両刀論法

 ニューヨーク市。

 摩天楼まてんろうがそびえ立つ。

 街の中心部にありながらも巨大な公園、セントラル・パーク。東西が1キロメートル弱。南北は4キロメートルもの広さがある。

 ハドソン川の流れに沿って作られているため、方角に対してまっすぐではない。

 北西には、遊歩道の周りにたくさんの木々が並んでいた。冬の寒さで色付いている。

 景色は茶色。

 べつの色をみせる東側には、広い芝生しばふの広場がある。

 緑の上に、パワードスーツが立っていた。白に近い薄緑色を基調とした装甲が、メタリックに輝く。昆虫の外骨格のような見た目。

 装着そうちゃくをつづけて、司令部に映像を送っているグレン。抱えていた迷彩服姿の女性を下ろした。

 その西。

 茶色い地面に、背中を向けて立つ男性の姿。

 グレンが近付いていく。迷彩服のエリカもあとを追う。

「なんだったんだ? ウルフは」

 グレンに話しかけられて、銀髪の男性が振り返った。

 栗色に近く、やや紫がかっているスーツに同色のネクタイ。シャツは灰色。胸のポケットから黒い布がはみ出していた。サイドがすこし伸びている髪型。西からの日差しで、髪がわずかに青く見える。

「彼の言う、宇宙の意思によって造られた、生物兵器せいぶつへいきです」

 バーティバは、真面目な表情のまま言った。

 木々が並ぶなか、三人も近くで並んでいる。

「なぜ、戦っているの? 何があったの?」

 エリカが質問した。うしろで束ねている長い髪が、風に揺られた。バーティバの身長が高いため、いつもより背が低く見える。

「それを知るためには、あなた方は真実を知らなければなりません。よろしいですか?」

「いまさら、なんだよ。言ってくれ」

「音楽は、楽しんでいただけましたか?」

「ん?」

「何を言ってるの?」

 二人には思い当たることがないらしい。顔を見合わせていた。

「あなた方の言うメタル。10の大都市から人々を消したのは、ワタシなのです」

 グレンとエリカは何も言わなかった。

 イリヤからの通信が聞こえる。

『なんで。なんで、そんなことをしたんだ!』

『落ち着いて、イリヤ』

 ライラの声には、戸惑いの色が濃く出ていた。

『立場上、返答如何へんとういかんによっては、攻撃命令を出さねばならん』

 ホレイシオ将軍しょうぐんの声の渋さが増していた。

「やはり、常にこの両刀論法りょうとうろんぽうと相対せねばなりません」

 銀髪の男性は、悲しそうな顔をした。

「知らないと選択肢すらないんだ。オレは、真実から逃げない」

 パワードスーツ姿のグレン。目の位置に横一直線のバイザー。口元はフェイスマスクの形状。顔に見える。

 しかし、中の表情は分からない。銀髪のバーティバへと歩いていく。

 バーティバは左手を差し出した。グレンが左手を出す。途中で手を止めて、再び動いた。握手が交わされる。

「では、近間紅蓮ちかまぐれんさんをお借りします」

「なんだ。動かない、身体からだが。スラスターも作動しない」

 左手が離されて、ラセットブラウンのスーツの男性が宙に浮いた。直立不動のグレンも一緒に浮かんでいく。

「グレン!」

 見上げるエリカの目から、二人の姿が小さくなっていく。

 バーティバの口が動いた。

 エリカには聞こえなかった。

「必ず戻る!」

 グレンが言った。2つの人影は、空の彼方に消えていった。


 ニュージャージー州のフォート・リー基地。

 深緑色の司令部。

「状況は?」

 部屋のドアを開けたエリカは、呼吸が荒い。髪を振り乱して席に着く。迷彩服の胸元をすこし開けた。

 兵士たちは暗い表情だった。

「途中で反応が消失。現在、所在不明です」

 ライラは、エリカから目をそらした。金髪ミドルヘアが揺れる。紺色の上着。同色のスカート。飾り気はない。

「あんなに、近くにいたのに!」

 両手を握ったエリカは、机に向かってうつむいた。

 複雑な表情の、迷彩服姿のイリヤ。

「送られてくる映像が、途中で途切れて。南へ向かったことは分かったんだけど」

 ライラの隣の席。頭をかいて、普通より長めの濃い茶色の髪が揺れた。

 広域レーダー担当のラバーンが言う。

「突然、姿を消せる相手です。誰が悪いわけでもないですよ」

 しばしの沈黙が訪れた。

「私には、策が思いつかん。すまん」

 ホレイシオ将軍しょうぐんは目をつむった。七三分けの髪がすこし乱れている。白髪が混じっていた。紺色の上着。同色のネクタイ。装飾は黄色。パンツは濃い青色。全体を見渡せる位置に座っている。

「追いかけるのは無理だけど、グレンを取り戻す方法なら……いや、危険すぎる」

 立ち上がったイリヤは、再び席に着いた。首を横に振っている。

 エリカが詰め寄る。

「どういう方法なの?」

「ツインタイムの破壊。やっぱりダメだ」

 将軍しょうぐんが天を仰ぐ。

「あれは、切り札ともいえる装置だ。私の口から、その命令は出せない」

「はい。それ以外にも、大きなリスクがあります」

 イリヤは苦しそうな顔をしていた。

 ライラが顔を見つめて言う。

「強制終了により、プログラムに例えると、バグが発生する可能性がある。ですね」

「そんなの、できないよ」

 エリカが悲しそうな声を出した。

「破壊命令は出せないが、私は止めない。諸君らで考えてくれ」

 エリカ・イリヤ・ライラの三人は、基地の北側にある工場へ向かった。

 息が白い。

 外は夕焼けに包まれていた。

 南のドアを開き、工場の中に入る。

 中央に、金属光沢のある黒色の巨大ロボットが横になっている。コードネームは、ハガネ。頭を東向きにして、うつぶせの状態。

 さらに、北西にもう1機が直立状態で静止。右腕が破損、左腕は欠損している。鹵獲ろかくした機体。

 三人は北東へ。置かれているツインタイムの前に立った。

 仮の身体からだを生成する装置。作動中は使用者の時間を止めるため、内部が見えない。にもかかわらず、記憶が蓄積されていく。

 スイッチによる停止はできなくなっている。

 破壊して停止させることで、何が起こるのか。知る者はいなかった。

「近くにいるのに、顔も見えないなんてね。どうしよっか。グレン」

 すこし眉を下げている、ライラ。

「わたしには、決められません」

「ずっと待つか、破壊するか。どうする? エリカ」

「戻るって言ってたけど、でも、あたし――」


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