ハガネの心
ブルックリン区の手前で、軍用車両を降りた二人。
迷彩服姿のグレンがパワードスーツを
北東から銅色のロボットを倒し始めて、南西へ進む。
イーストニューヨークまでのドウを倒した。
息をはく仕草をして元の姿に戻る一人と、大きく息を吐き出す一人。
グレンとエリカが休憩に入る。
道で何かが光った。疲れを知らないグレンが歩いて、つまんで拾う。その手には、大口径の拳銃の弾。何かに当たっときの衝撃で、先が潰れていた。
軍が応戦した地域ではない。
誰かの生きた証を、グレンは握りしめた。エリカの元へと戻る。
エリカが携帯食料にかじりついたとき、慌てた声が聞こえてきた。声の主は二十代男性。広域レーダー担当のラバーン。
『未確認飛行物体が、突然、こつぜんと出現! 南の海上から北上中』
「今日は忙しい日だな。まったく」
グレンが南を見た。黒い点のようなものが浮かんでいる。
『このままだと、ブロードチャンネルの北へ到達。まずいですよ』
「んん。早く食べないと」
エリカは慌てていた。飲み物を飲んだ。
グレンが何かを渡す。
「目的はオレだろ。車で先に帰れ」
「空、飛んでる相手に、どうしようっていうのよ。逃げるわよ。グレン」
「任せろ」
エリカは黙って受け取った。車の鍵だった。
真剣な表情で見つめる。
「きっちり倒して、
「
迷彩服姿の男性が見守るなか、車が遠ざかっていった。
クリーム色の軍用車両を運転する女性は、すでに制圧しているクイーンズ区を目指す。広い道路の障害物は、すでに撤去されている。右側の車線を走っていった。
グレンはおだやかな表情をしていた。
よく通る声のライラから通信。
『目標の情報収集のため、
「
白に近い薄緑色を基調とした装甲に包まれるグレン。
メタリックで、昆虫の外骨格のような見た目。関節部分は黒色。目の位置に横一直線のバイザー。口元はフェイスマスクのようで、顔に見える。
『
『全長、10メートル以上。こんな質量のものが、音も立てずにどうやって』
イリヤの声には驚きの色がにじんでいた。
飛行物体は、スプリング・クリーク・パーク上空で静止したまま。グレンのいる位置からすこし東の海岸沿い。
「公園まで来い、ってことか? 嫌な予感がするぜ。まったく」
鈍く光る金属の塊。静かに、空に浮かんでいた。
海沿いの公園には、人工物がなかった。
L字に
スプリング・クリーク・パークに足を踏み入れる、パワードスーツ姿のグレン。目標からは600メートル離れている。
上空で静止していた巨大ロボットが、ゆっくりと下りてきた。
メタルの
南の端に着地した。衝撃はない。辺りは静かなまま。
『こんなときに、変なこと言っちゃうかもしれないんだけど』
かわいい声の通信。エリカだった。
「なんだよ。ちゃんと、車を止めてるんだろうな?」
グレンは、公園の南端に立つ巨大ロボットを眺めていた。
『うん。車なんだけど、鍵って2つあったの?』
「鍵?」
『予備の鍵は、司令部で保管されているはずです』
ライラが淡々と答えた。
『全く同じ鍵が、2つあるの。車に戻ったとき、鍵開いてて』
「そういえば、有事の際は、鍵つけっぱなしが基本だったな」
パワードスーツ姿のグレン。何かに気づいた様子の顔は、外からでは見えなかった。
『ど忘れしてたの? ひょっとして――』
「手に持ってたんだよ。拾った弾を。拳銃の。車の鍵がないと帰れないと思って……渡した」
『仮の
『これで、戦いの幅が広がりそうだな。結構』
低い声の
「すぐに活用するのは難しそうだ。にしても、待ってもらってるみたいで悪いな」
メタリックな見た目の黒い巨大ロボットは、立ったまま動かない。
『妙だね。会話を聞いているのか?』
「中に誰かいたら、あとで謝らないと、な」
イリヤの言葉に答えたグレンは、笑っていた。
ライラが意見を述べる。
『そうですね。コックピットがあれば、
「頭か胸だろ。構造的に。エンジンは中心近くにあるのが効率的だから――」
『あんた、本当にグレン?』
「いろいろ勉強したからな。昔のオレと思うなよ」
『司令部に戻りながら聞くから。それまで、やられないでよ』
エリカの声は弾んでいた。
「
パワードスーツの中で、グレンが表情を緩めた。
「デカブツの武装は、ギンと同じように見える」
フェイスマスクのような口元から声がした。
目の位置には、横一直線のオレンジ色のバイザー。顔に見えるような設計。
全身は、白に近い薄緑色を基調とした装甲で覆われている。昆虫の外骨格のような見た目。黒色の関節。装甲が一部、赤色やオレンジ色。
パワードスーツ姿のグレンが、右足を踏み出した。
『金属光沢のある黒色なので、ハガネというコードネームを提案します』
『うむ。決定だ』
ライラの提案はすぐに承認された。
メタリックな黒色を輝かせて、巨大ロボットが動き出した。
装甲に覆われていることをのぞけば、人の形に近い。目はゴーグルのような形状。口元はすこし出っ張っていて、横に線が入っているように見える。
そして、右腕から銃口のようなものが突き出していた。左腕の突起物とは形状が異なる。手足の関節部分は、球状の装甲で守られていた。腹部には、細長い板が巻きつけられているように見える。横向きにぐるぐると。
木より背が高い。コードネームは、ハガネ。
400メートル離れた巨大ロボットから、右腕がグレンに向けられた。人間サイズの光る弾が発射される。破裂音はない。目で追えるほど遅い。秒速90メートル。
グレンは左前方へと走っている。
「まずは、腕と脚をちぎって、頭を潰すか」
『切断するのは困難だと思われます。別の方法を推奨します』
ライラの声は真剣だった。
グレンの返事はない。
仮の
パワードスーツは
仮の
高速でジグザグに近い動きをしつつ、接近するグレン。方向転換の位置が一定ではないため、完全な稲妻形ではない。
弾を軽々とよけていく。ハガネまでの距離を100メートルに詰めた。
「腕をよこせ!」
大声で叫んだグレンは、攻撃を仕掛けなかった。横移動をつづける。
光が見えた瞬間、ななめ右へ走るグレン。ハガネの右腕から弾が発射されるのを待っていた。
「だまして悪いな!」
右脚のひざ部分をめがけて、パワードスーツが跳んだ。
スラスターは全開。光を噴射しながら、ひざにぶつかる。あたりに響く高い金属音。
右腕のブレードが、ハガネに突き刺さっている。
球状の装甲からわずかに覗く隙間。あいだを抜けているブレードは、高周波により振動していた。
火花が散って、巨大ロボットの左足が下がる。
腕の装甲を元に戻したグレンは、いったん距離を取った。
『ハガネは飛行可能です。警戒してください』
ライラの声に、すこし感情がこもっていた。
『そう。最初から飛んで攻撃すればいい。やっぱり変だ。戦闘データを取っているのか?』
イリヤは推理していた。
右足一本で直立できない様子の巨大ロボット。左のひざが地面についていた。右足のひざを立てて、前かがみで座っている。
オブジェのような存在感をはなつ。金属的な黒色が光を反射する、ハガネ。左腕から光る剣を発生させた。ブレード部分は、約2メートル。
「もう片方の脚を壊すのは、難しそうだな。参ったぜ」
光る剣を無視したグレンが、右腕のほうへと走った。ハガネの周りをぐるりと回る。足を引きずって振り向こうとする巨大ロボットよりも早く、背中に移動した。
ハガネは海を見ていた。
「内部構造が分からないから、当たっても悪く思うなよ!」
ハガネの背中に向け、グレンが右腕を突き出した。すでにブレードが生成されている。
甲高い音が鳴り、横向きに巻かれた板のような装甲が火花を散らす。高周波ブレードの侵入を許した。
すぐに嫌な音がして、何かが破裂した。
『グレン!』
イリヤが叫んだ。
「パワードスーツじゃなかったら、ヤバかったな。なんだ。エンジンじゃなかったのか」
グレンは健在だった。ハガネから距離を取り続ける。
ハガネは、左ひざを軸にして巨体を横に回す。左腕が振り回され、光る剣がグレンを狙っている。
『頭部を狙いたまえ。背中の右が死角のはずだ』
「
スラスターで移動速度を上げたパワードスーツが、いともたやすく背中に回り込む。
右肩へ跳び乗ったグレン。驚きの声を上げる。
「な? 緊急時……」
言葉はそこで止まった。
ハガネの後頭部には、引き戸のような構造をした部分があった。
首の付け根に注意書きがある。
書かれている言葉は、地球で使われているものと同じだった。
ニュージャージー州のフォート・リー基地。
司令部に衝撃が走る。
席に着く兵士たちは、現場のグレンから送られてきた映像を見ていた。
ライラが見ているディスプレイに、はっきりと文字が映っている。
「緊急時に、押しながら上げる。実行してください」
色白の女性は淡々としていた。紺色の服にスカート姿。金髪ミドルヘアをかき上げることもなく、じっと映像を見ている。
送られてくる映像で、前後左右すべてを見ることができる。
ハガネの動きは止まっていた。海に背中を向けていることが、映像から確認できる。
ごくりと、誰かがつばを飲み込む音が聞こえた。
部屋は暖房により、適温に保たれている。
「パイロットがいる場合、武装している可能性が高い。十分注意するように」
ホレイシオ
『
パワードスーツの腕が、ハガネの装甲の隙間に入れられた。
指が握られる。下からゆっくりと黒い板が上がっていく。
引き戸になっていた。
『重いぞ。パワードスーツ前提の作りか?』
グレンからの通信に答える者はいなかった。
じょじょに上がり、開かれていく引き戸。
部屋の外で激しい足音がした。勢いよくドアが開かれる。
「最後まで気を抜かない!」
司令部に戻ってきたエリカが叫んだ。息を切らして、うしろで長い髪が揺れた。
『
すぐに返事がきた。
引き戸状の装甲が完全に開かれた。パワードスーツの手が下がる。引き戸は固定されていた。
中には誰もいない。それどころか、操縦するための装置も見当たらない。
灯りがともっていなかった。
外から差し込む光によって、球形の空間になっていることが窺える。
『なんだ、これは。こいつ、どうやって動いていたんだ?』
映像が動き、冷たそうな空洞へと近付いていく。
突然、光が見えた。
360度、全方向の映像が映し出されている。球形の全面がディスプレイになっていた。足元は、すこし平らになっている。
「パイロットの操縦も可能な、自律機動ロボットだったのか」
イリヤは震えていた。普通よりすこし長めの、濃い茶色の髪を揺らした。
暑くもないのに、迷彩服の首元をゆるめる。
ハガネのコックピット内のグレンは、パワードスーツ姿。
ディスプレイを通じて外の景色を見ていた。ニューヨーク市の街並みが広がっている。
足元を見て、しゃがむ。何かを拾った。
右手と左手に、1本ずつ棒のようなものを持っていた。
「それで、どうするんだ? こいつ。
ハガネのゴーグルが光った。ハガネは、右手でゆっくりと頭のうしろをかいた。
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