第二章 戦いの果てに
宇宙の意思
トライボロー橋を下りると、クイーンズ区の西側に出た。
3つの橋からなる複合建造物。ニューヨーク市の3つの川を越えた橋が、真ん中の島で繋がっている。
西にマンハッタン区。北にブロンクス区。そして、南にクイーンズ区。
街には人がいない。
かわりに、赤橙色のロボットが等間隔で立っていた。金属光沢がある。四角い装甲で各部を覆い、銅製のおもちゃのように見える。関節部分はむき出しで、腹部は横向きの板が数枚並ぶ。ただ、指の構造は人間に近い。
コードネームは、ドウ。
朝日を浴びて走る、武骨な軍用車両。正確には、
東へと続く道の周りには、民家や高い建物が立ち並んでいる。がんじょうな鉄筋コンクリート造りのものが多い。
左側の運転席から男性が、助手席から女性が降りた。舗装された道路を踏みしめる、クリーム色の靴。
女性は、腰に刀を帯びている。息が白い。
二人とも迷彩服姿。胸と二の腕の位置にポケットがある。
おおがらな男性がポーズを取った。
「
目の位置に現れる、オレンジ色で横一直線のバイザー。口元はフェイスマスクの形。顔に見える外見に機能性はない。かがやきながら、白に近い薄緑色の金属が全身を包む。
昆虫の外骨格のごとき、洗練された見た目になった。メタリックでつややか。関節部分は黒色。装甲の各部に、赤色やオレンジ色がある。
「スラスター、オン!」
パワードスーツ姿になったグレンは、腕や脚など全身64ヵ所から光を放った。爆発的な推進力を得て、目にもとまらぬ速さでドウに殴りかかる。
拳は寸前で止まった。
すぐに、うしろへ戻される。腕に瞬間的にブレードを発生させ、胸部装甲の隙間を貫通していた。
『すみません、
よく通る声のライラが、通信で謝罪した。
『はっはっは。本人の思うとおりに、やらせてあげなさい』
中年のホレイシオ
もちろん、現場に聞かせる必要のない会話。
「それ、すこし間違ったら、民家がひどいことになるじゃない。普段は自重しなさい」
長い髪のエリカは、あきれ顔。うしろで束ねてある淡い茶色は動かない。
階級は
インナーイヤー型のヘッドフォンを左耳にはめている。マイク機能もあり、双方向通信が可能。
グレンが答える。
「
「試したくなる気持ちは分かるけど、時と場所を考えて」
エリカは抜刀した。
鞘から抜きやすいように、中央部でもっとも大きく反っていた。長さ、約70センチメートル。
なびく長い髪。刀を両手で握り、近くのドウに突き出す。胸を捉えた。曲げられる、右腕の人差し指。
キーンと高い音がひびく。
電力消費が多いため、バッテリーは長く持たない。すぐに人差し指が伸ばされる。
ドウはその場に崩れ落ちた。
倒した数は、これで4491体。残り、推計5509体。
ニューヨーク州のマンハッタン区。
西には、1キロメートル以上の幅をもつハドソン川。
まっすぐ北から流れてはいない。すこし東寄りから町をつらぬいていた。
上に架かる、おおきな鋼の橋を西へと渡った先。ニュージャージー州のフォート・リー。ニューヨーク奪還作戦の拠点となる基地がある。
司令部では、クイーンズ区で戦う二人と通信がおこなわれていた。その、四角い深緑色の建物の外。
いくつかある建物のうち、一番広い工場の中心に、グレンの仮の
コードネームは、ツインタイム。
銀色の装置を前に、男性が考え込んでいた。作業着がわりの迷彩服姿。濃い茶色の、普通よりすこし長めの髪が乱れる。中肉中背ながら、線は太い。服の上からでも鍛えていることを窺わせる。
イリヤは、ツインタイムの解析に苦戦している。
グレンが使用中に解除不能となったためだ。バラバラにするわけにはいかない。
2つのカプセルがある。約20度の傾斜。使用者は左側に横たわる。右側に入れた物質を操ることができる。
仮の
上部はスライド式の引き戸。使用中なので右側が開いている。左側の引き戸の透明部分は黒くなっていて、中が見えない。
装置の幅は小型自動車並。高さ、約1メートル。
仮の
襲撃は突然だった。そして、銀色の円盤はこつぜんと姿を消した。巨大な未確認飛行物体がいつ襲来するとも限らない。リスクを考え、大部隊は投入できない。
エリカは自らの意思で。志願して、戦っていた。
工場の中は広い。
隅のほうに白い装置が置いてある。上から布が外された。こちらの解析も進んでいない。ニューヨーク市の人々を消した装置。
「なぜ、ここまでドウの数を減らしても、動きがないんだ?」
イリヤは、気分転換のために司令部へ向かった。
中で作業する十数名の兵士を残して、南側のドアが閉まる。
白い息を吐き出して、深緑色の建物に入る。
廊下は暖房で暖められていた。
司令室。
『クイーンズ区の制圧完了』
エリカからの通信を聞いて、兵士たちから歓声が上がった。
部屋には、通信機器のほかにも様々な装置が並ぶ。
「次は、ブルックリン区へ向かってください」
色白の女性は冷静だ。紺色の服にスカート姿で椅子に座る。金髪ミドルヘアを揺らすこともなく、ディスプレイを見つめていた。
三面ディスプレイに映るのは、現場の映像。
「何が起こるか分からん。気を引き締めてくれたまえ」
うしろの席に座り、全体を見守っているホレイシオ
『
『
現場の二人が答えた。
「面積は、残り半分くらいですね」
席に着く前の言葉が通信に乗った。
『イリヤがツインタイムを使ってたら、凄い兵器を生成して、もっと早いんじゃないか?』
「あの状況だと、グレン以外には使えなかったでしょ」
『例えば、の話だろ。たとえば』
イリヤは晴れやかな表情をしている。
「ボクには、市街地を破壊しないような、器用な真似は無理だよ。グレンでよかった」
クイーンズ区の中心部付近。巨大な国際空港が南に見える。
日はすこし高い。東から差していた。
大きな道を西へ向かって走る、クリーム色の軍用車両。角張った見た目。
歩道には、機能停止したドウが無数に転がっている。
右手前方に見える公園で茂みが動く。すぐに反応して、運転中のグレンがブレーキを踏む。
ステアリング・ホイールを握る手に力が入る。
現れたのは人影。離れていたため、余裕をもって停止した。
「ちょっと。ここは立ち入りが制限されている、危険な場所なのよ」
右側の助手席から降りたエリカが、白い息を吐いた。腕を組む。うしろで長い髪をたばねていて、前髪は顔を隠さない程度の長さ。服は、灰色に近い迷彩。
腰の左側に帯刀された刀が、ちぐはぐな印象を与える。
「へえ。俺、来たばかりで。この
目つきの悪い男性は、身長、約180センチメートル。濃い灰色の上着に、深紫色のパンツ姿。首に巻かれた、長めの黒いスカーフがなびいた。えり足や耳周りをすこし伸ばした、
エリカは、身長、約160センチメートル。口元が引きつり、眉が動く。
運転席から、グレンが慌てて降りてきた。迷彩服姿。
「安全なところまで避難しようぜ。とりあえず。な」
「辺境まで来てみたら、ガキどもと出会うとは。働け。宇宙の意思」
二人と歳が同じくらいに見える青年の言葉に、グレンは顔をゆがませた。身長は青年とほぼ同じ。線は太い。
エリカが大声を上げる。
「あたしは、こう見えても、十八歳よ! 名前と所属を言いなさい!」
「俺はウルフ。宇宙人だ」
道に立つ三人のあいだに沈黙が流れた。
『広い意味では、地球人も宇宙人に含まれます。異星人ならば正確です』
ライラの通信。誰の反応もなかった。
「まあ、いいだろ。車に乗れよ。送っていくから。どっちにいく?」
「おまえだろ、木偶をやったのは。楽しませてくれ」
ウルフはグレンに向かって走った。
反射的に受けようとしたグレン。左手を下げて、うしろに跳んだ。
「何、こいつ」
エリカは腰の刀に右手を伸ばしていた。
近くで黒いスカーフが揺れる。
「俺は、刈り取る者。ぬくぬくと育っている羊とは、根本的に違う」
「いや。それはどうでもいいからさ。オレを殴ったら、骨が折れるぞ」
グレンは会話を試みていた。
「くっくっくっくっ」
急に笑い出すウルフ。北を指差して口を開く。
「そういうタイプか。ほら、公園。ベイズリー・ポンド・パーク。物がない」
「いいけど。なんで、宇宙人なのに字が読めるんだ」
「ああ、知らないのか。招かれざる者はサボリか」
ウルフはにやにやしていた。
『内容は、よく分からないけど、何かを知っているみたいだ。情報を引き出そう』
イリヤは真剣な声だった。
「うーん。イリヤがそう言うなら」
「いきましょう!」
エリカは眉間に力を入れて、先頭を歩いていった。うしろで髪が揺れる。
『穏便に頼むぞ』
南北に長い公園には、背の低い草が茂っていた。
落葉樹が外周に植えられている。さらに北にはおおきな湖が見える。ひろい公園のなかで、三人が立ち止まった。
茶色の草を踏んだウルフが言う。
「腕の一本くらい壊したら、本気になってくれるかぁ?」
「穏便に、っていう命令だから。頼むぜ。本当に」
迷彩服姿のグレンは、何もしていないのに疲れていた。
同じく迷彩服を着たエリカ。左手で鞘を持って、右手を
枯葉が宙に舞う。地面に落ちた。
濃い灰色の上着が動いた。深紫色のパンツが躍動し、グレンの左手を襲った。
ガキーンと、あたりに金属音が響く。
「どうした? 痛いだろ。反撃しろ」
ウルフが次々に攻撃を仕掛けた。冷たい風が吹き抜け、長めの黒いスカーフがはためく。連続で金属音が鳴った。グレンは驚いたような表情で防御に徹している。
「どうなってんだ。その
「ツインタイム使いなの?」
エリカは不安そうな表情で眺めていた。
「もういい。左腕をよこせぇ」
笑いながら、ウルフが速度を上げた。
開いた手が空を切った。
左足をすこし下げたグレンは、膝を曲げている。左足が反時計回りにずれていた。腰を落とした状態で、右足を横に振った。
けたたましい音が響く。
蹴りを食らったウルフは、吹き飛ばなかった。笑いながら右足を蹴り上げる。
グレンは、さらに右へ回り込む。左手で脚を受け流しつつ、右手を繰り出した。
またも金属音。
左肩に拳を受けたウルフは、攻撃をやめた。
「痛いだろ? こっちは、情報さえ手に入ればいいんだ」
やさしく話しかけ、グレンも攻撃をやめた。
目つきの悪いウルフが目を細めて、口元を緩ませる。
「1つ、言うとすれば。俺の目的は羊狩りじゃぁない。で、名前は?」
「グレン」
「エリカ。教えたから、もっと教えて」
濃い灰色の上着が下がった。深紫色のパンツが曲がって伸びる。二階建ての建物の上に跳んだ。
黒いスカーフを触るウルフ。
「本業の時間だ。グレン。また遊ぶとしよう」
ウルフはどこかへ跳んでいった。
二人がお互いの顔を見る。
「殴り合いで金属音がするのは、慣れないわね」
「人間じゃないな。どっちも」
「人間でしょ。グレンは」
「そういえば、そうだったな」
「それで、さっきの。ウルフは?」
『目標、ロストしました』
ライラからの通信が聞こえた。
「別の国で、ツインタイムを
『いまのところは、ありません。おそらく、グレンが最初のツインタイム使用者です』
グレンは首を傾げていた。
エリカは渋い顔を隠そうとしない。
「なんなのよ。あいつ。時間取られたし。早く次にいきましょう」
「そうだな。いや。その前に飯の時間だろ?」
「まだ早いから。運転」
「
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