ドウジ変身

『もういいだろう。帰還したまえ』

 通信から将軍しょうぐんの命令が届いた。

「ツインタイムが隠されてる、と思ったんだけどな」

「仕方ないわ。帰還しましょう」

 エリカは名残惜しそうに公園を見た。銅色の両腕と、グレンが海から抱えあげてきた胴体だけが転がっていた。

 グレンとエリカは、軍用車両へと歩いた。

 ヴェラザノ=ナローズ・ブリッジを西から渡る車。北にある基地を目指す。

 通信から聞こえるイリヤの声が、普段よりすこし高い。

『こんなことができるなら、やっぱり何もかもがおかしい』

「まあ。そうだな。そもそも、ツインタイムを投下する意味がなかった、ってことだからな」

 左側の運転席に座るグレンは、表情を変えていなかった。シートベルトを着用済み。

「なんで、冷静なのよ。いくらでもギンを送り込める、ってことでしょ?」

 助手席に座るエリカは、興奮している様子だ。シートベルトを着用済み。

 車は、ハドソン川のすぐ東側の道を北上。

 街路樹が多い。

 鉄筋コンクリート造りの高層な建物が立ち並ぶ、無人の街。右手に、セントラル・パークが見える。

『ギン以外にも、ハガネを所有しているメタルが、ドウのみを一定範囲に配置する。この時点で不自然です』

 ライラは状況を整理していた。

『円盤のこともある。やはり、ニューヨーク市の立ち入り制限は解除できんな』

 将軍しょうぐんは渋い声だった。

『それじゃ。ボクは、できることをやるよ。気を付けて』

「ああ。根を詰めすぎるなよ」

 グレンがすこし笑いながら言った。

 川のそば。車をのんびりと走らせる。

 セントラル・パーク南側の近く。12番街。東へとのびる57番通りが、わずかに見える。グレンとエリカが、ドウを最初に倒した戦場。

 そこに誰かが立っていた。

 道路に出てきて、車の前に姿を見せた。十分な距離がある。速度もそれほど出していない。余裕をもって車は止まった。

 小豆色のスーツ。銀髪。グレンよりも背の高い男性は、二人を見て微笑んでいた。


結田絵里花ゆいだえりかさん。お会いできて光栄です」

 エリカは助手席から降りて、腕組みをしていた。対照的に、嬉しそうな顔の男性。紫味を帯びた赤褐色のスーツに、同色のネクタイ。シャツは灰色。透きとおるような銀髪で、サイドがすこし伸びている。やや西に傾いた日差しを浴びて、すこし青く見える。

「バーティバ! 立ち入り制限されてる、って言っただろ! オレ」

 左側の運転席から降りたグレンは、本気で怒っていた。

 バーティバは気にする様子もなく、情報端末じょうほうたんまつを取り出した。

「何やってるのよ。こんなところで」

 エリカは呆れたような顔を向けて強い口調。帯が腰に巻かれ、帯刀されていた。

 二人の写真が撮られる。

成程なるほど。こんなところで、立ち話をしないほうがいいです。公園に行きませんか?」

「そういうことじゃないだろ。まったく。ニュートーキョー市には行ってきたのか?」

「はい。いいところでした。写真をご覧になりますか?」

 エリカの眉間に力が入る。

「一緒になって世間話して、どうするのよ!」

 バーティバが笑い出した。

「ははは。面白いですね。それでは、セントラル・パークへ参りましょう」

 左を向き、東へのびる57番通りを歩き始めた。

 グレンとエリカはあとを追う。

「こっちの都合を聞いてくれよ。まったく」

「もういいわ。何かあったら、ちゃんと、この人を守ってよ。面倒みきれないわ」

了解りょうかい

 三人は歩いていく。

 57番通りをまっすぐと。

 11番街。

 10番街。

 9番街。

 8番街。

 それぞれいちべつもせず通り過ぎて、7番街を北へ。

 セントラル・パークの南側に入った三人。芝生しばふの広がる場所の、南まで来た。木製のベンチに座る。

 辺りには木々が立ち並び、枯葉が舞っている。緑と茶色が織り成す景色を眺めていた。

 西側に座るバーティバが口を開く。

「美しいですね」

 右隣に座るグレンは、ちらりと右を見た。

 すこし愁いを帯びた女性が、瞬きをする。長いまつげが動いた。

「おお。分かるのか? エリカも、黙ってれば美人だよな」

「何。その、トゲのある言いかた」

 東側に座るエリカは、表情を引きつらせている。すぐに笑い声が漏れた。

 バーティバもつられて笑い出す。グレンも笑いだした。

「そうですね。炭素生物は美しいものです」

「炭素? なんだ?」

 グレンの問いに答えは返されなかった。

「もうすこし、お話ししたかったのですが」

「よぉ。仲良くお喋りか?」

 三人のうしろから声が聞こえた。

 目つきの悪い、首に長めの黒いスカーフを巻いた男性が立っている。


「もう、いいだろ。白黒つけるときだ」

 青年は笑っていた。

 濃い灰色の上着。深紫色のパンツ。長めの黒いスカーフ。えり足や耳周りがすこし伸びていて、とがった髪型。

 グレンは慌てていた。立ち上がって振り返る。

「ちょっと待て。ウルフ! 一般人がいるんだぞ」

「そうよ。落ち着いて。お願いだから」

 エリカも慌てていた。同じく立ち上がっていた。

 バーティバは落ち着いている。座ったままだった。

「おや。写真、見ますか?」

「見ねぇよ。招かれてもないのに、こんな辺境でチョロチョロしやがってよぉ」

 南に立つウルフは、姿勢を低くした。

 反応して、グレンがパワードスーツを装着そうちゃくする。

「焦らないでください。兵戈槍攘へいかそうじょうから逃げるつもりはありません」

 立ち上がったバーティバは、芝生しばふの広がる場所へと歩いていく。

 ウルフは鼻を鳴らした。姿勢を元に戻す。

『いかんな。至急、イリヤを呼びたまえ』

 将軍しょうぐんが誰かに命令した。

 ゆっくりと歩くウルフを、グレンが見ていた。エリカを自分の身体からだのうしろに下げている。

「なんだよ、いったい」

「俺の目的は、そいつだ。そのあとは、グレン。遊ぼうぜ」

 セントラル・パークの南側。緑のじゅうたんが広がる場所。背の高い銀髪の男性が北側に。とがった髪型の青年が南側に。すこし離れて立つ。

 青年の首に巻かれた、長めの黒いスカーフがなびく。

変身へんしん!」

 おおげさにポーズを取ったウルフが叫んだ。

変身へんしん

 バーティバは体勢を変えず、ゆっくりと言った。

 一瞬で姿が変わる。

 メタリックな輝き。紺色を基調とした装甲。昆虫の外骨格のような見た目。関節部分は青色。装甲には赤色や白色の部分がある。白いバイザーが目の位置に二つ。口元はあごの部分にかけて角張っていた。顔に見える。

「おまえだったのか」

 似たような姿になっているグレンが、驚きの声を上げた。

「なに、これ」

 エリカは目をそむけた。

 ウルフの身体からだが変化していた。

 服を取り込んで一回り大きくなる。全身が茶色に変わっていく。あちこちがとがって、鉱物のような見た目になった。黒いスカーフは、そのまま首に巻かれている。

「宇宙の意思がうるせぇからな。刈り取らせてもらう」

「やはり、呪縛は解けないようですね。ならば、引導を渡すのが、せめてもの情け」

 コードネーム、ビーは、落ちている枯葉の束を拾った。

 右手で握りしめると、光る剣が発生した。

「おいおい。金属でもない物を武器にしやがったぞ」

「招かれざる者に教えてもらってないのか、とか言ってたわよね? ウルフ」

 エリカの言葉に、通信でイリヤが反応した。

『ビー、いや、バーティバが全てを知っている?』

『その可能性は高いと思われます。援護することを推奨します』

 ライラは冷静だった。

「援護は不要です。ワタシの千軍万馬せんぐんばんばをお見せします」

「はっ。無粋な真似すんじゃねぇぞ?」

 変身したバーティバとウルフは、真っ直ぐぶつかった。


 光る剣をはじく、茶色い鉱物のような物体。

 ひじが光っていた。人の形をしていない。背中から、翼のような形状の鉱物が出現した。2つとも、肩から前に折れ曲がる。

「フォトンランチャー!」

 2つの光る弾が発射された。秒速150メートル。

 紺色のパワードスーツ姿の人物は、両手を前に構えた。棒が手から離れる。光る刀身が消えて、芝生しばふの上に落ちた。

 両手の前に、曲線を描いた光る壁が現れていた。弾が吸い込まれるように入って、反射されたように相手へ向かう。

 鉱物と化しているウルフに命中。

『こんな複雑な形状を。まさか、一瞬で計算して生成したのか?』

 イリヤが呟いた。

「そうです。フォトン武装は、設計図によって、形をいかようにでも変えることができます」

「講釈、垂れてる余裕が、命とりだ」

 ウルフの突き出した右腕が、木の根が伸びるように広がる。

 間一髪、バーティバがうしろに下がった。そのときには、ウルフが身体からだをひねっていた。右腕を地面に刺し、左足で回し蹴りを放つ。足のうしろから刃が伸びている。

 よけきれず、バーティバの胸部装甲が傷ついた。

「オレが言うのもなんだけどさ、人間じゃないな。というか、通信の声小さいのに、な」

「ちゃんと守ってよ。あたし、一般人なんだから」

 パワードスーツ姿のグレンと迷彩服姿のエリカは、戦いを見守っている。

「やはり、これを使うしかありません。……機動」

 紺色のパワードスーツが変化していく。装甲が1枚増え、花びらをまとったような姿に変わった。下から上へと伸びている。

「そうでないと、面白くない。だろ? 招かれざる者!」

 あちこちから突き出していた鉱物が、身体からだの中に埋まっていく。手足の指も埋まる。手と足の先が、それぞれ1つの塊と化した。

 2つの人型の存在が、音も立てずに歩く。慣性の法則を無視して繰り広げられる、肉弾戦。

「思ったんだけどさ」

「何?」

「地面に足つける必要ない、よな?」

「あたしに聞かれても」

 花のようなパワードスーツと武骨な鉱物がぶつかって、金属音が響いた。

「そんな古臭い身体からだで、よくやった。だが、ここまでだ!」

 鉱物と化したウルフは、右手部分をかぎ爪のように変形させる。引きちぎられた、自身の左腕。右手と左腕が1つの塊になっていく。巨大な拳へと変貌した。

 パワードスーツ姿のバーティバは何もしない。拳法の構えをとっている。

「勝負」

「潰れろ!」

 右腕で殴りかかるウルフ。

 バーティバの身体からだから光が噴射した。紙一重でよけて、そのまま右腕の付け根に拳を叩き込む。光る推進力によって加速したバーティバ。ウルフとともに、セントラル・パークの北側へ飛んでいった。

 途中の池で水しぶきが上がる。

「追いかけるぞ」

「ちょ、ちょっと」

 グレンはエリカを横抱きにして、戦いの行方を見届けるため、北へ向かった。


 花びらのような追加装甲をまとった、紺色のパワードスーツ。

 茶色に染まる公園の中で、右腕から光を放つ。スラスターによる加速を乗せ、茶色い鉱物の右腕が砕けた。

「まだ、足がある!」

 蹴りをねらう鉱物。攻撃が空を切る。

 紺色の左腕が光って、鉱物の胴体に穴が開いた。

「はははっ。面白れぇ!」

 鉱物は頭突きを繰り出した。左腕で受けて、パワードスーツの花びらが舞う。

「御免」

 その回転すら利用して、右腕が振られていた。光を放つ。鉱物の頭に当たり、そのまま茶色の地面に激突する。

 地響きが起こった。土煙が晴れると、バーティバが立っていた。手には黒い布。西に傾いていく日を見ながら、ひとすじの涙を流した。


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