ヒトの身体

 南アメリカ大陸。

 ベネズエラ南東部のボリバル州にある、アウヤンテプイ。標高、2500メートル。

 頂上台地の上から流れ落ちる水の束。巨大な滝だ。

 周囲、約650キロメートルが、テーブル状の台地になっている。なにもないはずの場所がゆらめく。台地の上に銀色の船が姿を現した。全長、約100キロメートル。

 流線型の前面と比べて、うしろはすこし角張っている。平らな場所のなかった上部が、戦艦のような見た目に変形した。

 バーティバが船上の最前部付近に降りて、パワードスーツ姿のグレンも降り立った。

「さて、何から話しましょうか」

 銀髪の男性は、考えるような仕草をしていた。巨大な船を背にして、西からの日差しを浴びる。背が高い。線は細い。小豆色のスーツに同色のネクタイ。

「でかいな。なんだ、これ。まあいいや。とりあえず、いろいろやった理由を聞かせてくれ」

 リラックスした様子で、パワードスーツが解除された。巨大な船を眺めている。黒髪は短い。筋骨隆々とした迷彩服姿。

 バーティバは微笑している。

端的たんてきに言うなら、監視と見極めです。あなた方なら、あるいは」

「あるいは、なんだよ?」

「ウルフの言う、宇宙の意思。ワタシたちは、ムネンと呼んでいます。それの打倒、です」

 グレンが難しい顔になる。

「まず、それから分からないから。説明してくれ」

「ひとつの惑星上で、炭素生物の知的生命体が一定数を超えると、ムネンに捉われてしまうのです」

「お、おお?」

「炭素生物を、ムネンに取り込まれないようにするには、数を減らすしかないのです」

 バーティバは真剣な表情である。

「まだ理解できてないけど。滅ぼそうとしてるわけじゃない、ってことだな?」

「そのとおりです。白い装置によって、人々は記憶も含めてデータに換えています」

「なんだって!」

「倫理観やその他の制約があります。元に戻すかどうかは、あなた方で判断してください」

「まあ、量産可能だったら問題になるからな」

 グレンは唸った。

「炭素生物の思考を理解するのには、長い時間がかかりました」

「オレから見たら、普通の人間にしか見えないけど、な」

「あなた方、炭素生物と対話をするために、ワタシたちはこのような姿をしているのです」

「え? 本来の姿は違うのか?」

「ええ。ワタシたちは、ケイ素生物です。有機物が無機物を取り込んだまま進化しました」

 バーティバの言葉に、グレンは眉を下げていた。

「また、勉強が必要だな」

「ご理解いただけましたか?」

「すこしだけ理解したけど、もっと詳しく聞かせてくれ」

「おや。それはできません。残念至極ざんねんしごく

「なんでだ?」

結田絵里花ゆいだえりかさん、青海伊利哉せいかいいりやさん、冷泉來羅れいせんらいらさんが、ツインタイム破壊の相談中です」

 バーティバが淡々と伝えた。

「戻るって言ったろ! それはまずいだろ」

「ツインタイムは、ムネン打倒の切り札ともいえる存在なのです」

「そんなのは、また今度聞くから。身体からだに戻してくれ」

「承知しました。待っています」


 ツインタイム。

 銀色の装置。幅は小型自動車並。高さ、約1メートル。

 2つのカプセルがある。約20度の傾斜。足のほうが低い。使用者は左側に横たわる。

 右側に入れた物質が、使用者の仮の身体からだに変化。さらに、仮の身体からだをパワードスーツに変形させ、武器を生成することもできる。

 使用前は両方とも開いた状態で、使用中は右側のみ開く。使うと透明部分が黒くなり、中が見えない。時間が止まり、光も止まっているため。

 上はスライド式の引き戸。

 エリカとイリヤとライラが見守るなか、足側から頭側に動いて、開いた。

「待て、話せば分かる! 破壊するな!」

 左側のカプセルから飛び起きたグレンが、開口一番に叫んだ。身体からだに衝撃を受けて、変な声を出す。

「うっ。痛いな。久々の感覚だ。身体からだに戻るの、何日ぶりだ? 寒いぞ」

「おかえり」

 エリカが胸にとびついていた。顔は見えない。うしろで束ねられた髪は、震えていた。

 イリヤの目は潤んでいる。

「無事でよかった」

「そうですね。もうすこしで、脳に深刻なダメージが――」

 ライラは冷静に分析していた。

「もう、やめてくれ。そういうことは。ダメ! 破壊」

「夕食だけど、どうする?」

 グレンから離れたエリカが言った。笑顔だった。

 迷彩服姿の男性が、カプセルから出て立ち上がった。頭のうしろをかく。

「オレ、いつから仮の身体からだになってたっけ? 全然、腹減ってないぞ」

「運動してでも食べないと、夜中にお腹すくよ」

「なるほど。走りこみを推奨します」

「あ。その前に将軍しょうぐんに報告しないと。って、オレもよく分かってないんだけど」


 監視と見極め。

 宇宙の意思。ムネンの打倒。

 惑星上で炭素生物の知的生命体が一定数を超えると、ムネンに捉われる。

 ムネンに取り込まれないようにするには、数を減らすしかない。

 白い装置によって、人々は記憶も含めてデータに換えている。

 ケイ素生物。バーティバの言ったこと。

 グレンが将軍しょうぐんに伝えた。

 建物の外は闇。二人は難しい顔になって、将軍しょうぐんがすぐに優しい表情になる。

「のんびりするといい。食事の時間だ。歯磨きを忘れないように」

 倉庫内を走ったあとで、グレンは食堂に行く。いつも見ている景色を過ぎて、いつもの三人と席に着いた。

「飯って、こんなに美味かったんだな」

「そうよ。よく噛んで食べないと、もったいないわよ」

「うん。噛む回数を増やしたら、唾液を分泌して消化の助けになる」

「さらに。ゆっくり食べることで、満腹中枢が刺激され、すこしの量で満腹感が――」

 三人の言葉に、グレンは笑った。

「そんなに、お喋りだったっけ?」

 食事のあとも、話は尽きない。名残惜しそうに兵舎の部屋に向かう。

 ひさしぶりの歯磨きをして、久しぶりの風呂に入った。

 久しぶりに寝支度をする。ベッドで横になって、ごろごろした。

 すこし離れた隣のベッドから声がする。

「本当によかった」

「そうだな。しかし、寝るって、どうやってたかな」

 グレンは寝返りを繰り返していた。

 イリヤは天井を眺めている。

「何も考えなければ、いいんじゃない?」

「そうか。ひたすら考えてたような気がするぜ。そういえば」

「頑張りすぎだよ。すこし休もう」

「まったくだ。おやすみ」

「おやすみ」


 翌朝。

 日の出より前に起きたグレンが、軽く運動する。

 四人で食堂に集まって、おいしそうな匂いの朝食に感動した。

 なごやかに雑談して歯磨き。

 身体からだを動かした。

 さむそうに工場のドアを開く、迷彩服姿のグレン。息が白い。

 作業着がわりの迷彩服を着たイリヤは、すでにハガネの解析中。

「光る弾は、難易度高そうだよ」

 グレンが微笑んで拳を握る。北東にあるツインタイムの前に行って、何かを思い出したような表情になった。

「また今度聞く、って言ったけど、どうやって連絡するんだ?」

 両方の引き戸が開いている。グレンが来る前に、すでに右側にドウが横たわっていた。

 兵士たちは戦闘準備を怠らない。

「なに? また、ツインタイム使うの?」

 迷彩服姿のエリカが、普段よりすこし高い声を出した。

 紺色の服にスカートを身にまとったライラがやってくる。

「解析作業の手伝いを推奨します」

 グレンは考え込んでいる。

「とりあえず、使ってから考える。エリカ。スイッチ押してくれ」

「仕方ないわね」

 グレンが左側のカプセルに横たわる。

 エリカが左側のスイッチを押した。

 何も起こらなかった。

「あれ? 起動しないわよ」

 エリカは慌てていた。

 グレンがカプセルから飛び起きる。

「待ってる、って、こういうことかよ」

 バーティバによる監視と見極めは、まだ続いていた。


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