紺色のパワードスーツ

 グレンの朝は早い。

 というよりも、仮の身体は睡眠が必要ない。すでに何日も寝ていなかった。

 夜には、イリヤがノートにまとめた情報を勉強していた。

 機械工学。物理学。ドウの構造。

 現存する兵器の構造。開発中のものや、理論のみの兵器についても調べた。生成実験を欠かさない。

 そして先日、ハガネの情報が加わった。

 食堂の一角に灯りがともっている。グレンがノートを見ていた。外は真っ暗。

 着ている迷彩服には、胸と二の腕にポケットがついている。

「早いね。無理するんじゃないよ」

 衛生兵のキャシーが優しく言った。

「眠れないから。この身体。無理してるわけじゃないぜ」

「それでも、だよ。たまには、何もしないでのんびりするのも必要だよ」

 迷彩服姿の女性は歩いていった。時間を見ると、まだ朝食には早い。

「それも、そうだな」

 グレンは目を閉じた。


 しばらくして、食堂に人が溢れた。まだ日は昇っていない。

 イリヤとエリカとライラが食堂にやってきて、グレンがノートを片付ける。

 三人が食事をして、四人で雑談した。

 三人が歯を磨いて、任務の時間になる。あたりを照らし始める朝日。

 迷彩服姿のエリカとグレンが、基地を出発した。

 クリーム色の武骨な軍用車両を走らせ、巨大な橋を渡る。

 正式には、高機動多用途装輪車両。

 マンハッタン区を南へ向かって、トライボロー橋へ。そのまま南下してブルックリン区を目指す。

 シートベルトを着用済みのエリカが告げる。

「グリーンポイントから片付けるわよ」

「了解」

 シートベルトを着用済みのグレンが答えた。

 左側の運転席でステアリング・ホイールを握る男性が、助手席の女性をちらりと見た。視線を前に戻す。

 女性は、鞘に入った刀を抱きかかえるようにして、両手で握っていた。

 小さな橋の前で車が止まった。北はクイーンズ区。南がブルックリン区。橋が区の境目。

 助手席から、背の低い女性が降りた。腰に帯を巻き、白い息を吐く。

「さて。新しい刀の錆にしてくれるわ」

 なめらかに抜かれる刀。メタリックな赤橙色の刀身が、朝日を浴びて輝く。

 長さ、約70センチメートル。

 グレンが、ドウの装甲を刃に変形させたもの。

 打刀の形状をしていて、鍔に近い柄の部分に銃の引き金のようなスイッチがある。引いているあいだ振動が起こる。

 高周波振動装置が、刃の切れ味をすこし上げる。電力消費が多く、バッテリーは短命。

 鞘は灰色。帯に通して腰に巻き、文字どおり帯びる。

 柄頭つかがしらの中にはスイッチがあり、押すことで柄の中心からも引き金が現れる。

 2つの引き金を引いているあいだ、リミッターが解除される。

 元はパワードスーツ用。改良されていても、最大出力を人間が制御するのは至難のわざ

「試したくなる気持ちは、痛いほど分かるけど、無理するなよ」

 運転席から降りた背の高い男性が言った。

 橋を渡った南側の街には、人間サイズのロボットが等間隔で立ち並んでいた。

 朝日を浴びて金属的な輝きを放つ、赤橙色の機械人形。

 ニューヨーク市から人々を消した白い装置と関係する、自律機動兵器。目はまるく、口は長方形。装甲は四角い。

 一定範囲内に近付くと動き始める。

 緩慢な動き。しかし、機械の腕で掴まれると、人間に振りほどくことはできない。

 ドウを送り込んだ敵。コードネームは、メタル。目的はいまだ不明。

 これまで破壊したドウは、5413体。残り、推計4587体。


「心配したけど、やっぱりオレとは違うな。無茶しない」

 パワードスーツ姿のグレンは感心していた。

 目の位置に横一直線のオレンジ色のバイザー。口元はフェイスマスクのようで、顔に見える。

 白に近い薄緑色を基調とした装甲は、メタリックな輝き。昆虫の外骨格のような見た目。

「そうでもないわ。一人なら無茶してた、かもね」

 迷彩服姿のエリカが、ドウの腹を蹴る。胸に刺さっていた刀が抜けた。

 引き金に指は入れられていない。振動なしで、一撃のもとに倒していた。

 現場での指揮を担当するエリカ。階級は伍長。

「またまた、そんなこと言っちゃって。ああ。ハガネの解析が待ち遠しいぜ」

 右腕のブレードで次々とドウを倒すグレン。心ここにあらずといった様子だった。

 高い建物が立ち並ぶ街中。被害を減らすため、二人は倒す場所を選んでいる。

 イリヤからの通信。

『そんなことだろうと思って、途中で様子を見にきたよ』

「何か分かったんだろ? 光る弾か?」

『現状、そっちは後回しで。ツインタイムに関することなんだけど』

 会話を聞きながら、エリカはもくもくとドウを倒し続けていた。柄は両手で握られている。

 頭のうしろで、淡い茶色の髪が揺れた。

「あれだろ。ハガネの操縦に関することだろ?」

『鋭いね。思考を読み取るような操縦方法は、ツインタイムにも似通っている』

「それだと、ツインタイムのほうが高性能じゃないか? 身体以外の物質にも作用してる」

『おそらく、ツインタイムは最新型。あるいは、本来の用途が戦闘以外の何か――』

 パワードスーツ姿のグレンは手を止めた。頭を振って、再びドウにブレードを突き立てた。会話を続ける。

 エリカは横目で見ながら、さらにドウを倒す。すこしひねって刀を抜いた。

 二人は、お互いの背中を守りながら戦い続けた。

 イリヤが工場での解析作業に戻る。

 そのころには、ブルックリン区の東側、3分の1のドウが機能を停止していた。

 すこし声を弾ませたライラが伝える。

『確定ではありませんが、マニラでギンを倒したとの情報が入りました』

 ツインタイムを使用して、ドウが武装を得たものが、ギン。

 グレンとエリカが過去に倒したギンは、光る弾を発射する銃と、光る剣の発生装置を装備していた。

「新型の高周波ブレードが役に立ったか?」

 グレンが明るい声を出した。

 ドウの装甲を変形させた新型振動剣を、メタルに襲撃された国々へ送っていた。

 大都市における人々の消失で混乱に陥っている国に、トーマス国務長官やデイヴィッド大統領が地道に働きかけ、他国の信頼を得たのだ。

 さらには、マイケル国家情報長官が、自国におけるドウ破壊の情報を与えていた。

「最初は、大統領に装置の破壊を止められて、もやもやしたけど」

 エリカがドウの胸を一突き。すぐに抜いて別のドウへ向かった。

「破壊してたら、反撃はなかったし。感謝、だな」

 パワードスーツ姿のグレンがドウを突き刺す。道の端に移動させた。

 二人の洗練された戦いかたにより、住宅街に被害は出ない。


 ドウ破壊任務中の二人は、誰もいないはずの街で人影を見た。

 しかも、まだドウを排除していない場所。

「あんまり関わりたくないな。オレ」

 グレンは逃げ腰だ。

 エリカは、ドウを倒しながら前に進む。相手がいた方向へ近付いていく。

「気持ちは分かるけど。まずは、安全を確保しましょう」

「了解」

 イーストニューヨークの西。ブラウンズヴィル。

 人が消失する前は、極貧層が住んでいた。大都市にはつきものの場所。スラム街だった。

 背の高い建物と古びた建物が混在していて、木々が多く茂っている。

 十字路の手前のドウを殲滅した二人。

 その曲がり角の先に、ドウとは違う存在を確認した。

 姿は、グレンのパワードスーツに似ていた。昆虫の外骨格のような見た目。

 紺色を基調とした装甲。金属光沢のある輝き。青色の関節。装甲には赤色や白色の部分がある。

 白いバイザーが、2つ離れて目の位置にある。あごの部分にかけて角張っている口元。

 顔のような設計だ。

 まだドウを倒していないはずの場所に、機能停止したドウが転がっていた。

「紺色。それもアリだな」

「やっぱり、どこかの国のツインタイム使い?」

 返事はなかった。

 紺色の相手に接近していくドウが、右腕に出現したブレードによって貫かれる。

 その人物は、ゆっくりとグレンとエリカのほうを見る。何も言わなかった。

 もとの方向に顔を向けて、建物の陰へと消えていった。

『深追いはするな。一度、戻ってきたまえ。対応方法を検討する』

『将軍。その前に、コードネームを。二人目という可能性から、ビーというのはどうでしょうか?』

『ふむ。現状では凝った名前にしないほうが良いな。それでいこう』

 将軍とライラの会話が終わった。グレンが話し出す。

「戻る前に、試したいことがあります。いいですか?」

『一応、規則だからな。内容を話したまえ』

「ドウを、稼働状態で鹵獲できるかもしれません」

『リスクがある、ということかね?』

「プログラムが複雑なので。動かないように上書きした場合、バグで誤作動が起こる可能性が」

『構わん。グレンなら対処できるだろう』

「了解!」

 グレンの声は、トーンが上がっていた。

 エリカは驚きの表情を隠そうとしない。

「プログラム書き換えって、全部覚えたの?」

「ああ。……さて。やってみるか。何発か殴られるだろうな」

 ドウの頭を掴んだグレンは、ドウに腕を掴まれた。

 腕が下ろされる。殴られることはなかった。ドウは直立不動で静止した。


「じっと見られてると、やりにくいんだけど」

 工場内の南西で、迷彩服姿のイリヤが苦笑いした。

 大小さまざまな装置に囲まれて、胸部の装甲が外されたドウを調べている。

 内部に損傷はない。

「気にしないで、作業を続けてください」

 ライラが見守っていた。紺色の服にスカート姿。

 近くにもう一人立っている。

「オレには、責任がある。というより、将軍の命令だ」

 迷彩服姿のグレンは、にやにやしていた。

 すでにドウの電源は落とされている。見張る必要はなかった。

 三人とも十八歳。

 そのうしろ、倉庫の中で横になる巨大ロボットのハガネは、顔を下に向けていた。

「立ち上げとシャットダウンを繰り返しても、異常ないから。もういいでしょ」

「いや。二重プログラムされてるようなシロモノだぜ? 油断するな」

 もっともらしいことを言うグレン。顔は笑っていた。

 工場の、南側のドアが開かれた。中に日差しが届く。

「グレン! 戦闘訓練よ!」

「え? 任務中だぜ」

「返事は?」

「了解!」

 元気のいい返事とともに、エリカのもとへ向かうグレン。

 同い年のエリカが背中を見せて、髪が揺れる。グレンは工場をあとにした。

「エネルギーの正体がわかれば――」

 つぶやく男性のうしろで、ドアが閉まった。


「訓練だからって、気を抜かないこと」

「了解」

「じゃあ、左手で棒を持って」

「左手かよ」

「返事は?」

「了解!」

 エリカとグレンは、左手に訓練用の棒を持った。

 ぶつけてもすぐに曲がる柔らかい素材で、長さ、30センチメートル。

 すこし離れて、お互いの顔を見る。

 フォート・リー基地の東端。陸上競技をおこなえるような広い土地が、南北に長く広がっている。

 エリカは南側。グレンは北側に立つ。

 太陽は、南からすこし上がった場所。二人を照らしていた。

「開始」

 言葉のあとで、エリカがあっというまに間合いを詰めた。

 右手で殴るような構えを見せて、グレンが反射的に西へ跳ぶ。

 すかさず左手の棒を振るい、グレンに一撃浴びせた。

「はい。一本」

「いまのは……いや。オレの負けだ。定位置に戻って、もう一回!」

 二人は、昼食の時間までひたすら棒を振るった。

 昼食の時間。グレンは、左手で文字を書く特訓をしていた。

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