英雄豪傑

 夕食を終えたグレンとイリヤは、勉強している。

 パワードスーツに比べれば、識別信号の仕組みはわかりやすい。すぐに勉強を終えた。

 暖房の効いた食堂。エリカとライラが近づいていく。二人とも紺色の上着に紺色のスカート。下に着ている白いシャツが、胸元からわずかに見える。

 ならんで座り、雑談が始まった。

「ここだけの話だけど」

「なんだよ、イリヤ。あらたまって」

 グレンの言葉にすこし笑った男性が、話を始める。

「実は、ドウのプログラムの一部が判明した。でも、ありえないんだ」

「ありえないのは、おまえだろ。ほかの星のロボットを、よく解析できたな」

「グレンが解体してくれたからなんだけど。で、プログラムが、地球と同じ言語で書かれていた」

「ただのコピーじゃないのか?」

「それが、ところどころ表現が違って。慣れれば問題なく読める」

 怪訝けげんそうな表情になるエリカ。

「つまり、ずっと監視されてたったこと? 星ごと」

「月にでもいるのか? いや。遠すぎるな。さすがに」

 グレンは、窓の外の三日月を見ていた。

「ほかにもいくつか可能性はありますが。そうなると、やはり問題がありますね」

 ライラの表情は変わらなかった。イリヤがうなずく。

「メタルの目的は何か。いま襲撃を開始した理由」

「オレにできるのは、ドウを倒すことだけだ。……なんだ? あんまり考えすぎるなよ」

 グレンが微笑んだ。イリヤは、表情をわずかに曇らせていた。

 食堂にほかの兵士はすくない。なかには、四人を遠巻きに見る者もいた。

 立ち上がるグレン。

「おっと。歯磨きしないと。夜更かしせずに、寝ろよ」

「そうだね。おやすみ」

 イリヤも立ち上がって、食器を運んでいった。

「いきましょうか」

「はい」

 エリカと、同意したライラが立ち上がった。

 食器を持つ前に、迷彩服姿の女性に話しかけられる。

「やあ。青春してるかい?」

 二十代の女性は気さくだった。二人に比べると大柄。こう見えて衛生兵だと自分で言う。

「筋肉痛は、もう大丈夫みたいだね」

 お礼を言ったエリカが、にこやかに話す。ライラはぎこちない。

 底抜けに明るい、衛生兵のキャシー。手を振ったあとで歩いていく。

 二人も食堂をあとにした。


 兵舎は相部屋。

 暖房が室温を上げている。

 せまい洗面所で、二人は順番に歯を磨いた。

 背が低いほうの女性が大きく伸びをする。頭のうしろの紐をほどくエリカ。束ねられていた長い髪が自由になり、淡い茶色の髪が美しく揺れた。紺色の上着を脱いで、白いシャツが姿を現す。

 身体からだは引き締まっていた。服の上からでも鍛えられていることが分かる。

「ライラと一緒で、よかったわ」

「同意見です。エリカ」

 色白の女性は、普段どおりのよく通る声で答えた。同じように紺色の上着を脱いで、白いシャツ姿になった。

 エリカよりも体の線は細い。特定の部分以外は。金髪ミドルヘアが揺れる。

「お風呂、どっちから入る?」

「先にどうぞ」

「それじゃあ、いってくるわ」

「もし寝ていたら、起こしてください」

 ベッドの上で横になったライラが、はにかんだ。

 腹筋を鍛えて、表情をゆがませる。

 靴を履き、立ち上がった。足を開く。両手を体側に軽くつけた。息を吸いながらひざを曲げて、腰を落とす。上体をまっすぐに伸ばし、ももと床が平行になるところまで腰を落とした。

 1秒キープして、息を吐きながらひざと背筋を伸ばしつつ、腰を上げる。

 スクワットが始まった。


 夜が明けた。

 軽い運動のあとで食堂へ行く四人。二人ずつ並んで、向かい合って座る。

 朝食を食べ終わった。

 グレンがイリヤに言う。

「光る武器の実用化はまだか?」

「あまり期待しないでよ。ドウに、その機能はないんだから」

 続いて、子供の頃観ていたアニメの話で盛り上がる。エリカとライラも話に加わった。

 部屋に戻り、着替えて歯を磨く。

 兵舎を出た。

 はだに刺さるような寒さをこらえ、工場内へ。ツインタイムを起動するグレン。

 迷彩服姿の二人が、クリーム色の軍用車両に乗り込んだ。シートベルトを着用する。

 誰もいない後部座席には刀が2本。黒い鞘に入っていた。

 つめたい風の吹くなか、車が規制線きせいせんを越える。

「正直言うと、まだ信じられない」

 助手席のエリカは、すこし悲しそうな顔をしていた。

 橋の先は、陸軍の部隊が交戦した場所。右側にはセントラル・パーク。

 左側にある運転席で、ステアリング・ホイールを握る男性の手に力が入った。やさしい表情になる。

 沈黙のあと、二人は露骨に話題を変えた。

「ハッピーホリデーまでに、なんとかしたいもんだな」

 かわいらしい声の女性が聞く。

「何か予定あるの?」

「いや? どこかへいくか。この戦いが終わったら」

「そうね。まずは、目の前の敵を倒しましょう」

 巨大な橋を東へと進む車。眼前に広がる街には、人間がいない。摩天楼まてんろうも、広い公園も、道路も静まり返っていた。

 これまでにグレンとエリカが倒したドウは、2016体。そのうち5体を分析のために回収した。

 残り、推計7984体。

 ニューヨーク市の北側に位置する、マンハッタン区とブロンクス区のドウは撃破済み。武装を持つギンが出てこなかったため、苦戦することなく制圧。

 ドウがいなくなっても、立ち入り制限は解除されていない。街は動物たちの憩いの場になってきていた。

 二人は、東側のクイーンズ区を目指す。

 その途中。ブロンクス区のパークチェスター。

 自動車は止まっていた。降りることなく、中からエリカが言う。

「車を通れるようにするだけでも、苦労しそうね」

「だな。ツインタイムがなかったらと思うと。想像したくないぜ」

 迷彩服姿のグレンが、道路上の放置車両を持ち上げて端に寄せていた。前回は徒歩で移動したため、障害物を放置していたのだ。

 かなり遠くで、建物の陰から誰かが見ていた。背の高い細身の男性。

 小豆色のスーツ姿。髪は透きとおるような銀髪で、サイドがすこし伸びている。

「まさに英雄豪傑えいゆうごうけつ。あなた方の力、見せてください」

 情報端末じょうほうたんまつで写真が撮られた。

 グレンが振り返る。不思議そうな顔のエリカ。

「どうかした?」

「いや。気のせいだな」

 ドアが開いて、閉まる。クリーム色の武骨な車が走り出した。

 陸の果てが近づいてきた。目の前に海が広がる、ブロンクス区の東の端。

 川と合流する湾がいくつも並ぶ。

 ハーモンド川とイースト川をまたいで伸びているのは、スロッグスネック橋。長さ、約900メートル。橋は大きく右に曲がっていて、そのあとまっすぐ南へ続いている。

 先に見えるは、クイーンズ区のベイ・テラス。

 まっすぐ市街地へと向かわず、軍用車両が一番右の車線から橋を出る。左へまがる道を下りて、街との合流地点の近くで止まった。

 道路の左側は公園。木々が生い茂っている。先には海が見える。みぎには住宅街。背のたかい建物もたくさん並んでいた。

 助手席から降りた女性が、後部座席のドアを開けて刀を取り出す。帯を巻いて腰の左側に帯刀。

「被害は最小限に。かつ、迅速に」

了解りょうかい装着そうちゃく!」

 男性の身体からだが、メタリックな薄い緑の装甲に包まれていく。白に近い色。

 目には横一直線のオレンジ色のバイザー。口元はフェイスマスクのようになっている。関節部分は黒色。装甲には赤やオレンジ色の部分がある。

 まえに出ると、周りで銅色の物体が動き始めた。ほかにも街で立ち尽くすロボットがたくさん見える。暗号名、ドウ。

 二人の戦いが始まった。


 刀が四角い胴体に刺さる。

 引き金が引かれた。すぐに指が伸びて、うしろへ下がる。

 金属光沢のある赤橙色のロボットが倒れた。

 女性のうしろで揺れる、長い髪。

 パワードスーツから伸びる刃が、装甲の隙間を貫いた。右腕の形が元に戻る。ロボットは崩れ落ちた。

 移動しながら戦いはつづく。建物の影が、長く伸びていく。


 暗い中、前照明を点灯した軍用車両が基地へ戻った。

 車から降りて、一人が白い息を漏らす。

 迷彩服姿の二人が工場に入った。

 ツインタイムの右側のカプセルにグレンが入って、横になる。

 エリカがスイッチを押す。

 何も起こらなかった。

「嘘でしょ?」

「まいったな。今朝、何食べたっけ。腹いっぱい食べておけばよかった」

「そういう問題? 時間進まなくていいじゃない。あたしが使っておけばよかったわ」

 言葉とは裏腹に、エリカは心配そうな表情だ。

 頭のうしろをかくグレンに、迷彩服姿のイリヤが近づいてくる。

「仕方ないね。いろいろと調べよう」

「その顔はなんだよ。もう飯だろ。俺も行くぜ。食べないけど」

 困ったような顔で笑うイリヤにつられて、グレンとエリカも微笑した。

 三人が南のドアから建物を出た。

 一人で将軍しょうぐんの部屋に向かったグレンが報告。肩を優しく叩かれた。

 部屋を出て、グレンは兵舎に入る。

 ライラが合流。四人で食堂へ向かう。

 グレンの左隣にイリヤ。イリヤと向かい合うライラ。ライラの左隣にエリカ。今朝と同じように並んで座った。

 三人の食事が終わる。それを見守っていたグレン。

「やっぱり、食べたくもないし、眠くもないな」

 ライラがよく通る声を響かせる。

「時間を有効活用するために、何か行うことを推奨します」

「知識を得れば、強くなれるんじゃないの? 何かすごい武器を編み出して」

「ツインタイムやドウの研究資料なら、たくさんあるけど。見る?」

 エリカとイリヤの提案に、グレンがうーんと唸り声を上げた。

「横からすんません。つらいっすね。食べられないなんて」

 迷彩服姿の男性が話しかけてきた。二十代。

 装備や食料の備蓄担当で、話を無視できなかったという。

「あの姿カッコよくて、こっそり応援してるんすよ。それじゃ」

 人懐っこいオーウェンが去っていった。

 グレンは何かを思いついた様子で、表情が明るくなる。

「勉強するか。光る剣が出せるようになるかもしれないし」

 さらに別の人物が近づいてくる。

「おお。光る剣といえば、あれかね。特撮の」

 軍服姿のホレイシオ将軍しょうぐんだった。

「日本のですね。オヤジから聞いたことあります」

「ボクは、アニメが思い浮かびますね」

 グレンとイリヤの反応はイマイチである。

「アニメですか。いいですね。光学迷彩の出てくるものとか」

「いいわね。ライラ。あ。将軍しょうぐんの特撮ってどういうものですか?」

 エリカの問いに、将軍しょうぐんはお茶を濁した。話を続けるようにと言って去っていく。若者とのあいだには、ジェネレーションギャップがあった。

「ノートに要点をまとめるよ。復習にもなるし」

「よし! 熱くなってきたぜ」

「熱量は変わらないと思われます」

「本当に勉強するのか疑問だわ」

 三人は歯磨きをした。

 ノートを見ながら、グレンの勉強は一晩中続いた。


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