刈り取る者

 レッドフック。ブルックリン区北西部の街。

 北東以外を海に囲まれていて、潮の香りが漂う。

 住宅街の道端に、人型の何かがいくつも横になっていた。メタリックな赤橙色。全長170センチメートル。装甲は四角い。関節部分はむき出し。腹部の装甲は横向きの板が数枚。

 目はまるく、口は長方形。そして、手だけが人間の構造に近い。

 自律的に動くロボットだった。武装はない。すでにエネルギーの供給を断たれている。

 暗号名は、ドウ。

 2つの人影が、ドウの胸を刃物で突いている。

「ブルックリン区の制圧完了」

 灰色の迷彩服姿の女性は、すがすがしい表情。長い髪がうしろで結ばれている。前髪は長くない。淡い茶色。

 エリカは、腰の鞘に刀をしまった。灰色の鞘に、メタリックな赤橙色の刀身。

 上着の上から、腰に帯が巻かれていた。背は低く見える。

「スタテンアイランド区は、明日に回すことを提案するぜ」

 比較対象物の身長は、約180センチメートル。

 メタリックな輝き。白に近い薄緑色を基調とした装甲。昆虫の外骨格のような見た目。関節部分は黒色。装甲には赤色やオレンジ色の部分がある。

 目の位置に横一直線のバイザー。口元はフェイスマスクの形状で、顔に見えるような設計がされている。

 パワードスーツだ。

 渋い声の将軍しょうぐんから、通信。

『うむ。本日も、よくやってくれた。司令部に戻りたまえ』

了解りょうかい

 二人同時に返事をした。パワードスーツが解除されていく。

 灰色の迷彩服姿の男性は、爽やかに微笑んでいた。短い髪は黒色。

 グレンは、西に傾いた太陽を見た。

 近寄ってきた女性が、かわいらしい声を出す。

「気温が下がってきたわ。車の暖房入れてよ」

了解りょうかい

 温度に鈍感な男性が、クリーム色の軍用車へと歩いていった。

 倒したドウは7990体。正体不明のビーが倒した数10体。残りは、推計2000体。


 二人とも、シートベルトを着用している。

 自動車がブルックリン橋へ向かう途中で、通信が入った。

 広域レーダー担当のラバーンが慌てている。

『また、未確認飛行物体です。前回のハガネと同じ場所!』

「まいったな。まだ、プログラム解析できてないぞ」

 ステアリング・ホイールを握るグレンの手に力が入る。ブレーキが踏まれて、四角い見た目の軍用車は止まった。ブルックリン橋の前。

「それで、進行方向は?」

 右側の助手席で、エリカが聞いた。

『ええと。方角は、ブルックリン美術館方面』

「てことは。たぶん、プロスペクト・パークか」

 セントラル・パークには及ばないものの、広さ800平方メートルをゆうに超える、巨大な公園。

 前回出現した場所は、それより狭い公園だった。

「もう、1機鹵獲きろかくしたし。バラバラにしちゃってもいいわよ」

「怖いこと言うな。それじゃ、運転よろしく」

 運転席から降りたグレンが歩き出した。

 まだ、上空の飛行物体を肉眼では確認できない。

 グレンには見えていた。点のような影。

 辺りに並ぶのは、背の高い建物。

 助手席から降りたエリカが口を開く。息が白い。

装着そうちゃくしないと、司令部に映像送れないでしょ」

装着そうちゃく!」

 すぐに薄緑色のパワードスーツ姿になった。グレンは、再び南へと歩き出す。

 エリカが運転席に座って、車を北へ走らせた。

 飛来した物体は、巨大ロボット。暗号名、ハガネ。

 人間の力で戦えるようなものではない。エリカは基地へ戻っていく。

 グレンの身体からだは人間と同じではない。ドウの構成物質と同じ。ある装置を使用しているからだ。

 基地の工場内に置かれている、鹵獲ろかくした銀色の装置。

 暗号名は、ツインタイム。

 仮の身体からだを作り出し、操作可能。パワードスーツへと変形させ、武器を生成することもできる。

 先日、仮の身体以外からだいがいの物質も変化させられることが判明した。

 以前は問題なく起動と終了ができた。しかし、停止できなくなってしまった。

「広いところで、さらに戦闘データを集めよう、ってことか? メタルは」

 ドウで街を襲撃した敵。暗号名は、メタル。目的は不明。10の大都市にロボットを投下したあと、ほとんど動きがない。

『分からん。が、十分警戒したまえ。無理はするなよ』

了解りょうかい


 プロスペクト・パークの北側。

 ブルックリン公共図書館が東側にある。さらに東には、ブルックリン美術館。グレンは、北西部から公園に足を踏み入れた。

 遊歩道沿いに植えられた木々を通り抜ける。枯葉が踏まれて、開けた場所に出た。

 一面の緑。芝生しばふが植えられた、500平方メートル以上の広場。公園は、さらに南へと続いている。

 よく通る声のライラから通信。

『警戒してください。この距離からでも、攻撃可能なはずです』

 南の上空から、音もなく飛来する人型の物体。

 まだ、500メートル以上離れた前方に浮かんでいる。

 西からの日差しに照らされて、メタリックな黒色が輝く。丸みを帯びた装甲。円柱に近い形。手足の関節部分には、球状の装甲がある。腹部は板を重ねたような構造。

 目はゴーグルの形。すこし出っ張った口元は、横に線が入っているように見える。

『間に合った。ボクも、できる限りサポートする』

 やさしそうな声のイリヤが、司令部の通信に加わった。

 工場での、敵兵器解析作業を一時中断して駆けつけている。

「あてにしてるぜ。……さあ、下りてこいよ」

 パワードスーツ姿のグレンが言った。

 返事が返ってくる。

「ちょうど、いいところに来られた。宇宙の意思、仕事した」

 グレンの右手うしろ。北西の大きな針葉樹の上から、人影が飛び降りた。着地でへこむ芝生しばふ。地面がえぐられ、土がむき出しになった。

『ウルフを確認。注意してください。撤退も視野に入れることを推奨します』

 すこし声に力が入ったライラ。注意喚起した。

 目つきの悪い青年が立ち上がる。

「二対一なら、本気を出さざるをえない、だろ? グレン」

 濃い灰色の上着に、深紫色のパンツ。えり足や耳周りをすこし伸ばした、とがった髪型。首に巻かれている、長めの黒いスカーフが風になびいた。

「そんなこと言ってる場合か! 協力して、ハガネを倒そうぜ」

 グレンは、ウルフを気にしていない。

 400メートル先で、ゆっくりと下りるハガネ。音もなく着地した。

「刈り取る者に、たてついてんじゃねぇぞ。羊の分際でよぉ」

「わかった。あとで戦ってやるから。ウルフ、おとなしくしてくれ」

 言葉を聞いたウルフは、眉を下げて大きく息を吐き出した。巨大ロボットに向けて姿勢を低くする。

「ホントに、しょうがねぇ奴だな」

 一直線に走り出した。ハガネが左手を構えて、光る剣を発生させる。ブレード部分の長さは、約2メートル。

 ウルフの足が地面を蹴るたびに、芝生しばふが無残に散っていく。

 グレンも、走って接近する。

「的になるぞ!」

 ウルフは聞く耳を持たない。

 ハガネの振った剣が、わずかな動きでよけられた。ウルフは、ほぼ一直線にハガネの前に到達。大きく跳躍して、胸の上側に乗った。光の剣がかすめる。

「でかくても、木偶でくはしょせん木偶でく

 攻撃を気にする様子もないウルフ。巨大ロボットの顔に向けて走る。

 首元で何かをした。

 ハガネの顔。ゴーグル部分が開く。

 グレンを見て笑顔になったウルフは、開いた場所に姿を消した。


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