文武両道

『グレン。いま、どのような操作をおこないましたか?』

 ライラの声が、わずかに震えていた。

 パワードスーツ姿のグレンがいるのは、巨大ロボットの頭部内。

 球形の空間。足元がすこし平らになっている。

 全面がディスプレイになっていて、外の風景が映されていた。鉄筋コンクリート造りの高層な建物が並ぶ。

 日は高い。すこしだけ西へ傾いていた。

「別に、何もしてないぞ? この棒を拾っただけで」

 パワードスーツの左右それぞれの手には、棒のような金属が握られていた。

『左ひざを軸にして、右足でゆっくり立つようなイメージを、思い浮かべてみて』

 イリヤの声は興奮気味だった。

「なんだよ。心理テストか? 専門外だろ?」

『いいから。左ひざを軸にして――』

「わかったぜ。左ひざを軸にして、右足でゆっくり立つようなっ。なんだよ」

 グレンの見ている景色が動いた。上にすこし動いて止まる。

 ロボットがいる場所は、L字になっている芝生の公園。南端。

 さらに南は、海。

 ロボットの目はゴーグルのような形状。光っている。口元はすこし出っ張っていた。全身のほとんどが金属光沢のある黒色。直立時は二階建ての建物ほどの高さ。

 いまは、左ひざを立てて座っていた。コードネームは、ハガネ。

 中が激しく揺れた。

「動いたぞ! これ、生身だと耐えられないだろ。振動がヤバイぜ」

『送られてくる映像で、その前に動いてたんだよ。ハガネが、頭のうしろをかいてるのが』

 イリヤの言葉を聞いたグレンは無言だった。

 エリカが普段どおりに言う。

『自分のクセには気づきにくい、っていうことでしょ。なくて七癖、だったかしら?』

「そんな頻繁にやってたのか、オレ。……まあいいや。仮の身体からだで助かったぜ」

 球形のコックピット内が激しく揺れた。

 ゆっくりと右足一本で立ち上がったハガネが、止まった。

 後頭部の非常用の引き戸は、開いたままになっている。丸みを帯びた装甲。円柱に近い形。手足の関節部分には、球体の装甲がある。腹部は板を重ねたような構造。

 敵が送り込んだ自律機動兵器。敵のコードネームは、メタル。

 グレンが左ひざを攻撃したため、その部分から下が動かなくなっている。

「オレが壊したから、歩けないじゃないか。何やってんだ、オレ!」

『歩けないなら、飛行すればいいのでは?』

「おお! そうだな。飛ぶぞ!」

 ライラの言葉に反応した、パワードスーツ姿のグレン。

 白に近い薄緑色を基調とした装甲。昆虫の外骨格のような見た目。目の位置に横一直線のバイザー。口元はフェイスマスクに近い。顔に見える。

 勢いよく右の拳を突き上げた。

 そして、ハガネが右腕を高々と上げた。

『ふむ。何も起きないようだな。海に入り、川を上って戻りたまえ』

 ホレイシオ将軍しょうぐんが命令した。

了解りょうかい

 返事には元気がなかった。

 片足で、もしくは、ひざをついて道を移動することはできない。巨大ロボットがおこなえば、街への被害は深刻なものになる。

 ハガネの頭のうしろにある、非常用の引き戸が閉められた。


 ニュージャージー州の東部にある、フォート・リーという街。

 東には大きな川がある。北北東から南南西へと、斜めに流れていた。方位の上では。

 川の東側はニューヨーク州。無人となった、ニューヨーク市の摩天楼まてんろうがそびえる。

 ハドソン川により東西に引き裂かれた陸。その上には、巨大な鋼の橋が架かっていた。

 西へ傾いた日が照らし、絶え間ない流れが輝く。幅が約1キロメートルあるハドソン川の流れに逆らって、メタリックな黒色のロボットが移動していた。

 小さく跳んでいる。

 といっても、巨大なロボットの全長は13メートル。ひと跳びが、1メートル近くある。水深の浅い部分。西寄りを移動している。

 川の近くにある規制線の目の前まで、たくさんの見物人が押し寄せていた。

 そのなかの一人、背の高い男性が呟く。

「被害を最小限にしましたね。これぞ、文武両道ぶんぶりょうどう

 ほかの人より頭一つ分上に出ていて、透きとおるような銀髪が目立っていた。もみあげに近いサイドだけがすこし伸びている髪型。光の加減で、すこし青く見えた。

 服は、ラセットブラウンのスーツ。同色のネクタイをしている。ラセットブランとは、紫味を帯びた赤褐色。下に着ているシャツは灰色。

 男性が情報端末じょうほうたんまつを取り出して、写真を撮った。


 フォート・リー基地。

 工場内。四人が並んで立っている。

「仮の身体からだで疲れないはずなのに。なんだ、この疲労感は」

 迷彩服姿のグレンが、ぐったりとしていた。

 身長、約180センチメートル。

 まんなかに置いてあったツインタイムは、北東部に。白い装置の左側へ追いやられている。なだらかに傾斜した2つのカプセルが並ぶ、銀色の装置。

 装置は仮の身体からだを生成する。意思により変形可能。

 グレンの仮の身体からだもとは、ドウ。地球外の技術で作られた、銅色のロボット。

 使用中は引き戸の透明部分が黒くなる。装置に入った者の時間を止めるという機能により、光も止まる。

 グレンの姿は観測不能。

 ある日、解除スイッチが作動しなくなった。原因不明。

「とりあえず自律機動は解除した。まず、脚を直せるかどうか。先は長い」

 迷彩服姿のイリヤが、誰にともなく呟いた。身長、約170センチメートル。

 工場の中央部。

 ツインタイムの代わりに、巨大なロボットが置いてあった。うつ伏せになっている。たくさんの迷彩服姿の兵士が、構造を調べていた。

 東に頭が、西に足が向けられている。金属光沢のある黒色。丸みを帯びた装甲は、円柱に近い形。

 なかには誰も乗りこんでいない。

 左ひざと背中に損傷がある。グレンの振動剣によるもの。

「飛べなかったから時間かかったけど、飛ばれたら、そもそも鹵獲ろかくムリよね。よくやったわ」

 迷彩服姿のエリカが、グレンをねぎらった。身長、約160センチメートル。

「グレンが背面から破壊した装置。その部分が、飛行能力を持っていたものと推測できます」

 ライラが工場を訪れることは珍しい。一人だけ紺色の服にスカート姿。身長、約165センチメートル。

「とにかく! これで、光る剣が実用化できるかもしれないぞ。応援してるぜ」

 グレンが、イリヤの肩を叩こうとしてやめた。ゆっくり優しくなでる。

「やること多いから、すぐにはできないと思っておいてよ」

「そうよ。まずは、刀を強化してよ! ドウの部品で」

 エリカがグレンに詰め寄る。

 身長差があるというのに、グレンはたじろいだ。

「いまから?」

「いまから」

「いいですね。どこまでの物が生成できるのか、試しましょう」

「そうだね。ドウはたくさん素材があるし。いろいろやってみよう」

 グレンが休む暇はなかった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る