束縛する重いクサリ

 ゴーグルが閉じて、光った。

「ふっふっふっ。さあ、やろうか」

 黒色の巨大ロボットから、ウルフの声が響いた。

 西の空にある太陽によって、金属光沢の輝きが増している。ちかくの針葉樹より背が高い。

 辺りは広大な芝生しばふの広場。プロスペクト・パーク。

『いかん。やつは飛行可能だぞ。自分の身を最優先に行動せよ』

 将軍しょうぐんの低い声が聞こえた。

「説得できれば、無傷で鹵獲ろかくできるかもしれないぜ?」

『その可能性は低いと思われます』

 ライラは、すこし呆れたような声だった。

 巨大ロボットとグレンとの距離は、200メートル。

 ハガネが巨大な右腕を構える。

「そら。よけないと、バラバラになるぞ?」

 パワードスーツ姿のグレンは動かない。

 人間サイズの光る弾が発射された。速度は遅い。秒速100メートル。すこし眺めたグレンは、ようやく西に回避した。

 地面に穴が開く。

「当たったらどうする! 敵は同じだろ?」

「当てようとしてんだ。敵なんてどうでもいい。俺を楽しませてくれ」

『ダメだよ、グレン。完全な戦闘狂だ。破壊しよう』

 イリヤの声は真剣だ。

「話せば分かるだろ。人間なら」

「俺は、上位存在だ」

 巨大ロボットの、右腕の装甲が変化していく。

 小型の銃口がいくつも連なりまるく並ぶ、筒状の武装が現れた。回転し、順番に小さな光る弾が発射された。グレンに迫る。

「ガトリング砲かよ!」

 移動先を予想して攻撃を仕掛けるウルフ。ハガネの攻撃で、芝生しばふに次々と穴が開いていく。

 グレンのパワードスーツが光を放った。全身64ヵ所のスラスターのうち、右半身が作動。光る弾をよける。次は左半身のスラスターが作動した。

 薄緑色のメタリックな輝きが、不規則な動きでハガネに迫る。

「ようやくか。おせぇんだよ!」

 ハガネの右腕が元の形に戻る。今度は左腕の装甲が変化した。光る盾が発生して、胸部へと跳んだグレンを防いだ。

 グレンは右腕にブレードを発生させていた。光る盾とぶつかり、高周波ブレードが激しく振動している。

『盾にもなるのか。やっぱり、物質に近い何かだ』

 すこし興奮したような声。イリヤは分析していた。

「感心してる場合じゃないぞ。鉄壁じゃねぇか」

 前方も含めた左半身から光を放って、グレンが着地。すぐにスラスターで距離を取った。

「なんだ? フォトン武装も知らないか。まぁ、腐ってもDの試作機、ってやつだ」

「詳しく聞かせろ!」

「来い。武装なしで相手してやる。楽しませてくれたら、話すかもなぁ」


 黒色の巨大ロボットが素早く動いた。足を踏み込み、手をのばす。

 しかし、ハガネの頭部に乗り込んでいるウルフは、ほとんど揺れていない。濃い灰色の上着も、深紫色のパンツも、長めの黒いスカーフも。静かに佇んでいる。

 360度、全方向の映像が映し出されている。すこし赤く染まった空が、広い公園の芝生しばふを染めていた。

 立っているのは、球形にくり抜かれた空間。足元がすこし平らになっている。

 球形の全面がディスプレイになっていた。

 ウルフの足元に転がる、棒のような2本の金属。ハガネが激しく動いても、ほとんど動いていなかった。


 薄緑色のパワードスーツが、縦横無尽じゅうおうむじんに動いていた。

 移動のたびに、光を噴射する方向が変わる。巨大な黒色のロボットに攻撃を仕掛けたグレン。足で薙ぎ払われそうになって、逆方向へ跳んだ。

「でかいのに、なんでこんなに速いんだ。この前のハガネとは、違う」

 スラスターでも間に合わず、グレンは巨大ロボットの腕を受けた。吹き飛んで、落葉樹に当たる。枯葉が舞った。

『なんで、こんなことになってるのよ』

 司令部に戻ったエリカの声は、沈んでいた。

 パワードスーツ姿のグレンが立ち上がる。木は折れていない。スラスターのおかげで衝撃が和らいでいた。

 ウルフの声が響く。

「さっきから。やけに鈍いと思ったら、重力制御できないのか」

 夕焼けのなか、黒色の巨大ロボットが動きを止めた。金属質な輝きを放っている。

 通信のイリヤは、悔しそうな声。

『巨大な質量に慣性がかかっていない理由は、それか』

「科学力が違いすぎるぜ。剣で戦車に挑むくらいは、ヤバイ」

 なぜか楽しそうなグレンの声。前を見て、退こうとしない。

 ライラからの通信。

『グレン、撤退してください』

「考えてること、当ててやろうか? 逃げたら、オレがビームで街を焼く、だろ?」

 グレンは何も言わず、構えた。

「くくくっ、はっはっはっはっはっ」

 ウルフが笑い出した。

 そして、ロボットの左腕に光の剣を発生させた。

 左腕を振り上げたハガネが、右に振る。弧の軌道を描いて、剣はハガネの右腕を破壊した。

 エリカの声がすこし高い。

『わけわかんない、こいつ』

「俺なら、こういうことも、できる!」

 ハガネの左腕が奇妙に変形していった。装甲が大きく膨らみ、枝を四方八方に伸ばす植物のような見た目になる。

 腕の付け根から異音がして、ちぎれて落ちる左腕。

 にぶい落下音。芝生しばふがえぐれる。夕焼けのなか、すこし揺れる公園。

 ハガネの顔のゴーグルが開く。ウルフが姿を見せた。

「変身しないのか?」

 グレンが言った。

「いいぞ。同じ条件で戦わないと、面白くないからな」

 ハガネの胸部分に立つウルフ。おおげさにポーズを取って、止まった。

 舌打ちする。

「いいところで。……おまえら、俺の頭をバラせないか? 宇宙の意思がうるせぇ」

「何かに操られてるのか? しっかりしろ!」

「はぁ。おまえらには無理だな。本業の時間だ」

 ウルフが跳ぶ。黒い長めのスカーフを揺らして、公園の木々の中へ消えていった。

 立ち尽くすハガネ。自律機動の機能を失っていた。

 乗り込むグレン。初めて空を飛んだ。

 そして、写真に撮られた。


 期せずして、重力制御装置を無傷で入手することができた。

 鹵獲ろかくした2機目のハガネ。

 メタリックな黒色。右腕は大破。左腕は欠損している。戦闘には使えない。

 工場の中に、直立状態で保管された。北西に佇むそれは、巨大な彫刻のように見える。

 解析のための足場を建造中。

 ほかにも回収されたものがある。あちこちから木の枝のようなものが突き出して、異形に変化した左腕。別の倉庫内に保管されている。

「どうやったら、こんな形になるんだ?」

「理論上は可能だよ」

「理論と実践は違うだろ」

「確かに、そうだね」

「最近ツインタイム使いになった、ってわけじゃないのか? あいつ」

 鹵獲ろかくした装置は、地球の科学力をはるかに超えた存在。

 依然、解析には時間がかかる。


 朝日が顔を出す前。

 グレンは基地の敷地を走っていた。もちろん、仮の身体からだなので、筋肉を鍛える必要はない。

 半感応式の灯りが、暗い空の下で辺りを照らす。

 基地の東端。普段は訓練がおこなわれる広い場所。南から北へと走っていたグレンの前に、通行人が現れた。敷地の外から話しかけてくる。

「どうも。近間紅蓮ちかまぐれんさん。鍛錬ですか?」

 グレンよりも背の高い男性だった。

 栗色に近い色のスーツと同色のネクタイを身につけ、シャツは灰色。透きとおるような銀髪が目立つ。もみあげに近いサイドがすこし伸びている。

「まあ、そんなところかな。というか、オヤジみたいな呼び方しなくても。グレンでいいぜ」

 迷彩服を着たマッチョな男性は、苦笑いしていた。頭のうしろをかく。

「オヤジさん、ですか。どのような人物ですか? 日本の方ですね?」

「ああ。その前に、名前教えてくれよ。そのほうが何かと便利だろ?」

「ワタシは、バーティバ。あなた方のファンです」

 銀髪の男性は、わずかに微笑んだ。灯りに照らされる体の線は細い。

「ん? そいえば見物人のなかにいたような。まあいいか。オヤジは、日本から来たんだ」

成程なるほど。お仕事ですか?」

「いや。オヤジが子供の頃に、天変地異てんぺんちいで人が住めなくなって。大勢移り住んだらしい」

色即是空しきそくぜくうとはまさにこのこと。そのような歴史を辿った方々は、どちらに?」

 グレンは、東を指差す。

「でかい橋あるだろ? ハドソン・リバー・ブリッジ。先の州を何個か越えた北東。メイン州。ニュートーキョー市」

「成程。ありがとうございます。ワタシの知っている名前とは違いますね」

「建物や地名、言葉まで変わっていくからな。そういうこともあるのか」

 グレンはすこし難しい顔だった。

「ええ。それが重要なのです」

「あ。知ってると思うけど、いまは通行規制かかってるから」

承知しょうちしました」

「じゃ、そろそろ戻る。飯の時間だ」

結田絵里花ゆいだえりかさん。青海伊利哉せいかいいりやさん。冷泉來羅れいせんらいらさん。それに、本寺甫嶺志雄もとでらほれいしおさんにもお会いしたかった。残念です」

 バーティバは、情報端末じょうほうたんまつを取り出してグレンを撮影した。

「おい。困るぜ。一応、軍事機密なんだからな」

「無礼でしたか。写真に凝っているので、つい。それでは、またの機会に」

 銀髪の男性は北へと歩いていった。

「うっかり喋りすぎたか。ライラに怒られそうだな」


「ファンだって言われて、ペラペラ喋ったわけ?」

 食堂での朝食を終えたエリカが、普段より低めの声を出した。グレンの向かいに座っている。迷彩服姿。うしろで結ばれた長い髪が揺れた。

 東の窓から見える外は、薄暗い。

 冷たい風の吹く屋外。いっぽう、兵舎と隣接する食堂内は、暖房で快適な温度になっている。

「オヤジのことしか喋ってないぞ。バーティバは、写真がどうとか、って言ってたな」

「ハガネの鹵獲ろかくが要因かと。ネットには、片足跳びをする映像があります」

 ライラが、推測と事実を述べた。金髪ミドルヘアが揺れて、情報端末じょうほうたんまつが取り出される。紺色の服に色白の肌が映え、美しい。

「海底での、つらい記憶が蘇ってきたな。頭痛いぜ」

「名前まで知ってるなんて、ジャーナリストかな? 変なことしないでよ。グレン」

 グレンの左隣に座っているイリヤは、心配していた。迷彩服を工場での作業着がわりに着ている。

「大丈夫だって。そろそろ歯磨きだろ。さて、今日も任務に励もうぜ」

 グレンは、そそくさと部屋を出ていった。


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