任務完了

「やあ。これを見ているということは、まだ生きているみたいだ。なにより」

 黄色い服の男性が微笑んだ。

「ぼくは、ディエゴ。フィリピンにいる。情報局がうるさくて、メールが送れなかった」

 映像のうしろで、数人が何かを話す声がした。ディエゴが横を向いて注意する。

「ありがとう。武器を送ってくれたから、ツインタイム使いになれた」

 厚い唇の男性は、軽くお辞儀した。

「ほかの国でも、役に立っているみたいだ。いつか、恩返しさせてくれ」

 画面に手が近付く。すこし揺れた。

「すぐには行けない。それまで、死ぬなよ」


「あとは。基地から一番遠い、スタテンアイランド区だな」

 灰色に近い迷彩服姿の男性が言った。ほかに褐色・緑色が混ぜられていて、市街地・砂漠・森林に対応している。髪は短髪で、黒色。

 服の上からでも分かる、盛り上がった筋肉を持つグレン。インナーイヤー型のヘッドフォンを耳につけている。マイク機能で、双方向通信が可能。自動車の左側。運転席に座っていた。シートベルトを着用する。

 すでに、暖房のスイッチが入っている。

「マンハッタン区と、ブルックリン区を経由したほうが早そうね」

 助手席に座った女性が言った。迷彩服姿。髪は長く、うしろで束ねられている。淡い茶色。隣に座る男性と比べると、背が低いエリカ。シートベルトを着用した。グレンと同じく、ヘッドフォンを装着済そうちゃくずみ。

 ニュージャージー州のフォート・リー基地から、武骨な軍用車両が発進した。正式には、高機動多用途装輪車両こうきどうたようとそうりんしゃりょう

 クリーム色の車体が、摩天楼まてんろうからのぼる朝日をあびる。川の前で規制線きせいせんを越えた。

 ハドソン・リバー・ブリッジの一番右の車線を走る。

 ニューヨーク市マンハッタン区へと続く、長さ1キロメートル以上の鋼のつり橋。上層8車線。下層6車線。

 川の流れは真北からではなく、30度近く東寄りから。30度近く西寄りの南へ。沿うようにして、街も道も斜め。地図の上では。

「ところで。帽子、かぶらなくていいのか? 迷彩の」

「いいでしょ。迷彩服もいらないくらいなのに。効果ないから」

「それも、そうだな」

 クリーム色の軍用車が、橋の出口に近付いてきた。

 眼前の大都市には誰もいない。

 あの日、空中に静止する巨大な円盤から、街に自律機動ロボットが投下された。

 目的不明の敵。メタルによって、人々が消された。とつぜん円盤が現れ、いつのまにか消えていた。

 二人の車は、川沿いの公園近くの道を走る。たくさんの木々が並ぶ、ハドソン・グリーン・リバーウェイ。

 道の周りあちこちに、赤橙色の四角いロボットが倒れていた。

 金属光沢のあるそれは、ドウと呼ばれる機械人形きかいにんぎょう

 装甲は戦車の砲撃にも耐える。つかまれると、人間に振りほどくことはできない。内燃機関ないねんきかんを持たず、どこからか送られているエネルギーで動く。エネルギー受信装置の破壊によって、機能停止していた。

 グレンが口を開く。

「思ったより遠いな。ハガネで飛んだほうが、よかったんじゃないか?」

「ただでさえ、目立ってるのに。余計なことしてどうするのよ」

 エリカが口をとがらせた。

 メタルの巨大ロボット。ハガネ。全長13メートル。

 重力制御装置により、無音での飛行が可能。パイロットへの負荷もない。自律機動もできる。

 鹵獲ろかくしたのは2機。1機は両腕が損傷しているため、攻撃能力はない。もう1機は、重力制御装置と左足が損傷している。

「まあ。のんびりいくか」

「たまには、ドライブもいいでしょ」

 スタテンアイランド区までは、まだ20キロメートルあった。

 アメリカ大陸は広大で、道も広い。

 ニューヨーク奪還作戦もいよいよ大詰め。


「フォート・ワズワーズから、南西へ進みつつ片付けましょう」

了解りょうかい

 ブルックリン区の西の果てから架かる、長さ1キロメートル以上の吊り橋。

 ヴェラザノ=ナローズ・ブリッジ。自動車専用。2層構造。上層、下層ともに6車線。海をまたいで結ぶのは、スタテンアイランド区。

 橋を下りる前に、エリカが眉を下げる。

「やっぱり、おかしいわ」

「作戦変更か?」

「違うでしょ。橋の上だけ、ドウがいないこと」

 橋でロボットに襲われたことはなかった。

 グレンは口を閉じて力を入れた。すぐ緩める。

「結構、重いからな。ドウ。橋が落ちると困るからじゃないか?」

「かもしれないわね」

 橋から下りる道の途中で、クリーム色の軍用車両が止まった。

 まぶしい朝日が、助手席から降りたエリカを照らす。帯を手に持っている。上着の上から腰に巻いて、刀を帯びた。鞘は灰色。流れるような動きで抜刀した。

 抜きやすいように、中央部分でもっとも反った形になっている打刀うちがたな。長さ、約70センチメートル。刀身は変形させたドウの装甲。頑丈かつ、しなやかで鋭い。

 つばに近いつかの部分に、銃の引き金のようなスイッチがある。高周波による振動で、刃の切れ味がすこし上がる。しかし、電力消費量が多く、バッテリーは長く持たない。リミッターを外した場合、普通の人間には制御困難。

装着そうちゃく!」

 グレンの仮の身体からだが変化して、パワードスーツが疑似的に装着そうちゃくされた。一瞬のできごとである。

 白に近い薄緑色を基調とした装甲。メタリックな輝き。関節部分は黒色。装甲には赤色の部分がある。昆虫の外骨格のような見た目。目の位置に横一直線のバイザー。オレンジ色。口元はフェイスマスクの形状。顔に見える。

 基地の工場内にあるツインタイム。鹵獲ろかくした銀色の装置。これにより、仮の身体からだの操作と変形ができるのだ。

 巨大な円盤がいつ飛来するとも限らない。リスクを考え、大部隊は投入できない。

 エリカは、ドウ破壊任務を志願。現場での指揮を担当している。白い息を吐いて、かわいらしい声が響く。

「慣れたころが、一番危ないっていうわ」

了解りょうかい! 油断大敵ゆだんたいてき

 パワードスーツ姿のグレンは、左手にブレードを生成した。


「おい。いいのか? これで」

 パワードスーツ姿のグレンが、左手のブレードを斜め下から突き上げた。ドウの胸を貫く。

「あたしに聞かないでよ」

 迷彩服姿のエリカは、その横に立つドウを見ている。両手で構えた刀。胸部装甲の隙間に突き立て、すこしひねって抜く。

 金属光沢のある赤橙色の刀身が、すこし西に傾いた日差しを反射。まばゆい光を放った。

 赤橙色のロボットが2体、崩れ落ちる。

 二人は海を見ていた。北には、ニュージャージー州の陸地が広がっている。

『再度、確認する必要はありますが、目の前のドウで殲滅せんめつは完了です』

 通信をおこなったライラ。声には抑揚が乏しかった。

 現場の映像は、グレンのパワードスーツ内蔵のカメラから、司令部へ送られている。

 二人の目の前には、岸壁に2体のドウ。作動範囲に入っていないため、停止していた。

 ニューヨーク市の南西にあるスタテン島。

 島の面積は、約150平方キロメートル。その北東に位置する、セント・ジョージ地区。東には、海をはさんでブルックリン区がある。

 これまでに機能停止したドウは、9999体。残りは、眼前の2体。

「続いて!」

 叫んだエリカが、機械人形に近付いた。手には刀。

 とつぜん、動き出すロボット。四角い胴体。腹部には横長の板が数枚ならび、あいだに隙間がある。

 刀を揺らしたエリカが、一気に接近。渾身の突きを繰り出す。刀が装甲の隙間をすり抜け、エネルギー受信装置に損傷を与えた。

 高い音がひびく。

 四角い頭のロボット。まるい目と長方形の口は動かない。何も言わず、その場に倒れた。

了解りょうかい!」

 白に近い薄緑色のパワードスーツには、武装がなかった。かるく走ってドウに接近。

 右手を構えて、胸部に拳をのばす。そのあいだに、右腕にブレードが生成されていた。胸に突き刺さる。背中から突き出た。

 メタルの赤橙色のロボットは、すでに機能停止している。

 ブレードは、ドウの腹を蹴ることで抜かれた。グレンは装着そうちゃくを解除。姿が元に戻る。

 おもちゃのような顔を見せて、機械人形きかいにんぎょうは仰向けに倒れた。

 これまでに機能停止したドウは、1万と1体。


 ヴェラザノ=ナローズ・ブリッジ。

 東西に海をまたぐ巨大な橋。

 西側のスタテンアイランド区から、迷彩服姿の二人が近付いていく。橋の近くに止まっている軍用車両を目指していた。クリーム色で四角い。武骨。

 南へ続く道を歩く二人。東には海が見えた。すこし西へと傾いた太陽によって輝いている。

「てっきり、白い装置があると思ったんだけど、な」

 背が高めのグレンが言った。

「あたしは、区ごとにあると思ってた」

「それもだけど、ビーも姿を見せないよな」

 グレン以外のパワードスーツの人物。10体のドウを倒しただけで、目立った動きがない。コードネーム、ビー。

「おかしいことだらけね。気を抜かないで」

 男性と比べると余計に背の低く見えるエリカが、襟を正した。

 優しそうな声のイリヤから通信。

『気を付けて。何か起こるとしたら、これからだ』

『はい。最大限の警戒を推奨します』

 よく通る声のライラが続いた。

『うむ。二人とも、よくやってくれた。エリカ、グレン。無理はするな』

 渋い声のホレイシオ将軍しょうぐんは、二人をねぎらった。

了解りょうかい

 二人は同時に返事をして、笑った。

「でもさ。あとはイリヤの頑張りだろ? 正直」

「まあね。銀色の円盤には、ハガネ以上の武力がないと、太刀打ちできないわ」

 歩きながら会話を続ける二人は、緑の芝生しばふの上に人影を見た。東側。海の近く。

 落葉樹が多く植えられて、ほとんどが茶色に染まった公園。広さは、50平方メートル以上。東西に長い。アーサー・ボン・ブライザン・パーク。

 メタリックな輝きを放つ人影は、四角い。

「おい。まさか」

「早く、装着そうちゃくして」

 二人は臨戦態勢に入った。

 金属光沢のある灰色の四角い機械人形が、二人のほうを向く。

 ギンだった。


「無茶をするな」

 迷彩服の男性の声を無視して、迷彩服の女性が前に出る。

「囮になるわ。そのスキに。頼んだ」

 走りながら刀を抜いたエリカが、銀色のロボットに近付いていく。西から東へ。すこし北寄りに。

 グレンが一瞬でパワードスーツを装着そうちゃく。ギンに対し、すこし南寄りを目指し走る。

 四角い見た目の機械人形は、右腕と左腕を同時に変形させた。

「こいつ!」

 パワードスーツのあちこちから光が噴射した。腕や脚、背中。スラスターはほぼ全開。爆発的な推進力を得て、走る速度が上がる。

 ギンが右手をエリカに向けた。左手をグレンに向けて、同時に光る弾を発射した。

「無茶してるのは、どっちよ!」

 エリカが弾をよけたときには、すでにギンと目と鼻の先にいたグレン。走行姿勢のまま、右腕と左腕を同時に突き出す。

 途中でブレードが生成されていた。同時に右ひじと左ひじを貫通。

 さらに、右ひざからもブレードが生成された。胸を貫通して、機械人形は動かなくなった。グレンはスラスターの逆噴射が間に合わず、仲良く海へ突っ込む。

 轟音とともに、派手な水しぶきが舞う。

 遅れて、ギンの腕が公園に落ちた。色がメタリックな赤橙色へと変わる。

『時と場所を考えた使いかた、でしたね』

 ライラの声は、すこし柔らかな雰囲気だった。


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