか?」

「炭素生物が設計に関わっている可能性は、低くないと思われます」

 棒の部分をじっと見つめるイリヤ。

「枯葉から、こんなものを作れるなんて」

「グレンも車の鍵作ったし、設計図の問題でしょ?」

 エリカは不思議そうな顔をしていた。

「いや。分子構造を理解して、プランク長単位で組み替えているとしか。……そうか!」

 イリヤは一心不乱にノートに筆を走らせた。

 すこし慌てた様子のエリカ。

「どうしたの?」

「何か思いついたんだろ。なんだか知らないが。エリカ。よくやった」

「わたしたちは、ほかに出来ることを探しましょう」

 ライラが言って、フォトンブレードの光が消された。

 ぶつぶつ呟きながら、イリヤは書き続ける。

「プランクサイズ以下のシュワルツシルト半径が存在しているとすれば――」


 工場内で、イリヤのお腹が鳴った。

「あれ? いつのまに。みんな、どこいったんだろ? まあいいか」

 大きく伸びをするイリヤは、いい匂いを嗅いだ。

 南側のドアが開く。

「差し入れっす!」

 オーウェン一等准尉いっとうじゅんいが言った。食料や軍需物資の備蓄担当。もちろん、勝手に持ち出してはいけない。

「まずいよ。すぐそこが食堂なのに」

「僕には、これくらいしか出来ないんで。どうぞ」

 迷彩服姿の男性に言われて、イリヤが笑った。

 差し入れは、食堂の料理だった。

「グレンだな。ちゃんと休んでるといいけど」

 自分のことを棚に上げて、遅めの昼食を食べた。


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